2011/2/16

人はいさ  詩歌

「初瀬に 詣(まう)づるごとに宿りける人の家に、久しく宿らで、程へて
 後にいたれりければ、かの家の主人(あるじ)、『かく定かにな
 む宿りは在る』と言ひ出して侍(はべ)りければ、そこに立てり
 ける梅の花を折りて詠める」

人はいさ 心も知らず ふるさとは
   花ぞ昔の 香(か)ににほひける

              紀貫之      『古今集』春・42

(大体訳)
初瀬にお参りに行く途中、よく立ち寄った家に足遠くなってしまったって、しばらくぶりに寄ってみると、主は「このようになんの変わりもなくあるお宿です」と取次ぎをよこして来たので、その梅の枝を折って詠んだ・・・。

歌意
人のことは、さあどうでしょうねえ、心の中までは分かりませんが 花の香りはむかしのままですね。


出典は「古今和歌集」ですが、百人一首の35番にも採用されている有名な歌です。
勿論、百人一首には詞書きはありません。
しかし、この歌は詞書がないと魅力が半減してしまうと思います。この歌は贈答歌としての背景がよく分かったほうが魅力的です。
初瀬という土地ですが、これは大和の長谷寺で、ここの十一面観音像は多くの人々が信仰し、「源氏物語」や「枕草子」にも出てくる古刹です。当時は京都からの徒歩の旅程ですから大和に一泊ということになったのでしょう。

「枕草子」の中で清少納言は『椿市(つばいち)』という粗末な宿に止まったといいます。貫之は心安くしていた人のもとに泊まったのでしょう。
ここの宿の主と貫之との関係は分かりません。
詞書の『かく定かになむ宿りは在る』という強い表現から男のようにも見受けられます。もっともこの文は詞書であって物語の一節ではないので端的な表現にしたのでしょう。
要するに久しぶりに宿に寄った貫之に女がすねて言った台詞という解釈が多いようです。
これに対して貫之の応答歌です。この訳は『田辺聖子の小倉百人一首』の中の熊八中年の解釈がとてもよいので付記しておきます。

「さあてね、あんたの気持ちはどっちですかな、もう心変わりしてはるのと違いまっか。それに比べて梅の花は昔のままええにおいですわ」




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平成19年ふみの日切手シートより



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