2021/9/20 | 投稿者: 鹿苑院

ここ最近、これは人生でも指折りであろうというぐらいの苦難に晒されている。
新しい職場に勤め始めてそれに慣れなければいけないだけでも大変なのに、引っ越した部屋は異常なレベルでGが出る。その上、恋人との仲もうまくいかなくなり、どん底と言っていい。

引っ越し以来、自慢の念持仏の善光寺如来さんは桐箱に納めてラックの中で眠ってもらっていた。思えば今の彼女に出会えたのはこの善光寺如来さんに願掛けをして般若心経百回詠んだからなのに、こういう恩知らずな事をしているからダメなのではないかと思い、ちゃんと厨子に安置し直して拝んだ。

するとどうだろう、不思議なことに真ん中の阿弥陀さまの顔がげっそりと痩せて見える。まさかそんなと思われるかもしれないが本当にそう見えるのだ。僕と同じ苦しみを抱え、分け合い、同じように悩んでいてくださったのだと思うと、なんとありがたいことだろう。
以前にもこの阿弥陀三尊は、一瞬だけ左の観音様がニコッと笑ったことがある。やはり、これこそ僕にとって最高の守り本尊に違いない。
0

2021/9/5 | 投稿者: 鹿苑院

素直にお疲れ様でしたと言いたい。

日本の歴代総理大臣には、誰がやってもどう考えてもどうにもならないだろうという状況に立たされ、後世までボロクソな評価をされているクジ運の悪い人が何人かいる。
対米戦争不可避な状況で総理大臣にされ戦後死刑になった東條英機、阪神大震災時の村山富市、東日本大震災時の菅直人、そしてコロナ禍の菅義偉……。

言うまでもないが新型コロナウイルス感染症の流行は天災である。しかも日本国内ばかりでなく世界規模の災害である。1ヶ国の総理大臣がどんな手を打ったところでおいそれと収まるわけがない。それでも総理大臣だというだけでまるで彼のせいであるかのようにバッシングを受けるのだ。気の毒という他ない。
さらに言えば散々批判して辞めろ辞めろと言いながらいざ辞めると「無責任だ!」とわめき出す野党のアホさ加減はもはや形式美と言っていい。

どうでもいいことだけど、もし次の総理大臣が野田聖子になったら、日本の歴代総理大臣は

菅 → 野田 → 安倍 → 菅 → 野田

というややこしいことになるな…。
0

2021/8/26 | 投稿者: 鹿苑院

イデ隊員こと二瓶正也さんの死去を実家で読んだ今日の新聞で知った。実家にいる間は平気だったが、一人暮らしのマンションに帰った刹那に涙がボロボロ出てきた。

黒部進さんから聞いたことがある。二瓶さんは明るく正義感が強く、腹に物を溜めない男だったと。プライベートでもイデ隊員だったのだ。
ふざけていることが多いが根は科特隊の誰よりも真面目なイデ隊員が僕は好きだった。平成の劇場版で駄菓子屋のおじさん役で出てきたのを見たのが最後か。
一度お会いしたいと思っていたのに、悲しくてならない。
0

2021/8/14 | 投稿者: 鹿苑院

備忘録的に。

6年半勤めた医院を退職した。僕が勤めた歴代職場の中で現時点では最も長く勤めたことになる。
ほとんどワンオペ診療で背骨が痛くなることはザラにあったし、クレーマー等の厄介な患者はためらいなくこちらに押し付けてくる院長だったし、定期健診のチェックもほぼすべて押し付けられていた。
そこまでなら我慢できていたが、EPARKという忌まわしい物(謂派悪とでも漢字を宛てればいい)が始まってからはそれもほぼすべて僕の仕事とされたので、さすがにやってらんないなとなった次第。あと夏のボーナスもなかった。

とは言うものの、居心地は悪くなかった。
怒鳴るタイプの院長ではなかったし、こんなやつと一緒に働くのはゴメンだなと思うようなスタッフもいなかった。苛政は虎よりも猛なりというやつだ。
僕でなきゃ嫌だと言ってくれる患者さんも少ないがいたし、スタッフとも毎日バカ話をして楽しかった。
この医院に在職中に今の車を買い、結婚し、離婚し(それを機会に浄土宗西山派に改宗もし)、再婚相手も見つけた。この6年半は僕の人生の重要なページに違いない。
辞めた率直な感想としては寂しい。
0

2021/7/30 | 投稿者: 鹿苑院

これがZ世代ということなのだろうか、甥がテレビとスマホとタブレットにしか興味を示さない。
あまりに見苦しいので見かねて年齢相応の本を与えてみたが、「重くて持てない」「スマホで目が疲れたから読めない」と言い訳ばかりが達者で、疲れたはずの目でスマホゲームをやり続ける始末。
妹夫婦には悪いが、あまり良い育ち方をしているとは思えない。

うちは裕福ではないので家族で海外旅行に行ったことなど一度もないし、大学受験も国公立限定で大変苦労したが、僕を本を読む子に育ててくれたことは本当に感謝しており、最大の恩のうちの一つだと思っている。
世界で一番広い場所は本の中だ。海外旅行に行くのはたいへんな金とまとまった休みがいるが、本を開くだけでどんな国のどんな時代にでも行け、どんな人にも会える。読書は最大の娯楽であり最大の勉強でもある。玄奘三蔵の言葉を借りるまでもなく読書は人生の妙薬である。

父は絶対に僕にテレビゲームを買い与えなかった。これについては必ずしも絶対善だったとは言い切れないものがあるが、上述の甥の姿を見ていると、僕は将来生まれてくるかもしれない自分の子供に、必要最低限以上にはスマホやタブレットを触らせたいとは思わない。
0

2021/7/25 | 投稿者: 鹿苑院

法然上人24歳の頃、すべての人が救われる教えを求めて奈良に修行に向かう途中、高橋茂右衛門という人の家に一夜の宿を取った。
「その尊い教えが見付かったらぜひ教えてください」という茂右衛門夫婦との約束を覚えていた上人は、念仏の教えについに出逢うと真っ先に茂右衛門方を訪れ、最初の説法をした。この故地が現在の粟生野光明寺である。
すなわち光明寺はいわば法然上人初転法輪の地である。上人をもし釈尊に擬すなら、この地は鹿野苑といえる。私、鹿苑院にははずせない聖地と言えよう。

光明寺は浄土宗西山派の総本山である。京都を中心に広まっていたことが仇となり応仁の乱で甚大な被害を受けたうえ、徳川家康が知恩院を総本山とする鎮西派を保護したために西山派はずいぶん衰えた。
家康ファンの僕には徳川家の菩提宗としての鎮西派のブランドは目がくらむほど眩しいものだが、どうにも教えを精細に比較検討すると西山派の方が頷けることが多い。西山派は浄土真宗に双子のように似た教義なので、真宗育ちの僕には受け入れやすいのだろう。
なお家康の従兄弟が知多の西山派・常楽寺の住職だったりするので、必ずしも徳川氏が西山派に対して暴虐だったわけではない。

光明寺は法然上人の遺体を荼毘に付し埋葬した地でもある。知恩院の御廟にある遺骨もここから分骨されたものである。
そうしてみると、鎮西派をライバル視するのではなく、いわば浄土宗の嫡流たる西山派からの分家筋と思ってやれば穏やかな気持ちでいられる。
0

2021/7/5 | 投稿者: 鹿苑院

一遍上人の時宗についてはおおまかに二通りの見方があるようだ。
柳宗悦のように「親鸞聖人をも超えた他力の境地。あれこそ浄土教の最終発展形」という高評価と、「踊り念仏とか奇妙なことをやってる俗っぽい宗派」という見方である。僕は後者の見方をしていた。というよりあまり興味がなく気に留めることがほぼ無かった。

プロレスラーはロックアップした瞬間に相手の力量がだいたいわかるという。去年以来にわかに興味を持ち、本格的に一遍上人とロックアップしてみて、これはとんでもなく優れた人物だとすぐにわかった。今までの無関心が掌を返すように柳宗悦と同じ見解に僕もなった。

浄土宗、浄土宗西山派、浄土真宗、時宗はいずれも法然上人を祖師と仰ぐ。いかに法然上人の教えを正しく継承しているかがこれら宗派の争点だと言っていいが、この1年あまり仔細に研究してきたところ、時宗が最も法然イズムに近いと思える。
なおここで言う「浄土宗」とは宗教法人名である。一般的には「法然上人は浄土宗の開祖」と認識されておりもちろんそれで正しいが、宗教法人浄土宗は正確には浄土宗鎮西派である。鎮西派の派祖である聖光房弁長上人の著作を読むと正直かなり法然上人の教えからの逸脱を感じる。

今では時宗は小規模の教団になってしまったが、中世ではものすごいムーブメントだったらしい。
だいたい「この宗派はこの階級の人に信者が多い」という図式があるが(例:禅宗なら武士、浄土真宗なら農民、日蓮宗なら商人)、時宗に関して言えば上は公家・大名から下は被差別層に至るまで広い範囲に信仰されていたようだ。
新田義貞の墓は時宗の寺にあるし、足利将軍家から死者が出ると葬儀は時宗でやっていた。徳川家の先祖は時宗の遊行僧だったし、有名な東京大手町の平将門公の首塚も時宗である。意外と時宗は日本の歴史に大きな足跡を残しているのだ。
0

2021/6/17 | 投稿者: 鹿苑院

父方の祖母の命日に母方の祖母の葬儀という奇妙な巡り合わせになった。
仕事柄老人によく接しているのでそこから出てきた持論だが、高齢になるほど人間は二極化する。すなわち何を見ても文句しか言わないひねくれた老人か、何があってもニコニコしている穏やかな老人のどちらかになる。
僕にとって、後者の代表格が母方の祖母だった。37年間、怒ったところを一度も見たことがない。

94歳という長寿を保ち、死に際こそ誰も立ち会っていないものの、その直前に最後の話し相手になった介護士さんの手を取りニコニコとしていたという。
なにか善導さまの発願文を思い出してしまった。死に際が安楽であるほど上等なグレードでの極楽往生をした証拠と言われるが(浄土真宗ではこの考えは否定しているが)、上品上生の往生とはこれではなかろうか。
0

2021/6/11 | 投稿者: 鹿苑院

僕の趣味はいくつかあるが、最大のものは歴史小説と言っていい。ただ、時々自分でも不思議になる。なぜ歴史小説が面白いのか。なぜ飽きないのか。
だって途中経過も結末も知り尽くしているのだ。どんな本を読んでも信長が桶狭間の戦いに敗北することはないし、坂本龍馬はどうしたって近江屋で暗殺されてしまう。読む前からそんなことはわかっているのにどうしてそれを読むのが面白いのだろう。

僕の心の師・井上義啓氏には「プロレスとは底が丸見えの底なし沼である」という名言がある。
このあまりにも哲学的な言葉の意味を解釈してみると、プロレスというものは勝敗・結果は歴然と見えるし、なんなら見なくてもどっちが勝つかぐらい大抵は予想できるが、そこに至るまでのあれやこれやを考察することにプロレスの妙味があるということだろう。
その意味でプロレスに勝敗の筋書きはあるのかと聞かれれば「あるだろう」と答えざるを得ないが、プロレス観戦とは単純な結果以外の所でレスラーや団体のメッセージを読み解く知的遊戯であると知れば、むしろなまじ真剣勝負で勝敗以外は価値を持たない他のスポーツなど見ていてつまらなくなる。井上義啓氏がプロレスラーのような筋肉隆々のマッチョではなくスーツが似合う紳士なのは知的遊戯の達人なのだから当たり前のことなのだ。

で、ふと気付いたのだが歴史小説の楽しみとはこのプロレスの楽しみ方に似てはいないか。
個々の戦いの勝敗、人物の生死は最初からわかるが、その経緯を書くのに作家ごとのアレンジ、メッセージがそれぞれまったく違う。そこを読むことに歴史小説の醍醐味がある。
そうだ、そうに違いない。高らかに言おう。

『歴史小説とは底が丸見えの底なし沼である』と──。
0

2021/5/23 | 投稿者: 鹿苑院

医療従事者なのでありがたい事に皆様よりいち早くワクチンを射てた。一昨日、2発目を射ったところである。

1発目は注射そのものはまったく痛くなかった。本当に射ったのかと不安になったほどだったが当日の夜ぐらいから腕が痛くなり、翌日はまる一日腕の鈍痛があった。
他に摂取翌日は寝起きのボーっとした感じがまる一日続いていた。僕は元々低血圧なのでこの現象は年に数回あるからワクチンとの関連性はわからないが、2発目を射った時の反応から考えるとやはりこれはワクチンのせいだったのではないかと思う(後述)。

2発目は並の注射ぐらいの痛みはあった。腕の痛みに関しては前回とほぼ同じ挙動を示した。
翌日の体温は37.4℃。感染症による発熱でないことは明白だから来るなとも言われず、確かに苦しい事は苦しいが頑張れば働けない事もないという最も嫌な中途半端な苦しみであったため、結局フルに一日働いた。

特筆すべきは歯科衛生士、歯科助手の皆さんの対応である。
普通、歯科治療というものは歯科医師と衛生士または助手のどちらかによる2人態勢で行われるのが普通だが、アシスタントが付くのは院長の特権という医院もまれにはある。僕が今働いている医院もそのタイプで、おかげで発熱して苦しい中だというのにまる一日オールワンオペ、オールノンアシスタント診療という常人には測り知れない偉大な大記録を達成することができた。大谷翔平も凄いが俺も凄いと言っていいんじゃないだろうか。
スタッフの皆さん、不協力ありがとう! 8月から働く新しい職場での語り草にします!!
0




AutoPage最新お知らせ