「長安から北京へ」読破

2012/2/27 | 投稿者: 鹿苑院

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司馬遼太郎さんの中国旅行記「長安から北京へ」を読破した。正直、読んでいる間じゅう、かなりの違和感を感じ続けていた。これは私だけでなく、平均的な日本人なら誰でも感じる違和感だと思われる。なにしろ全編にわたって中国共産党、毛沢東、文化大革命を礼賛する内容なのだ。だから何度か読むのを中断しようかとも思ったが、自分と反対の意見に目を通さないのは不公平だと思ったので結局最後まで読んだ。

Wikipedia百科事典の「文化大革命」の項には、「司馬遼太郎は当初文化大革命に肯定的であったが、中華人民共和国を訪れた際、子供に孔子に見立てた人形を破壊させる光景を目の当たりにし転向し反文化大革命、反中国共産党に転じることになる。」との記述があり、「長安から北京へ」にも孔子の生首(の人形)を子供に銃で撃たせる話が出てくるのだが、少なくとも反文化大革命、反中国共産党に転じるほどの感想はこの本には見られない。「いくらなんでもやりすぎじゃないかなあ?」くらいにしか書いていない。

この本が書かれたのは日中国交回復の3年後にあたる1975年らしいが、この時点はもとより司馬遼太郎さんが亡くなるまでにも、尖閣諸島問題も毒ギョーザ事件も事故新幹線埋め立ても起きておらず、要するにまだ中華人民共和国に夢(多分に幻想じみた)を持てる環境にあったのだろう。
時代的背景のせいで、歪みを「見抜けなかった」というのは「見ても見ぬふりをして無理矢理に事実を歪曲して正当化した」ということとは違うので、司馬さんに罪はない。まして、この本からは読み取れないが後には翻意して反文化大革命、反中国共産党になったというのだから尚更である。

ともかくも、国交回復後間もない日本人の中国観が垣間見れて、その意味では興味深かった。
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