2022/1/17 | 投稿者: 鹿苑院

昨年末、ストロング小林が逝去していたことをスポーツ新聞の見出しで知った。

僕が最初にプロレスに興味を持ったのは東京プロレスの最後の試合だった(タッグマッチで安生洋二が出ていたことだけは覚えている)が、僕を完全にプロレスファンにしたのはその数日後に見たアントニオ猪木vsストロング小林戦だった。と言っても猪木の両足が浮いたジャーマンで有名なあの試合ではなく、卍固め2連発で猪木が勝利した試合の方である。

その後の小林は坂口征二との北米タッグが僕を興奮させた。王座陥落後、坂口が新しいタッグパートナーとして長州力を選んだ時はショックだったものだ。坂口&長州組は僕の目には坂口&小林組ほどの魅力を感じられず、僕の目は北米タッグから離れていく。

以上は僕が生まれる前の話である。衛星放送で昔の試合を観るのが僕のプロレス初めだった。その僕にとって、ストロング小林は紛れもないスターだった。
0

2022/1/4 | 投稿者: 鹿苑院

SARSやMARSが終息した理由は明らかにはなっていないが、ウイルスが変異して人体に無害なウイルスになったのだろうと言われている。
そのことがあるから、僕はオミクロン株出現というニュースを聞いた時に「ああ、よかった。これで新型コロナウイルスも終息だ」と思った。しかるに今なお騒いでいる世の中のおかしさはどうだろう。

ウイルスというものはそもそも変異するものである。新しい変異株が出たからといっていちいちニュースにして騒ぐというのは、「犬がワンと鳴いた」とニュースにするぐらい滑稽なことだ。

コロナウイルスはずっと昔から風邪のウイルスとして存在している。それが武漢を発祥とする強い毒性を持つ新型が現れたのがこの騒動の始まり。コロナウイルス自体は昨日や今日現れた新参ウイルスではないだけに、まったくこの世から根絶するなど無理な話で、元のただの風邪ウイルスに戻れば終息とするしかない。

オミクロン株は毒性は今までのものより極めて低いという。であるなら、もはやただの風邪ウイルスに戻ったとみなして終息を宣言するタイミングは今ではないのか。
え? 従来のものより感染力が高いだろうって?
おおむね感染症というものは感染力と毒性は反比例する(でなきゃ感染力も毒性も強い病原体が出現した時点で人類は滅亡する)。つまり、毒性が低くなるのと感染力が高くなるのはワンセット。その感染力がただの風邪ウイルスと同じぐらいであるならば、オミクロン株は感染力も毒性もただの風邪ウイルスと同じということになる。

しかるにいつまで「◯◯で初のオミクロン株市中感染を確認! 感染者が今日は何人!」などという報道をやるのだろう。無限に変異するだけで決して消滅はしないコロナウイルスが変異するたびにずっとこんな報道をやり続けるのだろうか。不安を煽って金儲けしたい誰かが裏にいるのではないかとすら勘繰ってしまう。
0

2021/12/31 | 投稿者: 鹿苑院

戦国時代好きにとって、出雲の城といえば月山富田城である。尼子氏の繁栄と悲哀を込めたこの城にむろん行ってみたかったが、同行者に山城は勘弁してくれと言われたので松江城が目的地と相成った。
ま、僕も歴史好きのくせに石垣しか残ってない所よりはしっかり観光地として整備された城の方が好きだったりするので松江城になってちょっとホッとした。

クリックすると元のサイズで表示します


堀を舟で巡ってからの松江城天守。天下普請の城に比べればもちろん小ぶりながら、渋さと威厳を兼ね備えた、男の城という印象を受ける。
築城者の堀尾吉晴は美濃の稲葉山(金華山)で猟師をしていて、イノシシを素手で殴り倒したりしていたところ、織田家の稲葉山城攻めに際して木下藤吉郎の道案内をした縁から取り立てられた。してみるといわば僕にとって地元の人で、よくもこんな遠くまで来たもんだなあと一泊二日の旅しかしていない身ながら妙な仲間意識を持ってしまった。

松江城天守最上階から見た景色の中に白鹿山があったことは僕を興奮させた。
これである。

クリックすると元のサイズで表示します


え、わかんない? これだよこれ。

クリックすると元のサイズで表示します



かつてこの山には尼子十旗の筆頭・白鹿城があった。毛利元就の月山富田城攻めに先立って攻められ、両軍ともに坑道を掘っていたものが地中で鉢合わせし、そのまま戦うという珍しい合戦にもなったが、結局は毛利の大軍の前に落城。この城が落ちたことが月山富田城の喉元に白刃を突きつける形となり、尼子氏の致命傷となった。
多くの観光客は気を留めることがないであろう光景でここまで楽しい随想ができるのだから歴史ファンというのは安上がりな種族である。

松江城の後は出雲そばを食って帰路に着いた。まこと良い旅だった。
ありがとう出雲。いつか月山富田城にチャレンジを。
0

2021/12/5 | 投稿者: 鹿苑院

クリックすると元のサイズで表示します


玉造温泉で一泊の後、旅の二日目は八重垣神社からスタート。
出雲の古い民謡には「早く出雲の八重垣様に、縁の結びが願いたい」とあり、出雲大社と並んで縁結びに霊験のある神社である。
写真の歌碑は素戔嗚尊が詠んだ最古の和歌であり、八重垣神社の名前の由来になっている。
僕が訪れた時は二件続けて祈祷が行われていた。地元の人からそれだけ絶大な信頼を寄せられているということかもしれない。

さて、八重垣神社の奥には池がある。ヤマタノオロチとの決戦の間、稲田姫命が身を隠した場所であり、ここでは占いができる。
社務所で授与される和紙をこの池に浮かべ、硬貨を置く。水に浸すと和紙から文字が出てきて神意を読め、さらに和紙が沈む場所と時間によって結ばれる相手が近くなのか遠方なのか、早いか遅いかがわかるというもの。
僕の和紙は遠くに流れていくことはなく、近くで短時間で沈んだ。大いに励まされたこと、言うまでもない。

午後からはあのお城に向かう。
0

2021/11/27 | 投稿者: 鹿苑院

クリックすると元のサイズで表示します


3週間ほど前の旅行記を今頃書くのもなんだけど、まともな休憩時間がほとんどないぐらいこの所忙しかったのでまあお許し願いたい。

さて、今回どうしてもやむにやまれぬ事情で出雲の神様のお力にすがらねばならなくなり、何年ぶりかの飛行機に乗っての島根県初上陸となった。山中鹿之介幸盛の故国ということでなんとなく僕には特別に思う場所ではあったが、訪れたことは一度もなかったのだ。


クリックすると元のサイズで表示します


さて、最初の行先にしてメインの出雲大社である。祭神大国主命は音読みすると「だいこく」であることから大黒天と同一視されることが多い。大黒天の眷属はねずみなので、僕は意図的にねずみが描かれたパンツを履いていったのだが意外や意外、出雲大社とその周辺にたくさんいたのはうさぎだった。

クリックすると元のサイズで表示します


これは大国主命が主人公の「因幡の白兎」の神話に因む。昔うさぎを飼っていたことのある僕にはなんか嬉しくて、このうさぎを見つけるたびに写真をバシャバシャ撮りまくった。

今回の旅は11月7日、8日の一泊二日だが、もう一週間待てば14日から全国の神様が出雲に集まり神在祭が始まるところだった。
ただ、ものは考えようで、神様たちの会議が始まってからお願いするよりも会議前にお願いしておいた方が聞き届けてくれるんじゃなかろうか。
少なくとも人間なら会議資料を全部練り上げてから会議本番でいきなり想定になかった事を言われても困るという事はあるだろう。してみるとベストタイミングでの参拝になったのかもしれない。

出雲大社の見どころ、拝みどころは多く、門前町で見る物も山陰を初めて訪れた身には珍しい物ばかり。この門前町で遊び過ぎたおかげでこの日行くはずだったもう一箇所は翌日に延期となった。代わりに出雲大社隣接の歴史博物館で見たのが有名なこの模型である。

クリックすると元のサイズで表示します


階段の中途に人がいるのに気がつけば、古代の出雲大社がいかに巨大であったかわかる。
予定変更で急遽入った博物館だったが、テレビや写真で見たこの模型を実際に見れたのは収穫だった。これも縁なのだろう。

話が変わるが、僕はあれこれ迷った結果、男心が男に惚れた一遍上人の時宗を信仰することにした。一遍上人という人は神仏習合の時代をおおらかに生きた人で、誰よりも深い念仏の思想を持ちながら神社にも屈託なく出入りしていた人である。神社参拝が己の信仰となんら矛盾せず気持ちよく参拝できるという体験は、実は僕にとってはまだまだ新鮮な体験である。
……というわけで、二日目も神社へ行く!!!
0

2021/11/3 | 投稿者: 鹿苑院

その名の通り、十句42文字からなる短いお経である。
霊元天皇がもっとも霊験あらたかなお経を霊空和尚に探させた結果、これに行きついたという。

北野天神、すなわち菅原道真公がこのお経を世に広めんとなさっている逸話もある。詳しくは三井寺のサイトを参照されたい。

このお経を千回ないし三千回唱えると窮地を脱する事ができたり、願いが叶ったりするという。実に、今僕の心を救っているのはこのお経である。


観世音 南無仏
与仏有因 与仏有縁
仏法僧縁 常楽我浄
朝念観世音 暮念観世音
念念従心起 念念不離心

───優婆塞鹿苑院謹写
0

2021/9/23 | 投稿者: 鹿苑院

そりゃすぐに劇的に状況は良くならない。今日も重苦しい気持ちを抱えたつらい一日だった。

今朝、厨子を開けると善光寺如来さまは三尊ともいつもより目尻が下がり、いたわるような慰めるような、優しい笑顔を浮かべておられた。
0

2021/9/20 | 投稿者: 鹿苑院

ここ最近、これは人生でも指折りであろうというぐらいの苦難に晒されている。
新しい職場に勤め始めてそれに慣れなければいけないだけでも大変なのに、引っ越した部屋は異常なレベルでGが出る。その上、恋人との仲もうまくいかなくなり、どん底と言っていい。

引っ越し以来、自慢の念持仏の善光寺如来さんは桐箱に納めてラックの中で眠ってもらっていた。思えば今の彼女に出会えたのはこの善光寺如来さんに願掛けをして般若心経百回詠んだからなのに、こういう恩知らずな事をしているからダメなのではないかと思い、ちゃんと厨子に安置し直して拝んだ。

するとどうだろう、不思議なことに真ん中の阿弥陀さまの顔がげっそりと痩せて見える。まさかそんなと思われるかもしれないが本当にそう見えるのだ。僕と同じ苦しみを抱え、分け合い、同じように悩んでいてくださったのだと思うと、なんとありがたいことだろう。
以前にもこの阿弥陀三尊は、一瞬だけ左の観音様がニコッと笑ったことがある。やはり、これこそ僕にとって最高の守り本尊に違いない。
0

2021/9/5 | 投稿者: 鹿苑院

素直にお疲れ様でしたと言いたい。

日本の歴代総理大臣には、誰がやってもどう考えてもどうにもならないだろうという状況に立たされ、後世までボロクソな評価をされているクジ運の悪い人が何人かいる。
対米戦争不可避な状況で総理大臣にされ戦後死刑になった東條英機、阪神大震災時の村山富市、東日本大震災時の菅直人、そしてコロナ禍の菅義偉……。

言うまでもないが新型コロナウイルス感染症の流行は天災である。しかも日本国内ばかりでなく世界規模の災害である。1ヶ国の総理大臣がどんな手を打ったところでおいそれと収まるわけがない。それでも総理大臣だというだけでまるで彼のせいであるかのようにバッシングを受けるのだ。気の毒という他ない。
さらに言えば散々批判して辞めろ辞めろと言いながらいざ辞めると「無責任だ!」とわめき出す野党のアホさ加減はもはや形式美と言っていい。

どうでもいいことだけど、もし次の総理大臣が野田聖子になったら、日本の歴代総理大臣は

菅 → 野田 → 安倍 → 菅 → 野田

というややこしいことになるな…。
0

2021/8/26 | 投稿者: 鹿苑院

イデ隊員こと二瓶正也さんの死去を実家で読んだ今日の新聞で知った。実家にいる間は平気だったが、一人暮らしのマンションに帰った刹那に涙がボロボロ出てきた。

黒部進さんから聞いたことがある。二瓶さんは明るく正義感が強く、腹に物を溜めない男だったと。プライベートでもイデ隊員だったのだ。
ふざけていることが多いが根は科特隊の誰よりも真面目なイデ隊員が僕は好きだった。平成の劇場版で駄菓子屋のおじさん役で出てきたのを見たのが最後か。
一度お会いしたいと思っていたのに、悲しくてならない。
0




AutoPage最新お知らせ