むしろ大ムシバムだった  

ムシバム、二か月連続で10回以上の更新を達成!
これは2012年以来の記録となります。
一か月20更新みたいなタフさはないが、夏場にバテない使えるリリーフ投手みたいな感じ。


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蜘蛛の巣にブツブツとゴミがついているショットを、何度も送ってくれた。
このスマホではピントがあわないと歯がゆそう。
いや、分かります分かります。










※ゾクホウ※
表紙の装丁がなぜこうなったかという話。

連載前に聞いたところによると、婦人公論という雑誌で男性作家が小説を書くのは大変、珍しいことだそうだ。過去にもわずかしかいないと。
宝塚の舞台に立った唯一の男性はやしきたかじん、みたいなことをポワーと思いながら、その珍しさを活かしたいと考えた。


僕が知っていたのは大江健三郎さんがデビュー間もない頃、唯一書いた通俗小説が婦人公論連載だったということ。
これは大江さん的には黒歴史らしく、先ごろ刊行された「大江健三郎全小説」にもそれは未収録(読みたくて全巻買ったのに!)。

でも、たとえ黒歴史だとしても、通俗をやってみようと大江さん、一度は思ってチャレンジしたわけだ。


ならば僕も「通俗」をやるぞ、と。

ところで、少し前に「最初で最後の泣ける恋愛小説」という文言を、『愛のようだ』のオビにわざと書いてもらった。このときも「通俗的」にみせたかったわけだ。
「最初で最後の」という言葉には責任を持ちたい。なのでもう(通俗でも)「泣ける恋愛小説」は書けない。
(もっとも、泣く・泣かないは個人差があることなので、以後の小説で恋愛が出てきて、それ読んで泣いちゃう人がいる可能性はどうしてもあるわけで、「あのとき『最初で最後』と言ってたのに、その後も泣いちゃったじゃないか!」と抗議されるのは甘んじて受けるよりほかあるまい。とにかく「ウリにする」のは最後)。

では、じゃあ「泣けない恋愛小説」を書くのか。
そんなのあるか?(ウリになるか?)
恋愛小説をほとんど読まないから、分からないのだった(じゃあ、目指すなよ)。

で、僕が思ったのはハーレクイン。
ああいう感じのを書いてやれ。平凡な私が富豪の美男子にモッテモテ。
ハーレクインを何冊か買ってきて、パラパラめくってみた。

ビーチハウスハーレクインは二段組 凡(コバ夫)

俳句ができただけだった。


……「どうしてこんな表紙になったかといいますと」まで長いなー、先が。
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