蝕み続けて18年目  (蛾の写真)

ムシバムファンの皆さん、2020年のムシバムです。


クリックすると元のサイズで表示します


ムシバム基本ルール。
1/群馬にある長嶋家の山小屋の室内で、虫の写真をとる。
2/奇麗な虫を探さない
3/上手に撮ろうと無理しない。
4/撮った虫のことをなるべく調べない。分かろうとしない。


「ムシバム」バックナンバー
過去のムシバムは、左のカレンダーみたいなのからみてください。
(スマホでみている方は「pcモード」にして左のカレンダーみたいなのからみてください)。

初年度、2003年のムシバムのみ、現在閲覧できません。すみません。


コメントなど、レスポンスできないことが多いと思います。
※当サイト上の画像の無断加工・転載・複製を禁じます


79

パセリのように  

クリックすると元のサイズで表示します
小型のギターアンプとドライヤーにメスのカブトムシを添えて。

アンプもドライヤーもどちらも案外、ムシバムでは写っていない同士。

80年代ファンシーの時代か、90年代後半iMacのスケルトン時代か、そんなような色合いのドライヤーは麦小舎さんがくれました。
いつか「(来客に所望されたが)ドライヤーがなくて」と相談したら、みかねてくれたような感じだった。

今、三歳の娘の髪を乾かすのに(僕も)ドライヤーを使うようになったが、それとはパワーがぜんぜん違う(1000w強の家電なんて、昔はなかったのだな)。

これはこの色の通りの、そよ風。

……ギターアンプにはあまり思い出がないな。Fのコードで挫折したな、くらいしか。
ヤスローはなかなかの名手です。






※ゾクホウ※
といいつつ訂正!
……25日発売と言ってたくせに、なんかもう、一部店頭に出ているらしいです。
『今も未来も変わらない』。amazonでは本日出荷の様子。

ここでも、25日くらいまで緩慢に裏話を書いていくはずが、もう出ちゃうんじゃん!
ナンカコー、ペースを狂わされて、ぶんむくれ。あー腹立つ。

18日に買おうと思えば買えたのに、25日まで待つ気で書店に出向く日程を調整していた人に申し訳ないです。

少し話ずれるが「人間椅子が選ぶ講談社文芸文庫フェア」も、「10日以降開催」と告知されてて、都心なら10日にやってるべえ、と勇んで行ったらまだ全然やってなかった。
子育ての合間、仕事以外で都心に出るなんて、時間のやり繰りでやっと出来ることなのに。


流通、書店(現場)で対応にばらつきが生じるのは分かるが、そこをすり合わせて開始するべきだし、出来ないならツイッターなんかでまめに情報を告知するもんだろう。

音楽の世界だと、CDショップと連動するフェアでこんな杜撰(ずさん)なの聞いたことない。炎上すっぞ! と思ったが、人間椅子ファンは優しい人が多いらしく、無駄足ふんでもあまり怒らない人ばかりみたいで、それはまあよかったけど(むしろ一番怒ってたのが僕じゃないか)。

……すみません。自分の愚痴になってしまった。
が、出版界って、ネットで告知はする(ネットをアテにする)くせに、ネットでの情報の取り扱いが杜撰すぎる。


気を取り直してまた次回。
5

カップの外の虫リーズ  

クリックすると元のサイズで表示します
初期ムシバムで「カップの中の虫リーズ」というのが人気だった。

紅茶カップの体だがマグカップよりも大きい、縮尺のおかしなカップがこの山小屋の定番で、今なお現役。
この中によく虫が入るんである。

今回は中でなく、脇に蛾。
それで、このカップの側面を初めて(?)披露することができた。


下は電気スタンドの台座。グレムズベッド(去年あたり登場)の脇だな。

右下の百円ライターは子供の誤着火防止策がとられた以後のものだな。
このライターで比較することで、カップの大きさが知れよう。
蛾は(大小あるから)比較の例にならない。




ヤスローのスマホの買い替えに付き添うので今日のゾクホウはおやすみです。
8

むしろ大ムシバムだった  

ムシバム、二か月連続で10回以上の更新を達成!
これは2012年以来の記録となります。
一か月20更新みたいなタフさはないが、夏場にバテない使えるリリーフ投手みたいな感じ。


クリックすると元のサイズで表示します
蜘蛛の巣にブツブツとゴミがついているショットを、何度も送ってくれた。
このスマホではピントがあわないと歯がゆそう。
いや、分かります分かります。










※ゾクホウ※
表紙の装丁がなぜこうなったかという話。

連載前に聞いたところによると、婦人公論という雑誌で男性作家が小説を書くのは大変、珍しいことだそうだ。過去にもわずかしかいないと。
宝塚の舞台に立った唯一の男性はやしきたかじん、みたいなことをポワーと思いながら、その珍しさを活かしたいと考えた。


僕が知っていたのは大江健三郎さんがデビュー間もない頃、唯一書いた通俗小説が婦人公論連載だったということ。
これは大江さん的には黒歴史らしく、先ごろ刊行された「大江健三郎全小説」にもそれは未収録(読みたくて全巻買ったのに!)。

でも、たとえ黒歴史だとしても、通俗をやってみようと大江さん、一度は思ってチャレンジしたわけだ。


ならば僕も「通俗」をやるぞ、と。

ところで、少し前に「最初で最後の泣ける恋愛小説」という文言を、『愛のようだ』のオビにわざと書いてもらった。このときも「通俗的」にみせたかったわけだ。
「最初で最後の」という言葉には責任を持ちたい。なのでもう(通俗でも)「泣ける恋愛小説」は書けない。
(もっとも、泣く・泣かないは個人差があることなので、以後の小説で恋愛が出てきて、それ読んで泣いちゃう人がいる可能性はどうしてもあるわけで、「あのとき『最初で最後』と言ってたのに、その後も泣いちゃったじゃないか!」と抗議されるのは甘んじて受けるよりほかあるまい。とにかく「ウリにする」のは最後)。

では、じゃあ「泣けない恋愛小説」を書くのか。
そんなのあるか?(ウリになるか?)
恋愛小説をほとんど読まないから、分からないのだった(じゃあ、目指すなよ)。

で、僕が思ったのはハーレクイン。
ああいう感じのを書いてやれ。平凡な私が富豪の美男子にモッテモテ。
ハーレクインを何冊か買ってきて、パラパラめくってみた。

ビーチハウスハーレクインは二段組 凡(コバ夫)

俳句ができただけだった。


……「どうしてこんな表紙になったかといいますと」まで長いなー、先が。
9

蛾角が広い  

クリックすると元のサイズで表示します
蛾ごしに室内がよく見渡せる、いいアングルの一枚。
蛾自体もあいまいでない存在感。
ヤスローのスマホのカメラはかなり広角だな。


天井の横柱が三つ又になっているところなんて、ほとんど写ったことないんじゃないか。
その下の絵画は数年前のムシバムで紹介済。

手前の白い背の椅子は、最近使われるようになったか。
鉄テーブルの奥の、左からレコード棚。戸。壁に子供の絵とかあって、ストーブの煙突が高くまでみえます。レースがかかった紅茶とか置いてある棚。

地味な一点を言いたい。
レコード棚の隣の戸が、閉めてあるのが珍しい。
向こうの部屋で用いている、蚊取り線香の煙が、こちらがわにいるカナリアを刺激しないようにという配慮だったと思う。

「炭鉱のカナリア」とは言ったもので、蚊取りの香にすぐ暴れるのだそうです。
蛾は平気そうだが。






ゾクホウは次回。
8

謎の拍手  

※訂正※ 昨日のムシバムの、人形テルレスくんの作者を間違えてました。正しくは山本じんさんでした(本記事も訂正しています)。失礼しました!

拍手コメントで教えてくれた人ありがとう(ヤスローでないとしたら、なんで分かったんだ)。


地味な二枚を。
クリックすると元のサイズで表示します
焚き口のあたりの蝉の抜け殻。(影で)強い日差しを感じさせるのが珍しい一枚。


クリックすると元のサイズで表示します
ガスコンロのフード脇の蛾。垂直を示す目印みたいだ。
窓の位置からして、天井の異様な高さが分かる構図もお楽しみください。












※ゾクホウ※
もはやなんの「ゾク」報をするのか分からなくなってきた。
えーと、まずは、加筆の話の続き。

婦人公論は連載小説のページ、行組がかっちりと決まっている。そういう制約のある小説の連載はこれまで「エロマンガ島の三人」と「ねたあとに」しかやってこなかった。

でも、前者は三回で終わったし、後者は逆に二百回ものコマ切れ、日刊連載だったので、やりにくさを考える暇がなかった(関係ないが、連載中に新聞の活字がでかくなり、行組が変わったのだった。でも「やりにくさ」など覚えてない。行組の変更された日に、登場人物に「なんか家、狭くない?」と言わせようかと思ったりしたが、これは果たせなかった)。

どうも僕は、一回書き終えたものを見直すとき、盛り付けて増やす書き方のタイプらしい。
たくさん書いて、次に見直すときは推敲して減らすタイプでなく。
(そんなふうにタイプが分かれるものなのか、作家同士でも案外、話し合ったことはないのだが)。

「こんな感じのこと書こうっと」と、ひとまずおしまいまで書く。
そうすると、「あ、ああいうことも書こう」と書き終えたあとで思う。
逆はあまりない。「あれはいらんかったから削ろう」は。

なので、初校のゲラで加筆して、肉付けすることが多いのだった。
で、も。婦人公論はそれができない。
むしろ「必要と思って書いたのに、泣く泣く削る」ことが何度もあった。うーんそうか、と媒体の差を思い知り、勉強になった。
(一回の枚数が単純に短かったので、リズムにのるのに時間がかかった)。

なので、今回は「タンカ」をまるまる一章段書く(書いてないけど)とかでなく、単行本化では、各話の節々を、うーんと体を伸ばすような、ちょこまかとした加筆に満ちてます。

連載時の題名が「歌を友に/レジャーをともに」で、歌=カラオケがモチーフになっているので、歌詞の引用が多いのも、行数がきつくなる一因だった。
その際、歌の引用を短くしてやりくりしたりしたのを「歌、もう少し聞かせようや」と二行にするとか、そういう「加筆」もある。
連載と読み比べてもらえると、いつも以上に面白みがあるんじゃないか。


装丁の「なんでこんなことになったかというと」は次回。
7

ローベルト・虫ール  

二、三年前からだろうか。僕の部屋にいる人形、テルレス君。
(撮影は初ではない、よね?)


クリックすると元のサイズで表示します
の、髪にとどまるウスバカゲロウ。

薄幸の美少年に薄幸のカゲロウ。陰影も味わいたっぷり。
……これはいいムシバムだなあ。
ヤラセではありません。


クリックすると元のサイズで表示します
普段のテルレスくん。山本じん作(※作者名を訂正しました)。
本当の少年サイズで、掃除してて顔あげると「いて」、ちょっと声がでます。

名の由来はローベルト・ムージル作「少年テルレスの惑い」からだって。
(今は『寄宿生テルレスの混乱』の題で光文社古典新訳文庫より刊行されてます)。

……頭に虫がとまって惑った話だろうか。いつか読もうと買ったまま。


綺麗なテルレスくんの邪魔になるので、ゾクホウはおやすみ。
7

ほぼ、木の感触  

接写。
クリックすると元のサイズで表示します
木の表面のような蛾。
レース地のようだが……これはゴワゴワしたタオルか!(←心眼で見抜いた! 的なカッコいい風に)


干してあるんだな。テラスの物干しに。








※ゾクホウ※
9/25発売の新刊『今も未来も変わらない』書影がamazonセブンネットに出ました!

ずっと、ウェブの告知リンクはamazon一辺倒だったが−−別にamazonを支持しないということではないが−−もっとフラットに接しようと思いまして、公式サイトではe-hon、セブンネット、amazonをなるべく均等にリンクするようにしていきます。

セブンネットは、セブンイレブンを受け取り先に指定できます(支払もそこで)。

e-honは、全国津々浦々、大抵の書店を受け取り先に指定出来て、支払いも書店で現金ででき、しかも売り上げがその書店に入ります。「地元の本屋を応援したい」「でもネットで迅速に注文したい」という人にぜひ、オススメしたい。活用者も増えてるみたい。


それはさておき。
(加筆の話は置いといて)書影がなぜこんな風になったかといいますと、という話をします。

僕が希望したからではないのです。
とかいうと、この書影を気に入ってないみたいに聞こえるが、気に入ってます。
気に入ってることと、エクスキューズをしたいということは両立する!

……そういえば「えー、なぜこんなことになったかといいますと」という言葉を、少し前にも言ったなあ。

谷崎賞の授賞式だ。

当日、一応、まっとうなスピーチの原稿を用意していた。しかし、谷崎賞に喜んで、いささかはしゃぎ気味になった担当らが「長嶋有ののぼり(デイリーポータルZの企画で作ったもの)」を谷崎賞仕様にしたものを作成して、会場入り口や、僕がスピーチする際には背後にまでバーンと掲示した。

「それでは長嶋さん、受賞の言葉をお願いします」のとき、当然のように背後でスタッフがササーッとのぼりを立て始めた。そんな受賞者いねえ。
用意してきたスピーチの文言を置いて、僕は切り出した。

「えー、これは、なぜこんな(おかしな)ことになったかといいますと……」

このあとも「なぜこんなことになったかといいますと」を何回いう作家人生なのだろうか。
いや、装丁気に入ってますよ。ほんとほんと。


装丁話、次回に続く。
(先週のラジオで、池田澄子さんの句集の装丁のシックさの話題に思わず出た僕の述懐も、思い出して楽しんでいただければ幸いです)。
6




AutoPage最新お知らせ