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2017/8/23  2:17

「国民の友」をめざした戦後の新聞  労農(レイオフの年休義務化反対)
 ある新聞記者の伝記を読んでいた。
 その中に朝日新聞が戦後の出発点とした「宣言 国民と共に立たん」という文があった。
 読みながら、当時は支那事変、大東亜戦争の用語を朝日新聞が使っていたということ、そして共産主義のインターナショナリズムを廃し、国民と共に立とうという国民主義的な考え方である。
 そして大本営発表を無批判で流し続けた報道姿勢を反省し、「国民の友」として再出発しようという宣言です。

 戦後、新聞の世界にも共産主義が入り込み、ソビエトの指導のもとで無批判に革命に奉仕する新聞が求められた。
 ところがその考え方に、日本の新聞記者は猛反発したのです。

 その頃はファシズムの記憶が生々しく、記者は「自由に記事が書ける」ことを求めた。
 そして共産主義の労組を廃し、新たに新聞労連を組織した。

 総評に加盟し社会党系労組となったが、労働運動を記者活動は分離することが求められた。
 参考とされたのはアメリカの労働運動、社会主義の影響を受けつつ「リベラル」と言われる進歩主義に留まり革命を目指さない考え方です。
 当時の新聞はソビエトや支那の極左の影響も少なく、英米のリベラルな考え方をよしとしたのです。

 昔のフランス革命の指導者のマラーは「人民の友」という新聞を発行していましたが、日本の新聞は「国民の友」をめざしたということなのだと思います。

 今とはまったく違いますね。

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タグ: 労農 連帯 福祉


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