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2017/5/24  2:53

家に来た時に祖母は私を強く憎んでいましたね・・・  汽船(エッセイ)
 私も幸い全く動けなくなった人の介護はしたことがないので、そのあたりは仕事もできて今のところひじょうに幸運です。

 ただ、祖母は家に来た時はもう車椅子の方が多いぐらいでした。

 でも我が家で車椅子は使えないので、家を改造して手摺を増やすぐらいしかありませんでした。

 そして祖母は、家に来た時は私にことを強く憎んでいました。

 これは家の恥なのであまり外で口外するなと注意されてはいますが、私もひじょうに腹が立っていることなので…私は子供の頃から祖父母の歓心をかおうとはあまり考えない性質だったので、あまり祖父母に媚びたりとかそういうことは一切しませんでした。

 昔は祖父母も商売をやめたあとは横浜で暮らすことを考えており、すでに私の家の近所に家も建っていましたが、歳をとるにつれ長年住みなれたところから離れがたくなったらしく、結局そのまま住み続けました。

 ですが商売を真剣にやって頭がさえていた時は常識もあり、ゆくゆく頼りになるのは横浜の私の家族だと考えていたのです。

 そのため私も子供の頃はずいぶんかわいがられた記憶があります。

 ですが、いつの頃からか精神的に自立しあまり媚びない私をひじょうに嫌いだしていたようです。

 そりゃお金に困っても何も求めないのですから。

 ていうか祖父母を頼ろうなんて考えたことなかったですね。

 高校までで終わろうが大学に行こうが関係ないと思っていましたから。

 私の家に来るずいぶん前ですが、祖母は若い頃からの無理で、深刻な心臓病を患っていました。

 そのため東京の大病院で日本屈指の先生の執刀で、大手術を受けることになりました。

 今は親族間の輸血は「移植片対宿主病(GVHD)」の危険性があるということで、あまりやることはないそうですが、当時はまだあまり危険性は認識されておらず、とにかく健康なできれば若い方の血が欲しいということだったそうです。

 ただ祖母の子供よりは孫の方がよいような話もあったので、多少は配慮されていたのかもしれません。

 難しい手術でわずかなことが手術の失敗に結びつくのだそうで、経験にもとづいたもっともよいと考える判断だったのでしょう。

 当時はどの大病院でも、同じ判断をしたと思います。

 そこで私の家の家族が献血をすることになりました。

 それが献血の時に医療機器のトラブルがあり、200mlほど血が固まって使えなくなってしまいました。
 
 血の量が不足してしまうため、私は計600mlほどの血を提供しました。

 少し抑えたような話も看護婦さんしておられましたが、とにかく多少リスクのある血の取り方をしたのです。

 かなり長く横になっていましたが、結局病院の階段で倒れてしまいました。

 祖母の手術は大手術で、かなりの時間がかかったそうです。

 ですが祖母の命は助かり、大変な長寿に恵まれました。

 ところがその時に私が血液を提供せず、健康なくせに血液を提供しなかった冷たい孫だと親戚に言われ、ずっと信じていたそうです。

 祖父に言われ知っていたはずなのですが…。

 ちなみに献血は別の親戚がしたと言われていたそうです。

 ところが家にきたら何のことはない、大病院で執刀できるよう動いたのが母なら、血の提供も母の家の家族がしていたわけで、事実を知りひじょうに傷つき、人への洞察力が鋭いのに親族だけは一切疑わなかった自分の不明を恥じていました。

 本当に祖母は長生きしました。

 長生きしているのをまわりが喜び、訪ねてきた人が「若い血をもらったせいじゃないの?」と言ったら「ちげえね(東北アクセント)」とすごい喜んでいました。

 嘘をつく罪があれば、信じてしまう罪もある、嘘をつく罪の方が重いことを祈っていきたい。

 ですが祖母は嘘をついた人の天罰は望んでいないでしょうね。

 これは私の自惚れかもしれませんけど、私は転勤は多いけどこのような堅実な仕事についております。

 ですので「押しつけちゃえ!」というのは、あったのかもしれません。

 おばあちゃん話したの許してね、同じように苦しむ人が大勢いるのかもしれませんので、南無阿弥陀仏。

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