2010/3/12

いまさら「なゐ震る」  しばいデイズ

某掲示板で「なゐ震る」について最近
「あの世界では本当に大地震が起きてたのか?」
という解釈を載せておられる方がいらっしゃいました。

地震があっても彼らが思っているほどの規模ではなかったのではないか
と云う解釈です。


なるほど、そういう見方もあったのですね!






確かに、改めて台本を読むと、登場人物は誰一人として外の世界に出向いて自分の目で地震の痕跡を確かめていませんし、確かめようともしていません。
描かれているのは地震後の3日間の出来事ですが、全て夜の話です。
その間、ライフラインは通常通り動いています。
たとえば室内の蛍光灯は点きますし、パソコンも普通に使用できています。
ご飯を炊いたり、顔を洗ったりしているので水も使えるようです。
後ライフラインに関しては、電話が繋がらなかったということぐらいでしょうか?
ともかく電気と水道は通っているようです。
その一方で彼らの避難した地下シェルター(実際はサークル室)ですが、一度地震があったからとはいえ、軽音部のドラマーが練習に白熱しただけで震え出す(地下なのに!)程度の代物として描かれています。

確かにこれで「(大)地震は」本当に起きていたのでしょうか?

もし、
地震研究会に所属する5人の研究者(と云っても単なるサークル)が
自分達の研究成果を妄信的に信じ込んでおり、
そんな彼らが大地震が来ると予測した時間に
たまたま同じ建物内にいたドラマーがライブの練習を始め、
その白熱した演奏が本当に地震が起こったかのような振動となり
彼らが「シェルター(たかだか大学のサークル部屋がシェルターである可能性は低いのでは?)」と思い込んでいる部室を思いのほか揺らしたとしたら…?

もしかすると、その振動を「大地震」と思い込むのではないでしょうか。
なにしろ、劇中でも2回もドラムの振動を地震と間違えていますから。

そして、その後地震で崩壊したであろう外の景色を見るのが怖くて
全員が夜間しか行動しなかったため、
朝昼、普通に通学してくる他の学生に全く出逢う事がなかったとしたら…?

「自分たちだけが生き残った」と思いこむのではないでしょうか。


ストーリーの終盤で登場人物の1人である南部は、「この辺一体は地震で滅茶苦茶や…」とあたかも自分が地震の被害について目撃しているかのようなに語っています。

そのため私もこれまでは「地震は本当にあったのだ」と思い込んでいました。

5人のうちただ一人、最後の最後で地震と向き合おうとした南部は一見いちばんまともな人間に見えます。
ところが、彼にだけ一見このストーリーと深い関わりがないような設定がなされています。

大学に入ってから遊びすぎて親に怒られたため、地震研究会に入ったといういきさつです。

このサークルの中では福井がもっとも熱心に研究しているように見えますが、もしかすると地震研究の確固たる成果を一番必要としていたのは南部だったのではないでしょうか?
もちろん、それは在学中に地震予知と云う実績を上げて両親を安心させるために。
だからこそ、南部にとっては誰よりも「予知した地震は絶対起こらなくてはならなかった」のでは?

実際、最後に真相が判るまでに台本で知ることができる大地震が起こったらしいという描写はあまりありません。
これは伏線なので仕方ないのかもしれません。
その中に1つに濃尾の科白にある「潰れた体育館」という言葉があります。
この「潰れた体育館」はラストシーンまで見ると「ああ、地震で建物が崩れたのか」と思うような伏線となっていますが、更に物議的に潰れたのではなく今は使われなくなった校舎がもともとこの大学にあったとしたらどうでしょう?

他にも大地震があったらしい描写として、自販機にジュースが補給されていなかったり、廊下の電灯が切れていたりしています。
でも、これらのことも後で「大地震が本当に起こった」と知ったから「ああ、そうか。地震で電灯が点かなかったのか。それでジュースが補充されなかったのか。」と思えるだけで、たまたま電灯の玉が寿命だったり、ジュースが補充されていないだけなのかもしれません。

まあ、そうは云っても、この舞台、観客にここまで考えることを要求しているとは思えません。

ただ、この物語が地震予知にとりつかれてしまった5人の若者の「妄想」だったら、と考えるとそのブラックさにゾクゾクしませんか?
「伏線」と思えたことがそんなふうにさらに解釈を誤らせる「二重のトリック」となっていたらそれはそれで面白くないでしょうか?

5人にとって自分達は(大学が認めた正規の研究生とは違い)単なる大学の1サークル員ではなくれっきとした地震学者であるという妄想。
出入りしている研究室は単なる大学内に数あるサークル部屋の1つではなく「地下シェルター」であるという妄想。
そして、ただの安普請による建物の振動は「大地震」という妄想。
ついでにねんチャンが大きくなって見えたもの妄想。

何もかもが5人の「妄想」だったとしたら?


地下の狭い空間と大学という長くて4年と云う限られた期間、
そんなところに始終籠もって研究した
地震予知が成功すれば自分たちには栄光が手に入るものの
成功すなわち大災害が起こってしまうことのジレンマ。
これらのことが彼らの心を徐々に壊したとしても不思議ではないように思えます。

因みに彼らがどれだけ思い込みが激しく信じ込みやすい性格なのかは台本の端々に描かれています。

何故、彼らが頑なに最後まで外の世界=大地震による惨事を見ようとはしなかったのか。
この疑問の答えはもしかするとこんなところにあるのではないでしょうか?


2



コメントを書く


名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ