仕事の愚痴を朱子にぶつける

2011/1/27 | 投稿者: 鹿苑院

私の大学時代、大学病院の一線で診療をしている先生方の診療介助に付くという実習があったが、ある課に限っては「地位の高い先生から付かねばならない」という決まりがあった。つまりヒラの先生がどんなにためになる症例を担当していてそれを見学したくても、あまり見るべきところのない診療をしている教授や講師がいればそっちに付かなければならなかった。

大学からしてこういうことを言っているのだから、私が勤めているような現場でもそうである。Dr.としては最も下位の私が大変な内容をやっていてもほぼ誰も付いてくれない。その間に地位が上の先生はたとえ簡単な内容の診療でも衛生士や助手を介助に付けて快適に診療している。私の介助者は自分の左腕しかいない。

これも儒教、とりわけ朱子学の弊害なのだと思う。上記の大学やうちの医院のスタッフの態度は朱子学的にはたぶん正解だ。ただし仏教的には、見学したい症例があれば、手伝いが必要な診療があれば地位などにこだわらずそっちに付くのが正解である。

だから朱子学なんて嫌いだ。朱子学というものは非合理きわまりない規範を人間に当てはめ、不自然な行動を強いる。日本人は無宗教を公言する人が多いがとんでもないことで、大半の日本人は自覚していないが朱子学の狂信的信者である。だから日本人の性格のイヤなところは朱子学に拠るところが大きい。日本の科学技術はこれだけ進んでいるのだから、朱子学的非合理性の影響をもし受けずに無駄な行動を省いていたら今頃日本はタイムマシンを発明できていたのではないだろうか。その素敵な日本の姿を実現するには、朱子学から脱却して、自然な物の見方、考え方を勧める仏教にシフトするのが最も良い手である。
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