追悼碑のある庭のお隣の家を「ほうせんかの家」と名づけ開放しています。  ● 毎週土曜日  13時から17時まで。  ● 順次、お料理を作ったり、映画をみたり、イベントを組みます。参加をお待ちしています。  訪問される方は、当ブログの予定をチェックして、来てください。 尚、日程が合わない方は、事前に申し込んでみて下さい。誰かが、あなたの都合に合わせれるかもしれません。  お待ちしています。   ===⇒ ⇒ ⇒ ⇒ ⇒ ⇒ ⇒ ⇒ ⇒   .   .   .   .   .   .   .   .   . 「関東大震災時に虐殺された朝鮮人の遺骨を発掘し追悼する会」のホームページも 参照下さい 「追悼する会の来歴など」や、「震災時の事件について」詳しく、わかり易く紹介させて頂いています。是非、立ち寄ってみてください https://housenka.jimdo.com

2020/10/4

追悼式報告 NO.3 参加者から  追悼する会 会報

参加者から感想を頂きました。紹介します。



私は昨年に続いて2回目の参加です。東京の西側、多摩地域にある多摩ニュータウンから友人たちと参加しました。
 
                         多摩市 江川美穂子

 初めて追悼式に出席しようと思ったきっかけは、昨年夏に佐渡でミンジャさんに会ってしまったことです。佐渡の「へっついの家」で福島の子どもたちの保養キャンプを関久雄さんらがやっておられて、初ボランティアでご飯作りに行ったら、そこにベテランボランティアのミンジャさんがいて、采配ぶりが素晴らしく感化されて帰ってきました。
その後、地元多摩市の市民グループ「多摩平和イベント実行委員会」で、加藤直樹さんを講師に学習会「九月、東京の路上で」を開催し、さらに年末にはミンジャさんに多摩まできてもらい、「コチュジャンを作る会」をして一年を締めくくりました。そのコチュジャンのおいしかったこと!絶品でした。その味が体に染み込むように、私の中にストンと何かが落ちたのです。ありがとう!!まさに、連帯は出会いから、ですね。

 追悼式で実際に荒川の河川敷に身を置いて感じたことは、人間が犯した過ちの恐ろしさ、そしてそこに集う人々の温かさ、でした。
 震災によって冷静さを失った時、流言で人間は虐殺などということができるものなのか。当時の世相や企みが加わると、とんでもないことが実際に起きてしまう。そして、それは誰かが操作すれば現代でも起こりうるのではないか…という恐怖感。
私たちは流されずに自分の頭で考えること、そうしないと差別はいとも簡単に作られてしまうんだということを肝に銘じなければ、と思いました。

 私は福岡の出身で、海のすぐ向こうは韓国です。祖先をさかのぼれば朝鮮半島からやってきた人間のDNAでできているのは間違いありません。植民地化して差別した愚かな日本の歴史が本当に恥ずかしい。
その黒歴史を忘れることなく、現代の諸問題にも異議申し立てをしつつ、また来年も地元の友人たちを誘って追悼式に参加させてもらおうと思いました。いただいたホウセンカの種から花が毎年咲き、広がっていきますように…。



毎年、助っ人に来て下さる、船橋のkさんから感想頂きました。

 今年は早くからいつもより大勢の方がお手伝いに来てくださったように感じました。
いつも思うことですが、準備も後片付けも、常連さんたちが皆、すばやくてきぱきと動いていて、いつも感心させられます。こういうところが、この追悼式の温かいいいところだと感じています。
 今年はコロナのため、参加者の方にお花(追悼の花束の)を持っていってもらえなかったのは、ちょっと残念でした。
 受け付けは、スタッフの皆さんがよくわかっていてくださるので、とてもスムーズにいったように思います。
 今年初めて参加したという方に話しかけられました。ラジオ(荻上チキ×加藤直樹)とか、さまざまなところから情報を聞き、行ってみたいと思ったそうです。やはり広報も大事だなあと思いました。
 そういえば、今年は、確かに若い方が目に入りました。いいことですよね! 若い人がいると参加しやすくなりますからねえ。若い方たちもよく手伝ってくださったのではないかと思います。

 追悼式に参加した方、出来なかった方、皆さんの感想をお待ちしています。
読んで下さり、ありがとうございました。
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