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2006/9/18  6:58

水戸黄門と老黄忠(隠居のあり方)  汽船(エッセイ)
 本日雨ですが、「敬老の日」ということでございます。
 カナロコで見ました総務省の統計調査によりますと、日本の65歳以上の高齢者人口は2640万人、総人口に占める割合は20.7%に達しているということです。
 就業している人は諸外国と比べて多いのだそうですが、主要先進国で20%を突破した例はなく、驚異的数字と言わざるえません。
 出生率は今年に入りわずかに好転し、景気回復と社会福祉の充実が出生率回復に役立つことを明確に立証しました。
 世界全体で見ると世界人口は増加を続けており、早急な世界的な避妊の普及をエイズ対策と合わせて行わなければならない状況にきております。
 日本語が国際的に普及していないので、日本は外国人労働者をあまり期待できないため、少子化対策と高齢者対策を同時に行わなければならない苦しさがあります。
 生涯現役ということばがありますが、迷惑な人がいつまでも引退しないとかなり迷惑なこともあるので、やはり「隠居のあり方」というのを考えるべきだと思います。
 女性の場合「子育て支援」という絶対的なものがあり、孫や子供さえいればあまり老後も退屈しないようなのですが、男性の場合は「社会奉仕活動」が主となるため、「才覚」のあるなしによって老後も差が出てしまう現実があります。
 また年金生活が苦しくなれば働かざるえなくなり、これも高齢者問題を深刻にする一因ともなっております。
 若者ほど不思議に問題になりませんが、老人の問題行動が多いことも事実なのです。
 「隠居」というものはある意味、世代交代を進め社会を若く保ち、老人に生きがいを与える「東洋の知恵」とも言うこともできると思うのです。
 問題は老人でもできる社会奉仕活動や、ほどほどの収入を得られて「隠居後の楽しみ」としてできる仕事をいかに確立するかということだと思います。
 これは少し難しいことなのです。
 社会奉仕活動はともかく、赤ちゃんと違い老人はかつては権力者であったことが多いので、いつまでも権力にしがみつく傾向があるからです。
 「死んで天国に行くか地獄に行くのかわからなければ、今がよければよい」ということでしょうか?
 今、老人の世代は戦争に負けて多くの権力者が追放された恩恵?にあずかり、自分達が社会生活の中で老人問題に苦しんだことがあまりないせいか?そのあたりがよくわからないらしいことは感じます。
 ところで、元気で豊かな老後というと、私はどうしても水戸黄門と三国志演義の老黄忠を思い出します。
 実際には水戸黄門は諸国漫遊をしなかったし、黄忠も五虎将軍であったとはいえ、あそこまでは活躍しなかったそうですが、水戸黄門は西山荘で自然を相手に豊かな隠居生活を送り、ライフワークである歴史書「大日本史」の編纂事業に老いてますます励み、徳川将軍家の長老としても活躍したため、あのような伝説を生んだのと思います。
 黄忠は劉備玄徳の蜀(しょく)のあった地域の将軍の大長老で、「彼がいれば兵が治まる」という存在であったようです。
 実際には戦場に活躍することは少なかったようですが、大変な智勇兼備の勇将だったようです。
 老いるまで戦乱の世の中、体を張って民衆を守り続けた人だったのでしょう?
 日本が敗北した白村江の戦いの後、唐帝国は高麗(高句麗)の止めをさすべく、老いた大将軍李勣(りせき)将軍を派遣し、その出陣に民衆は歓呼の声を送り出し「この戦勝てる!」と確信をしたと言われます。
 老将軍によって、高麗(高句麗)はついに唐帝国により亡ぼされたのです。
 「この人が行けば絶対勝てる!」という「徳」があったのでしょう。
 そういえば明治大学ラグビー部の北島忠治監督も、晩年はチームの練習や試合をスタンドで好きな煙草をくゆらせて、ゆっくり見ているだけでありなから、70歳をすぎたあたりから明治は全盛期を迎えた不思議な監督さんでした。
 老いて一般的には身につくものは、「経験と徳」だと思います。
 権力は少しずつ失っていくものですが、「経験と徳」を活かせば「権威」は身についてゆくものだと思います。
 私の母校大東文化大学が明治と引き分けて両校優勝したとき、鏡監督が北島監督のところへ行き挨拶をしにいってとき、鏡監督はその年からトライ数で上回ったチームが日本選手権に行くことを知らず、以下のようなやりとりがあったことを思い出します。
 〔両監督握手する〕
 北島監督 「日本選手権頑張ってくださいね」 
 鏡監督  「エッ?同点ですよ、リョ・・・両校優勝でしょ?」
 ・・・北島監督、ゆっくりと鏡監督を指差して怪訝な表情で少しも怒らず
 北島監督 「いやートライ数で上回ったんだから・・・君のところだよ」
 ・・・北島監督は「しっかりしなきゃいかんぞ!」という表情で鏡監督を見つめ、鏡監督驚いて周りを見回し関係者苦笑いをする。

 貫禄では北島監督の圧勝であり、すばらしいチームを作った若き監督にエールを送る。
 ああいう美しい場面を見ることが減ったように思います。
 日本の老人は、今それほど余裕がないのでしょうか?
 「敬老の日」に思ったことでした。 
 

 
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