京都の闇に魅せられて

ある時は、しがない安月給サラリーマン。ある時は妖怪ヲタク。またある時は、ファンタジーTRPGヲタク。そんなkomichi(子路)の個人的趣味に走っただけのブログです。(旧題「小路のヲタク草紙」)

 
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投稿者:小路@管理人
>酔っぱの猫さん

 いつもコメントありがとうございます。
 今回のコメントは……いや、なかなか鋭いと思いますよ。
 思わず「なるほど、そうか!」と納得です。
 と同時に「くっそーっ、なんでそんなことに気づかなかったのかー!」とも思いました(笑)。

 確かに、言われて見れば。
 いくら皇室の血をひく大臣と言っても、あれだけ広大かつ壮麗で、「尼崎から毎月30石の海水を運んで塩焼きを楽しんだ」という屋敷や庭園を造って維持して行くには、莫大な財力が必要だったはず。
 源融という人は、それだけの財力をどうやって得ていたのか? そういう疑問はあったのですが……。

 学生時代に社会学や経済学を少しかじり、ツイッター等で政治や経済などの話題にも触れていると……。
 同じ事実や事象も、経済や経済的利権という観点から見ると、また違った意外な真実が見えてくる。そんなことがあるものです。

 それにしても、この「塩利権」説が正しいとしたら……。
 河原院や源融をめぐる物語の裏に、そうした莫大な利権を巡るも絡んでいたとしたら……。古文書や言い伝えにも出てこないようなドロドロしたものが裏にあったりするかも。
 そんな気もしてきました。

http://moon.ap.teacup.com/komichi/
投稿者:酔っぱの猫
源融の和歌"陸奥のしのぶもぢずり誰ゆゑに乱れむと思ふ我ならなくに"と河原院があった辺りが当時「塩竈(しおがま)」と呼ばれていた事や、尼崎から毎月30石の海水を運んで塩焼きを楽しんだ河原院の庭園が陸奥国塩竈の風景を模した等から源融の資金源が「塩」だった可能性が高い?
源融(一族)が塩の利権絡みで何事かあったとしたら・・・。
出ても不思議じゃないですね

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