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2005/10/30  10:44

なつかしき入九(いりく)の野澤屋  文化国家(Kulturstaat)
 横浜の伊勢佐木町に横浜松坂屋があります。
 かつては、野澤屋という横浜きっての老舗でした。
 野澤屋は異説もありますが、横浜ではじめて生糸を扱った生糸商人と言われ、原家の亀屋と並ぶ横浜きっての老舗でした。
 茂木惣兵衛は横浜の伝説的な商人であります。
 その商売の精神は「謙譲の精神」をモットーとしておりました。
 「一歩下がって九に止め」とありましたが、おそらく入九(いりく)のマークもそれをあらわしたものだと思います。
 初代野澤屋も、茂木惣兵衛も北関東の出身なので、ひょっとすると上杉鷹山の思想の影響を受けているような気もしました。
 昨年、横浜松坂屋本店も歴史的建造物として、外装を化粧なおししてきれいになりました。
 野澤屋がなくなった原因も買収が原因でした。
 ホテルニュージャパンの横井英樹に狙われ、買収寸前の状態に陥りやっと逃れたものの、名古屋の松坂屋にその株は譲り渡され、その後しばらくして野澤屋は消えてしまいました。
 おそらく横井氏は「野澤屋」というブランドが欲しかっただけだと思いますが、その結果は横浜きっての老舗ブランドの消滅でした。
 ニュージャパンの火災事故もありましたが、野澤屋も買収王の虚栄の犠牲者でした。
 昔は、まだ野澤屋の余光が残っていました。
 配送センターも笑顔にあふれ、活気に満ちておりました。
 あの配送量は、野澤屋のブランド力だと思いました。
 住宅地やニュータウンができると、野澤屋スーパーの出店を求めるような雰囲気でした。
 今は、新興住宅地やニュータウンができても、横浜松坂屋にお呼びはかかりません。
 これは横浜松坂屋が、銀座松屋に似た、地域密着型の経営戦略をとっている理由もありますが、やはり横浜という地域における野澤屋と松坂屋のブランド力の差は否めない事実としてあると思います。
 松坂屋支配はかまわないのですが・・・
 ブランドとは作るのに時間がかかり、貴重なものだと思います。
最後になりますが、予想外に早かった総アクセス数、千名突破!読者の皆様に感謝いたします
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