2010/2/22

”空気を読む”とは”本音を言わない”ということなんです(行定監督)  しばいデイズ

日刊サイゾーの1コーナー
「深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.54」
映画「パレード」の映画評にこんな言葉があります。

「同じ屋根の下で暮らしながらも、微妙な距離を保ち続ける彼らは、本気で怒ったり、泣いたり、自分をさらけ出さないようにしている。だから、相手が心の奥に抱える苦しみや悩みについては知らないし、なるべく近づかないようにしている。」

この言葉、なんとなくですが、先日見たTHE PLAN9新春公演とザ・プラン9そのものにも相通じるように思えました。



新春公演「W−MEN」に登場する19〜32歳までの4人の能力者は十文字が用意したアジトを拠点に1年間行動を共にしているようですが、彼らの間には色恋沙汰もなくそればかりかお互いのプライベートに関しては微妙に距離感をおいています。

例えば、
四方の実年齢を他の3人が知らなかったことや
丸山がナミに変身して狩生から警備の情報を聞き出している事実を他の3人が知らなかったこと(知らないため飯星が丸山にナミに変身してくれるように頼んでいます)
「ナミはいつまでもステキだよ」と云う科白やどんな女性にでも変身できる丸山にまずナミに変身してもらい裸を見たがったことから、飯星は他の男性メンバーと違い、ナミに対して好意を抱いている様子なのにそれ以上の関係を求めないこと
ナミの方でも「ナミはいつまでもステキだよ」という飯星の言葉を軽くスルーしていること
丸山が展示ケースから手が離れなくなったり、四方が皆に内緒でパスワードを入力したり、何か失敗をしたときに他の仲間にそのことを告げず自分の中で納めてしまうこと(この行動が仲間のためを思って打ち明けられないのではないところがミソ)
四方が十文字のサイコキネシスの片棒を担いだことを仲間に内緒にしていること


それらを見る限り4人の関係はとても表面的でとても平穏です。
仲良く見えますが、面倒くさい人間関係を嫌い、相手の深いところまで踏み込まない、自分の深いところまで踏み込ませない、そんな感じがします。
深く踏み込むことをしないから(もしくは嫌い、恐れているから)十文字のついた「いかにもな嘘」すら見抜けないし、疑ってみようとすらしません。

(この作品では作者すら自分が作った登場人物の「心の奥に抱える苦しみや悩みについて」深く関ろうとしていませんが…)

アジトに集い、ともにウィンピーメンとしての活動に勤しむ彼らにとってそこは傷つくことも傷つけられることもない居心地のいいところなのでしょう。

飯星が自分の裸(踏み込まれたくない部分)を見たことを知ったナミは飯星に対して明確に距離と云う形を取って絶縁を図りますが、表面上は何事もなかったかのように一緒に宝石を盗みに入ります。
「盗みは最低」という狩生の当たり前の言葉にナミに扮した丸山が異常に反応するのも普段から悪し様に自己否定されない環境に身をおいているからのように思えます。

少し検索を進めてみたところ
映画「パレード」原作にはこのような言葉があるそうです。

「話したいことではなく、話してもいいことだけを話しているから、こうやってうまく暮らせているのだ」

そして、もう1つ。

「善意のみが入場可能な、出入り自由の空間。嫌なら出ていくしかない。いるなら笑っているしかない。」

これなどはまさにザ・プラン9の世界を表しているように私には思えます。

「4人になってからのザ・プラン9の仲の良さ」が好きな方はこういった一定の距離感のある人間関係がお好きで居心地良く感じられるのではないでしょうか?

ザ・プラン9の生み出す小さな世界は確かに私たちの大きな現実の世界と繋がっておりその縮図のように不気味に存在しています。
今回の「W−MEN」の中に潜む小さな人間関係は現実の世界にも存在し、やがて社会問題となっていくかもしれません。

演劇もまた時代を写す鏡であり、何年か経って世代が移り変わった頃、この作品を見直したら「平成22年ってこういう感じだったなあ。」と、懐かしくなるかも。















これはTHE PLAN9に限りませんが、お笑いライブやテレビのネタ番組で「空気を読んで笑っている」お客さんって意外と多いように思います。
70,80年代のサブカルネタ(と云ってもその分野では比較的メジャーなネタ)をその時代に生まれていない世代が機敏に場の空気を読んで笑っているとか。


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