ムシ暑い日が続きますね〜。梅雨だからしょうがないんだけどさ(^^;;
今月はGSX-R1000K9の初車検です!ということで購入したショップ
であり、普段お世話になっているKENZ SPORTSに車検整備の初回
としてはフルコースをお願いしてきました。
OIL、OILフィルター、プラグ、エアクリーナー・エレメント、
ブレーキ・フルード、そしてフロント・フォークOIL交換(シール
交換込み)と先日のリコールのサイドスタンドのボルト交換と
ワッシャー追加です。
重量税は安くなったというけれど、自賠責も含めると13万円コース
です。普通に高い(^^;;
でも3年間消耗品以外の管理はほとんどしてなかったから、お願い
したいと思います(^^)
さて今回ご紹介するのはRATTです。モトリー・クルーと双璧を
成すL.A.メタルの先駆者です。メジャー・デビュー時のメンバーは、
スティーヴン・パーシー(Vo.)、フォアン・クルーシェ(B.)、
ウォーレン・デ・マルティーニ(G.)、ロビン・クロスビー(G.)、
ボビー・ブロッツァー(Dr.)です。フォアンはメジャー・デビュー前
のDOKKEN(ドッケン)にも在籍していました。甘いマスクの
ウォーレンが女性に人気でしたね〜(^^)
独特のノリの良いRATTサウンドはRATT N' ROLLと呼ばれるほど
でした。1st.アルバム、2nd.アルバムは絶頂期でしたが、この
RATT N' ROLLが逆にマンネリ化を引き起こします。特にスティーヴンの
ヴォーカル・スタイルに関しては当時はよく言われました。
3rd.アルバム以降、色々と試行錯誤するのですが、徐々にセールスも
落ちてきます。
5th.アルバムではそれまでのプロデューサーのボー・ヒルから
デズモンド・チャイルドに変えたものの、デビュー以来初めて
ミリオン・セラーを逃してしまう結果となりました。時は1990年。
メタル・ブームはグランジやオルタナティヴに移行し始めていました。
個人的にはグランジは兎も角、オルタナティヴは好きじゃなかった
ので5th.アルバムは好きでしたね。
モトリー・クルーはRATTよりも早い段階でL.A.メタル然とした
スタイルから脱却していたので、成功を収めていましたが、レーベル
よりやはり路線変更を強いられ、ヴィンス・ニールが反発して脱退
していましたね。
RATTもまたドラッグが蔓延しており、特にロビンのヘロイン中毒が
酷く、1991年の来日時もヘロヘロだったらしく、よく来日出来たな
という感じで、来日後には更正施設に入所し、リハビリ。同年
リリースのBESTアルバムを最後にレーベルとの契約も失い、解散
状態になります。
1994年にはロビンが注射器の打ち回しでHIV感染が発覚。2002年に
エイズ発症からか、ヘロインの過剰摂取により死去してしまいます。
苦痛から逃れる為の自殺説もあるようです。ブロンドで2m近い強面の
ロビンも晩年は車椅子生活で体重は180kgという…自業自得と言って
しまってはそれまでなんだけど…残念。
RATTは再結成や解散を繰り返し、2010年に復活し、来日もして
います。原点回帰ですね。やっぱRATTはRATT N' ROLLでしょう!
って感じです(*^^*)
それでは、“ウォンテッド・マン”、“ユア・イン・ラヴ”、
“ボディ・トーク”、“シェイム・シェイム・シェイム”です!
“ウォンテッド・マン”は好きなんですよ〜RATTがRATT GANGに
扮する西部劇調で、ロビンとフォアンが強面でハマってます(^o^)
“ウォンテッド・マン”
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“ユア・イン・ラヴ”
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“ボディ・トーク”
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“シェイム・シェイム・シェイム”
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