京都の闇に魅せられて

ある時は、しがない安月給サラリーマン。ある時は妖怪ヲタク。またある時は、ファンタジーTRPGヲタク。そんなkomichi(子路)の個人的趣味に走っただけのブログです。(旧題「小路のヲタク草紙」)

 
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投稿者:小路@管理人
>わ〜い、お茶さん

 いつもコメントありがとうございます。

 まず鳥居の写真ですが、あれは確か夜8時半頃だったと思います。
 私の記憶が間違ってなければ、あの時は雨も降っておらず、レンズにも水滴はついていませんでしたから……。
 やっぱし、オーブ?

 こういう記事を書いていますと、時々「?」と思うような写真が撮れてしますのですよ。
 例えば、以下の回とか。

第130回
http://moon.ap.teacup.com/komichi/285.html

第73回
http://moon.ap.teacup.com/komichi/220.html



>私が思うに日本の歴史や祭りはこういったものを追っていかないと真実には辿り着けないのでは、と思います。

 まさに仰る通りと思います。
 コメントにあるような製鉄民や被差別民の話なども、ゆっくりと学びたいと思うのですが、なかなか時間が作れずにいます。
 しかしこういうシリーズをやっていて良かった、面白かったと思うことのひとつが、学校で習った「正史」にはない歴史や文化・民俗などを知る機会に出会うことです。
 日本という国とその歴史の違った側面も見えてくることです。

 今後もこのようなコメントをくださるとありがたいです。

http://moon.ap.teacup.com/komichi/
投稿者:わ〜い、お茶
こんにちは。勝部神社の鳥居の所の写真ですがあれは何時頃でしょうか?レンズに水滴などが付いていなければ多分ですがオーブの可能性が高いと思いますが・・・後半の部分は
歴史上多々あるようです。例えば山に一つ目の妖怪が出る、と言う民話があります。実際は妖怪ではなく金属加工を生業とし、代々その技術を秘伝とする集団や人達は鉱物を加工する際今のような目を護る保護具などは当時は無いので直接目で炎を見るうちに目が悪くなりまた鉱物を溶かす炉も小さかったらしく
屈んで見ていたようでそれで姿勢が悪くなったようでそれが里に住む人達には異形の存在に見えたのかもしれません。余談ですが、記紀神話で「蛍の様に光り、また蠅のように騒々しい神」とあるのは現代に繋がると言うと語弊が有りますが、所謂「同和地区」の人達の先祖だったのかも、と思います。忍者もサンカ、クグツと言った人たちもそうですが、彼らは戸籍に拠って管理されるのが嫌で
山で暮らしていただけなのに何時しか差別されるようになってしまったのは私個人的にはおかしいと思っています。彼らの文化を私たちも知らず知らずの内に受け継いでいるのも
また事実です。一例を挙げると「ふける」漢字で書くと老ける、更ける、等いろいろ有りますが、「逃げる」と言う意味で「ふける」と言う事がありますが、実はこれはサンカと呼ばれる昭和30年頃迄存在する事が確認されていた漂泊民の言葉だそうです。私が思うに日本の歴史や祭りはこういったものを追っていかないと真実には辿り着けないのでは、と思います。乱筆乱文になりました。

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