武家政権の創始者

2011/11/22 | 投稿者: 鹿苑院

昭和の敗戦までの日本の歴史を俯瞰すると、日本の政権は二つの勢力の間で奪い合いが行われてきたことがわかる。その二大勢力とは、一に朝廷、二には主として東国を基盤とする武家政権である。日本の歴史とはすなわち、朝廷勢力と東国武家政権とのせめぎ合いの歴史なのだ。

人は源頼朝をもって東国武家政権の創始者と呼ぶが、これは不適切であろう。その栄誉は平将門にこそ冠せられるべきである。ただ、その時代の語彙として、征夷大将軍とか幕府という言葉に朝廷を抑えて政務を執る役職及び機関という意味がなく、そのため将門は新たな天皇・新たな朝廷を名乗らざるを得なかったのだろう。もし将門が頼朝より後の時代の人なら、迷わず征夷大将軍になって東国に幕府を開いたに違いない。だから、将門を指して朝廷に弓引いた逆賊と呼ぶのは正しくなく、先駆者ゆえに真意を理解されずに誤解されたのだと私は思う。

鎌倉幕府の三代将軍実朝は将門の伝記を絵巻物にまとめさせているし、最も完成度の高い東国武家政権である江戸幕府は将門を祀る神田明神を江戸城の鬼門に配して江戸総鎮守とした。徳川家光はわざわざ700年も前の事を朝廷に掛け合って、「将門は朝敵に非ず」と認めさせている。歴代の東国武家政権には、その創始者である将門の遺志が、夢が、ずっと受け継がれていたのだ。

江戸幕府が倒れて後、政権は朝廷の手に復したが、(長い日本の歴史から見れば)驚くべきことにその朝廷が東国に移転している。東国武家政権を贔屓する目から見れば、これも一つの快事には違いない。
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