死者を生き返らす話

2011/6/25 | 投稿者: 鹿苑院

「新約聖書」を読むと、イエス・キリストが死者を生き返らせた話が出てくる。聖書にはこういう類の奇跡譚が多く出ており、イエスの偉大さを強調するものになっている。しかし、異教徒の目から冷静に見ればこれはウソ臭いことは否めないし、「そんなの信じない」と言われてしまえばもはや議論が停止してしまう。

釈迦も一人息子を亡くしたキサーゴータミーという女に、息子を生き返らせてくれるように頼まれたことがある。
「よかろう。では生き返らせる薬を作ってあげるから材料になる唐辛子の種を持ってきなさい。ただし今までに一度も死者を出したことがない家から貰ってきた物でないと効果はないよ」と釈迦。
キサーゴータミーは期待を胸に家々を訪ね歩いたが、あの家は5年前におじいちゃんが、この家は3年前におばあちゃんが…という具合で、誰も死者を出したことがない家など1件もなかった。それなのに何故か、少し晴れ晴れとした顔で釈迦の元に帰ってきたキサーゴータミー。
「おお、キサーゴータミーよ、唐辛子の種は貰えたかね。」
「いいえ、まったく手に入りませんでした。」
「でもさっきより少し表情が明るくなっているじゃないか。」
「家々をいくつも回っているうちに、どこの家でも必ず誰かが死んでいることに気が付きました。息子に死なれて私だけが不幸だと思っていましたが、誰もが最愛の人との別れを経験しているんだと気付いたら気が楽になりました。」

この話で重要なことは、釈迦はひとつの奇跡も起こしていないということである。釈迦が行っているのは普通の心理カウンセリングであり、イエスの奇跡譚に比べれば誰が聞いてもウソ臭い所のない納得できる話である。私が仏教を素晴らしいと思うのはこのように現代人の理性から見てもおかしくないという点であり、そこに価値を見い出す。
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