2006/11/13

どこでカットするかあなたの自由です。  しばいデイズ


第三舞台公式サイトの「トランス」の記事に
日本の演劇と外国の演劇の違いについての文章があり
そこにはこんなことが書かれています。

ちょっと長い上に引用ですので、一端切ります。




文学がまずあって演劇にいった国と、弁当ひろげてお気に入りの役者を観にいくことから演劇が定着した国との違いでしょうね。「千本桜」でね、静御前が義経との別れの時にずーっと泣いているでしょ。泣いているんですけど、突然、静御前がおどり出す(笑)。で、イアホンガイド聞くと「この場面では、静御前が微笑んでいる顔が見たいというお客さまの要望におこたえして、踊っています」っていう(笑)。なんてファンキーな民族なんでしょう(笑)。このいいかげんさはたいしたもんだと思いますよ。

僕が今まで書いてきた台本は、(自分の劇団の)役者のキャラクターと力量プラスそのひとつ上の事をそれぞれに要求してっていう作り方でして・・・それは座付き作者の宿命だと思って僕はやってます。でもね、僕の戯曲をほかのところでやってもらったのを見にいくと、「ああ、申し訳ないなあ」と思うんですよ。この俳優さんだったらこういうふうに変えたら面白いのになあって思うことがよくある。だから、今回のは普段やってるような「遊び」の部分は抑えざるをえないかもしれませんね。


…THE PLAN9の本公演はまさにこんな感じですね。
作り手も、演じ手も、観客も
「役者のキャラクターと力量プラスそのひとつ上の事」を求めている舞台です。
勿論、そればかりではないのですが、
作り手も受け手も求めているところが「笑い」である以上「役者のキャラクターと力量プラスそのひとつ上の事」に負う部分が大きいです。

まあ、それは、他の劇団にも云えることで
「大人計画」なんかもやはりご贔屓の役者さんを観にいっている感覚でチケットを買い求められているお客さんいらっしゃると思います。
同じ台本でまったく無名の劇団が「大人計画」の芝居をしても「行くか?」と問われると答えに窮します。

THE PLAN9に話を戻すと
コント「待たされた北中君」では、5人のメンバーがそれぞれ役柄を変えて違うバージョンを複数発表されているので、3、4ヶ月に1本という短い期間で新作芝居を打つのでしたら、同じ台本で配役をランダムに変えてみられてもいいのではないと、思ったりもして。

問題閑話。

こういう「役者のキャラクターで持っている」舞台は観ていて本当に楽しいですし、
たとえ舞台自体は「はずれ」だったとしても、どこか「でも観に来て良かったという」安全保障みたいなものがあると思います。
この役者さんのこの姿を見れただけでも「当たり」だったし、「楽しかった」と。

今年、なるべく出演する役者も作家もはては劇団名すら知らない劇団の舞台を観るようにしてきましたが、やはり知らない人ばかりの舞台は気持ちが入り込みにくいものです。
舞台の良し悪しは別として、舞台の面白さには確実に「お気に入りの役者」の存在が絡んでくるものなのかもしれません。

もちろん、そうではない舞台もあるのですが、舞台をお金を出して観にいく際、「お気に入りの役者」が選択の決め手のひとつとなっている方は私だけではないと思います。

「トランス」は俳優達が、手軽に集まって上演できることを目指して書いた戯曲なんだそうです。
ので、いろいろな方がこの台本を演出し演じておられます。
1993年11月 出演 小須田康人、長野里美、松重豊(演出 鴻上尚史)
1996年1月 出演 古田新太 手塚とおる つみきみほ(演出 鴻上尚史)
1998年4月 出演 内野聖陽 奥山佳恵 三宅弘城(演出 鈴木裕美)
2000年8月 出演 ともさかりえ 河原雅彦 山崎銀之丞(演出 木野花)

さて、今日のブログタイトルはこの第三舞台の科白から引用しようと思って本棚を見たら
「トランス」の戯曲本、うちにあるんだ…と、ちょっと驚いています。
タイトルはあとがきから引用しました。
あとがきには「暗転は、何があっても、5秒以上あってはいけません。暗転は芝居を殺します。」と、書いてありました。
その暗転の約1時間半続けた舞台を観にいきましたが、
あの舞台はおそらく「お気に入りの役者を観にいく」ことから解き放されていたと思います。
1時間半の暗闇、出演者は未発表。


これを書きながら、「NHK プレミアム10 チャップリン 世紀を超える」を観ているのですが、
チャップリン凄!!


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