新しき概念を設定する
19・1・17
今日は、屋久島自適塾に電話が引かれて丸2年目の日である。
今朝のメッセージは、様々な言葉や短い文章が出て来たが、意味不明のモノが多かった。多かったと言うより、殆ど意味が汲み取れないモノばかりであったと言った方が良いだろう。其の文章の中で、記憶に残っているのは「若貴」と言う単語である。
「若くて貴い」とは、古い概念を抱えたまま、年取って、頭が固く成った人達ではなく、若くてまだ頭の柔らかい若者達で新しき言葉や、概念を組み上げ、貴人を増やせとの事ではないだろうか。
今朝のメッセージの映像は、大きな卵が1個現われ、其の上の方には、卵の周囲を囲む様に、光の短冊が澤山下げられていた。其れは、神社のお神楽で、舞台の上に縄が張られ、「切り紙・彫り絵」が下げられているのと、同じ意味を持つモノで、神の世界に人間の想いを転写する物なのかも知れない。
是から、私がしなければ成らない事は、古い概念を解除する為に、新しき概念と成る「言葉・事霊」を設定しなければ成らないと言う事である。
其れは、「弘法大師空海」の仕事を継ぐ事でもある。弘法大師空海が起こした「真言宗」は、「大日如来・ビルシャナ」を本尊とする宗教である。「ビルシャナ」とは「宇宙の真理の本体」と言う意味で、此の宇宙の全ての物質・質量は、ビルシャナの「身体」であり、其の身体である物質には「意思」が存在する。だから、其の身体の1部である人間には、其の意思を「言葉・真言・マントラ」にする役目が有ると言う教えである。
其の、真言密教の教えから考えられる事は、私たちが古い概念を打ち破って、新しき言葉に拠る世界を、構築しなければ成らないと言う事に成る。其れが、弘法大師空海の願いであるのだろう。昨日は、物の形に付いてのメッセージが有ったが、其れも今朝のメッセージの魁・あきがけと成るものであったようだ。
是から、私が始めなければ成らない事は、新しい概念を創造する事である。其れは、「科学」や「数学」などの世界は、新しき言葉や概念を生み出しているのにも関わらず、宗教世界は2500年前や2000年前の古い概念のまま、停滞しているので、其の精神世界を未来に向かって進化させる事である。
其の、新しい概念を含む言葉が、光の短冊に書き込まれなければ、卵から新しき「鳳・おうとり」が孵化し、新しき宇宙を誕生させる事に成らないとの意味ではないだろうか。其の予兆は、此の浮羽の「むすびの郷」の住民に因る、神のファミリーの中で生まれつつあるのだ。
平成19年1月17日
礒 邉 自 適


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