昨晩、22日の0時をもって、福島第一原発の周囲20km圏が「警戒区域」となり原則立ち入り禁止となった。
道路は封鎖され、随時パトロールも行われる。
立ち入り禁止だけでなく、その圏内にいる者に退去を命じることもできるし、応じなければ10万円以下の罰金、あるいは拘留も可能だ。
参考:msn産経ニュース「警戒」「計画的」「緊急」…これまでの指示とどう違う?
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110423/dst11042300290002-n1.htm
──そう。
あそこは今、人のいない無人の町となった。
昨夜は、どうにも身体がそわそわして、たまらなかった。
その20km圏に、私は立ってみたい。
別に死にたいわけじゃない。
確かに抗うつ薬は処方されているが、今の私に希死念慮はない。
すべきこと、やりたいこと、いるべき場所、一緒にいたい人がいて、あえて危険区域に出かけていかなければならない合理的な理由は、ひとつもない。
だから私はまた、パソコンの前でいつもと同じように仕事をしたり、ネットで情報を集めたり、ツイッターでつぶやいたり、仕事以外の作業をしたりしている。
愚かな人類は核を分裂させてエネルギーを生みだす方法を手に入れてしまった。そのエネルギーの一部を使って私は、一見今までと何も変わりのない日常を送っている。
地震や津波は天災だから、どんなに痛ましくてもこれはもう人類のあずかり知らぬ出来事だと思う。
人にできるのはせいぜい、調査したり、研究したり、極値理論*を元に防災計画を立てたり、堤防を高くしたり、いざという時にできるだけ被害を軽くするための努力をするしかない。
*極値理論
イレギュラーな出来事は一般分布(ガウス分布)によっては平均値やリスクを求めることが出来ない。河川の氾濫や最大風速、金融のリスク・マネージメントに
使われる、……らしい。
そして、それは行われていたと私は思う。
もちろん福島第一原発に対しては、大型津波の発生も、原発での全電源喪失⇒全冷却機能喪失事故も、可能性としては指摘されていたし、安全についてもう少し真摯に受け止めていれば対処可能だったかもしれない。
もともと耐用年数を超えて老朽化した原発を、早めに廃炉にしておくべきだったかもしれない。
あるいは特に地震のおきやすい太平洋プレートが潜り込む場所に、原発を建てていること自体、間違いだったとも思う。
私的には、そもそもこの狭い日本に、54基もの原発があること自体、どうかしていると感じる。しかも、さらに新しい原発を作ろうという計画や、海外に売り込むために、国策として「原発は安全」と言い続けたことに大きな責任はあるだろうと思う。
ただ、現実にそれ=原発は存在し、実際に(それまでは問題なく)電力を供給していたのだ。
誰も、こんなことを望んでいたわけではない筈だ。
誰かが意図的に、あの事故を起こしたわけではない。
原発の安全神話は燃料棒と一緒に溶け崩れたが、それでも未だに必要論があるのは、我々愚かな人類が、今まで通り、いや今まで以上に、何かを欲しているからだろう。
欲望は、生きていく上で必要だ。
本当に欲がなくなれば、食べ物も食べず、何かをすることもない。
でも。
もしかすると、私にとって、「自分の無力と小ささを受け容れることがとても重要で、しかし非常に困難である」のと同じように、人類は「何としてでも全てをコントロールしようとせずにはいられない」のかもしれない。
少なくとも、原子力発電はすでに世界的には下火になっているにもかかわらず、日本はそれを手放すことができなかった。
リスクはでかかった。
20km圏の無人の町、そしてそのまわりに広がる「計画的避難区域」と「緊急時避難準備区域」。
さらには、200kmを超えてやってくる放射性ヨウ素と放射性セシウム。
海に流れ出した4700兆ベクレルの汚染水……。
しかし、そのリスクを最も重く負うのは福島の人々だ。
福島の人には本当に申し訳ないことだが、事故が起きたのが福島でなくともよかった筈だ。
青森の東通でも、女川でも、東海でも、浜岡でもでもよかった。
泊でもよかった。
柏崎刈羽でも、志賀でも、敦賀でも美浜でも大飯でも高浜でも島根でもよかった。
伊方でもよかった。
玄海でも川内でもよかった。
今回のような地震が直下型で起き、しかもあれだけの津波が来たら、どこでこのような事故が起きても、おかしくなかったと思う。
そして、リスクは常に、電力の大量消費地である都市部からは離れた場所に置かれている。
単に原発が壊れただけで済むなら、それは天災だ。
だが、人がそれを建て、その影響が広範囲に及んだ時点で、これは人の問題であると私は思う。
だからこそ私は、あの20km圏内に立ってみたい。
自分を含む愚かな人類が何をしたのかを、目に見えないものまですべて感じておきたいと思うのだ。
動物レスキューが動物たちの救出に奔走したが、それでも餓死したり、餓死寸前の状態に追い込まれた犬や牛や馬が、つながれたままで、あそこにはいる。
ああ、でも──。
たまたま運良く畜舎を抜け出した動物たちは、生まれて始めて体験する飢えや、やがて訪れるだろう「死」とバーターで、好きなように好きな場所へ行く自由を手に入れた。
馬は走っているだろうか? 何の制約もなく、動物が生き残ろうとする本能のすべてを使って、海岸を目指しているだろうか?
牛はその痩せ衰えた身体で、愚かな人間が作った自動車道を歩きながら、どこかに食べられる牧草を見つけることができるだろうか?
ペットとして飼われていた犬や猫は、鶏や小動物を襲ったり、死んだ鳥の肉に、喰らいつくことができているだろうか?
そうなのだ──。
あの20km圏内では、今まさに桜が咲き誇っている。
たぶん今頃、はらはらと花びらが舞っているだろう。
そして、目には見えなくとも、放射性ヨウ素や放射性セシウムや、あるいはストロンチウムが、風とともに舞い、桜の花びらと戯れたりしながら、華麗なダンスを踊っているに違いない。
日本列島にぽっかりと出来上がった「警戒区域」は、どこか私の心の中にも存在しているような気がしてならない。
そこには確かに「死」が満ちているかもしれないが、人類の愚かさ故に解放された静けさと自由、そして、どれだけ向かい合っても全てを把握しきれない重い意味を持っている。
あの場所を想って嘆こう。
あの場所を想って憤ろう。
あの場所を想って我が身を振り返ろう。
あの場所を想って祈ろう。

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