鼓童三人狂 セネガル公演1991・超秘蔵映像  1991 鼓童三人狂西アフリカツアー

今から30年も前の話になりますが、私は鼓童で初の少人数編成のグループを作り、アフリカツアーを行うという企画を提案しました。

そして、1991年に当時の鼓童をけん引してきた金子竜太郎さん、栗田完さん、私の3名による三人狂(さんにんぐるい)というグループを作り、西アフリカツアーを実現させました。

訪れたガーナ、ナイジェリア、セネガルの強烈なリズムとダンス、濃密なアートを通じて、アフリカの大地の息吹を目の当たりにし、その地で生きる人たちの魂を心に焼き付けて帰国してきました。

今回、ご紹介する映像の存在を私は知っていましたが、丸30年経った今、初めて観ました。つい2〜3週間前のように鮮烈な記憶がよみがえり、正直、動揺しました。

パソコンがなかった当時、企画立案し、情報をむさぼるようにアナログで探した日々。未知の世界へ挑む不安。そして、信念。

その実体験が私の血となり肉となっていることは間違いありませんが、私は昔を懐かしむような感情を好まないから、今までこの映像を観ようとしなかったのだと思います。

でも、このような旅で培ってきた多様な価値観と時間軸を今、私たちがおかれている状況に当てて、何か新しい視点や発想を見いだせないかともがき続けています。

前置きが長くなりましたが、ビデオからデータ化された映像と音でも十分にその場の熱と空気を感じていただけると思います。

第1部が三人狂。第2部は三人狂とセネガルのスーパースター、ドウドウ・ンジャエローズとの共演です。

編集せず、舞台転換もそのまま。アフリカの空気をどうぞお楽しみ下さい。

「鼓童三人狂」西アフリカツアー1991
セネガル公演

パート1 鼓童三人狂/レナード衛藤、金子竜太郎、栗田完
パート2 鼓童三人狂、ドゥドゥ・ンジャエローズ

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Straight Ahead  祭り体験がないゆえに

インド大陸で学んだことは時間軸。

アフリカ大陸で学んだことは生命力。

自分の旅人生を懐かしんでいると思われるかもしれません。

実はこの1年、自分が体験してきたことから学べることがたくさんありました。

太鼓という素材と向き合うことで100年単位の時間軸を疑似体験し、旅という実体験で今を積み重ねてきたんだと思います。

先行きが見えない今、表現者として本当に辛いです。

でも、自分が体験してきたいくつかの時間軸(物差し)を頭の中で使い分けて、一歩ずつ前に進んでいこうと思います。

そこから先は、自分が持っている元々の生命力次第(運命)と思っています。

まだ、中途半端な生き物であることは自覚しています(笑)

でも、スマホやPCのワンクリックで感情表現?するような代謝がない人生は送らないよ。これからも。

燃焼して、燃焼して、真っ白になって地球に食われておしまい。

Straight Ahead!

ジブチ2011(大地溝帯)
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マダガスカル2004
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マダガスカル2004
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クウェート2004
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クウェート2004
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クウェート2004
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インド2013
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インド2013
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"Straight Ahead" 配信中(宣伝かい!)


曲が生まれる時  わくわく創作編

Facebookの書き込みから、ちょっとした狂想曲のような販売となったCD “Power and Patience”

ご購入いただいた皆様ありがとうございました。

私自身、リスナーとして作品の経緯を探ることはとても好きなのですが、作り手としては送り出した曲は余計な説明なく、自由に感じてもらえたらというスタンスでした。

でも、今のような情報過多の世の中において、曲や作品のプロセスをお伝えすることは押しつけがましいものではなく、むしろ大切にするべきことなのかなと改めて思いました。

先のブログで「族」という曲の成り立ちに多くの方々が関心を持っていただいたこともあり、今回はCD “Power and Patience”の1曲目”KAKUMEI”の動機について書いてみようと思います。

2010年の終わり、CNNか何かの深夜ニュース番組をぼーっと観ていたのですが、北アフリカのチュニジアでデモが起きているけれど暴動までにはなっていない様子。

引き続き、ぼーっと観ていたら突然、群衆の中から火の手が上がる映像。でもすぐに鎮静化される様子を対岸の火事のように観ていた私。

それは、「ジャスミン革命」でした。

9.11のこととダブり、気になって音を消して画面を見続けていました。そうしていたら、シュールに頭の中で音が鳴り始めたのです。

情景描写と言っては不謹慎かも知れませんが、曲を作る動機は高い緊張感とリラックスした感覚が混ざり合って生まれてくることが多々あります。

国内外で旅が多い人生。

旅の道中はキーンと張り詰めたものがありますが、移動中の車中や機内はリラックス。なので、移動中の景色は大好物。私の曲作りにおいて気持ち良いリズムと情景描写は欠かせないものです。

けれど、少し斜(はす)に構えるというか、場合によっては皮肉って創作することもあります。

ヨーロッパなどの文化において、その奥行きを作り出している要素は角度を変えることによって見えてくる影だったりします。

話を元に戻しますが、そういう意味でデジタルと向き合った”Power and Patience”は、私のアルバムの中で最も斜に構え、温度も低い作品かもしれません。

創作の動機が対岸の火事と感じていた「ジャスミン革命」。日本とマッチングしなかったのもそこか!?

今年もあと数日。順調にいけば、1月4日から”DON DEN”を皮切りにデジタルでシングル3曲をリリースしていきます。太鼓の曲でシングルって冷静に考えても変だと思いますが、3〜4分に集約した音を配信に乗せて世界に放ってみます。

今年、最初で最後の公演となった渋川公演。
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2021年の第一弾は、スコーンと明るい"DON DEN"から!
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前向いていこう!

ねっ!


「族」受け継がれていくとしたら  22世紀に残る音

「族」を書いて丸30年が経ちました。

1980年代、超個性的メンバーで構成されていた鼓童にいた私は常々思っていました。

「メンバー全員で叩けるハッピーな曲がない」

アースセレブレーションが立ち上がる前夜だったこともあり、この機会に大地をイメージし、テーマソングとなるような曲を書こう!と、すごい筆圧で一夜で書き下ろしたことを今でも思い出します。

当時、みんなで叩けるリズムと言えば、「ドンドコ」しかない。けれど、テンポが速い「ドンドコ」がみんなの好み。「聴く者を圧倒するリズム」はフェスティバルのテーマとしてどうなんだろう。

リズムと一つになるには、もっとテンポを落としてみようということになり、やってみたけれどリズムが合わない。

そんなある日、ほこりを被っていた平胴大太鼓が鉄枠の台に吊るされているのを見て、前から平胴大太鼓の長く伸びる響きが好きだった私は、佐渡の職人の西須さんにお願いして「この大太鼓を木の幹か何かに載せて大地のイメージを作りたい」と相談。

数週間で切り株を切り出して中をくり貫いた台を製作してくれました。

通称「象脚」と呼ばれる台ができ、さらに近藤克次さんが「レオ、こんなバチがあるよ」と提案してくれたのがバットの形状をしたバチでした。

平胴大太鼓で拍頭を叩くという極めてシンプルかつ、インパクトのあるアンサンブル形態がこの曲で確立されたのでした。

そして、この曲のテーマはベースのリズムとなる「ドンドコ」のうねり。グルーヴです。

その上に乗るリズムパターンも曲を構成する上で大事なのですが、あくまでもトッピング。

ソリストがドラムスのように華麗なるソロを披露する演目にはしたくなかったのです。それでは、みんなで叩くというコンセプトが崩れてしまいます。

確かにシンプルなリズムを繰り返すことで「飽き」が出てしまう可能性があるのですが、私からすれば、「心地よい音。踊りたくなるような音。グルーヴはその先にある。」ということになります。

自己の確立を急いていた20代の私にとって、多様な人たちと共に生まれる重厚なリズムは鼓童の存在価値を見つめ直す機会にもなりました。

この曲を世界中の太鼓ファンが愛してくれることは嬉しいのですが、叩き手はこめられたメッセージとシンプルゆえに奥が深い「ドンドコ」という永遠のテーマを磨き続けてくれたらと思います。

確か1990年前後のニューヨーク公演より(Photo: KODO)
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2015年アースセレブレーションより(Photo: KODO)
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音楽のある新しい生活様式  音楽ビジネスって何だ!?

今なお、活動再開できないミュージシャンの一人ですが、頭の中で「専門家」という言葉がグルグル回り続けています。

一時期のどうなるか分からない状況の時は、世界の学者や哲学者といった専門家の寄稿文をネットで読んだりして、客観的な視点を持つように心がけていたように思います。

違和感を感じ始めたのは、日本で感染症の防止にあたって専門家がまとめた「新しい生活様式」が提言された時でした(今は市民会館等に配布された資料を含め、改善されています)。

それを見て、音楽が娯楽としてパチンコや接客を伴う店と同じ括りにされているように思えてひどく落胆しました。音楽の世界で生きてきた者として辛かったです。

でも、すぐ冷静になって「専門家って何だろう」と考え始めました。専門家とは特定の分野に精通し、専門的な知識や技術を持つ人だと思います。

太鼓を作る職人さんならば、太鼓に使う素材を見極め、道具を整え、製造していくすべての過程を通じて世界に通じる「ひとつの価値観」を形成している人だと思います。

感染症の専門家の方々も一生懸命に考えられたと思いますが、ミュージシャンという立場から再認識できたことがありました。

それは、専門家が一般社会に向けて何かを発表する際、その専門性ゆえに社会との間にはズレが生じやすいということです。音楽やダンスといった表現活動において「なんだこりゃ!?」と思われる作品が多々あるように。

音楽やダンスといった表現活動においては、感情が溢れ、イメージを描き、音を作って必死にリハーサルを重ねてきたのだから、絶対に素晴らしい世界が表現できると思うわけです。また、音楽の世界では社会をつなぐパイプ役として、プロデューサーという存在がいます。

しかし、先に提言された「新しい生活様式」においては、プロデューサー的な役割を担う人がいなかったのか、その方の想像力が足りなかったかも知れません。どなた!?(笑)

写真:自粛中に佐渡が姉妹から送られてきた山菜の下ごしらえ初挑戦!

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ところで、日本も文化に対する支援策が発表され始めましたが、SNSでは「時期尚早」とか「自称アーティストに支援する必要ない」とか、とても辛辣な書き込みが多く見受けられます。一部の人とは言え、私はここでも一般社会とのズレというか溝を感じました。

悶々とする日々が続く中、提言された生活様式を具体的に想像しているうちに、ある記憶がよみがえりました。

それは、ドイツが東西に分かれていた1980年代に東ドイツ側のベルリンで行われた公演。

町を歩いても色はなく、強いて言えばグレー。スーパーに行っても棚には何もなく、パンを買うにも配給のように長い列に並ばなければなりませんでした。当時、経済イケイケの日本から来た私には鮮烈な記憶として残っています。

書き込みをするスマホやパソコン。着ている服。座っている椅子。飲み物のパッケージ。目に入ってくるもののデザインがじわじわとグレーになって、なんの感情も湧かない音が流れ、生気が失われいく日々を想像してしまいました。

音楽やアートは不要不急とケチョンケチョンに言われましたが、今までのように広告代理店が過剰な宣伝費を掛けて注目を集めているだけの、つまりエンタメ化したものにしか反応しない社会ならば、仰々しい演出が色褪せていくのも早いかなと思ったりしました。

視点を変えろ!

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私がこれから何ができるのか分かりませんが、まずは音作りの視点を変えてみてはどうかとチャレンジしています。今まではライブで演奏することを前提に作ってきましたが、逆にライブでは絶対無理!という曲ってどんなだろうとか。

具体的にアイデアが出始めているのですが、もしかしたら「太鼓はやっぱり生演奏」という甘えの構造から脱却できるかもしれない!

そして、前にも書きましたが、配信・レコード・CDそれぞれに相応しい曲を作り、それぞれ異なる再生方法によって「音楽のある新しい生活様式」を提案できたらと思います。

全世界が同じ問題に直面して、これからどうあるべきか(特にミュージシャンは)考える時間が与えられていると思っています。

私自身、もの凄くハードルを上げていますが、元に戻るのではなく、自分と向き合い、良い音を届け、多様な個々と出会い、マジで豊かな音に包まれて生きていきたいと思っています。

うだうだ思いを書いてないで、曲を書けっ・・・てか。

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ハードル爆上げの日々  22世紀に残る音

私は旅の視点で物事を考えることが多いのですが、旅という行為は楽しいことばかりではなく、リスクを伴うため、いかにそれを回避していくかが鍵になります。

ウイルスは金欲しさや人種差別的に攻撃してくるわけではないので、自分で防げる要素が多分にあります。また、専門家によると地球には無数のウイルスが存在し、その中には人間に有用なものもあり、むしろ、ウイルスと共存していく未来という見解がありました。もちろん、旅と今の状況は異なりますが、リスクとの共存という視点で参考になりました。

さて、太鼓を叩けない日々。

太鼓界の中でもいろいろと動きが出てきているようです。奏者らが仲間を募って共感を求める気持ち、アクションを起こそうとすることはとても理解できますし、否定しません。そもそも、私が太鼓を叩く上で大切にしていることはコミュニケーションなので、みんなと会いたいし、音を出したい♪

今後、不安や孤独感から漠然とコミュニティを欲して、「みんなで乗り切って感動をともに!」「ニッポンを元気に!」といったシンプルなメッセージが出てくると思います。でも、単純に流されていく同調の空気感には、いつもすごい警戒心をもっています。

こんなアイロニカル(皮肉)なコメントをすると、「なんで一生懸命やろうとする人がいるのにそんなことを言うのですか!」「一人ではできないことも、同じ思いを持つ人が集まればできる!」と熱く反応される方がいます。

以前、太鼓に求められているものとして、「みんな一緒」という同調性について書きました。譜面に記する「みんな一緒」を意味するユニゾンは使い方次第ですごく効果的ですが、音楽活動はそれぞれで良いと思うのです。

そもそも、感じ方や受け取り方は人それぞれ。演奏する側もお互いに存在は認めつつ、一緒にならずに共存することが大人だし、どれも似たような存在にならない個性につながると思っています。

Leoを探せ!東アフリカツアー(これはジブチだっけかな。まあ、好き勝手に音に反応してたガキんちょ・笑)
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実に個性的な出演者たち(森のダイナミズム / 2019)
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イタリアのスーパーに行けば、チーズだってあり得ない種類よ。
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自分はこの状況においてスマートに過ごす余裕はないですし、今を無事に乗り切ることが第一ですが、国から緊急時に「文化を救う気がない感」が示されたことを冷静に受け止め、次の展開のためにもイメージを深く模索をしているところです。

コミュニケーション能力が高く、行動を起こす人もいる中、私はこんな感じで日々品質向上のハードルを爆上げしていますが、世界が同時体験しているなんてすごいことだし、経済重視だった世界が変わっていくのではないかと思うとワクワクしてきます。

私はあくまでもミュージシャンとして、「みんな一緒」の心理がマイナスに働かないように、「人ぞれぞれ」の感性を大事にしていきたいと思っています。

終わりがないように見えた螺旋階段も登り切れば絶景(コモ湖)
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音楽のある生活  22世紀に残る音

先のブログでも書きましたが、アルバムを制作中です。本当は好評だったプライベートレッスンを継続しながら、音を出す環境を保持したかったのですが、今は活動を控えるべき時。

全世界が同時体験するかつてない事態となっている今、いろいろな価値観が問われているように思います。

コロナウイルスに関しては、森林伐採などの自然破壊によってウイルスが人類に乗り込んできたという考察があるそうです。私が森をテーマにダンスとの創作を始めたのも、元はと言えば、失われていく素材(木や皮)に対する思いでした。

マニアックな太鼓奏者のアルバムとは言え、自然の素材でできた太鼓と音楽を取り巻く環境。そして今、世界で起きていることをすべて同じテーブルに乗せて考えています。

まず、考えたのはリリース形態。できた音をどういう形にして世に放つかです。太鼓の音は極めてダイナミック・レンジが広く、体で感じる音なので、それを聴覚だけで感じる音に収めないとならないことから、太鼓をメインとしたアルバム作りは本当に難しいのです。

音のデジタル化で作業効率は格段にアップし、数値だけ見れば、フルレンジのデジタル配信もできるそうです。また、レンジは狭くなって、ノイズも多くなるのですが、レコードの音は耳障りが良く、何よりも「場」を作ってくれます。

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#kaDON デジタル太鼓

幸いアナログからデジタルへ移行していく過程で、≪音楽のある生活≫が変わっていったことを体験している世代です。生音が一番!いや、時代はデジタル!といった不毛なやり取りも経験しています。

≪音楽のある生活≫と言っても楽しみ方は人それぞれです。ならば、配信・CD・レコードのそれぞれの特性に合う曲を作ってみてはどうかという思いにたどり着きました。

例えば、お皿がいろいろあるならば、それらに相応しい料理(音楽)を作って盛り付けたい。映画ならば、アップリンクに相応しい作品と大きな映画館で観たい作品という感じ。

でも、製造費がすごく掛かってしまうので、商売としては愚策かも知れません。特に日本の音楽市場は同調性を伴う人気と売れるものが良いもの。それ以外はダメなものという評価が基準になっている傾向があります。

もちろん、欧米でも売れないものは冷遇されますが、ショックだったのは、コロナウイルス対策における欧米諸国の文化に対する愛情と、その救済のための底力を見せつけられたことでした。

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腹筋!屋台囃子(実はそんなに腹筋は使わないのだけれど)

日本は、表現活動を行う場として相応しい状況なのかを浮き彫りにしたかも知れません。国に対する残念な思いもありますが、そもそも、文化の下地を作ってきたのは私たち表現者とリスナーです。≪音楽のある生活≫に限っても私は無力感に包まれてしまいます。

だからといって、太鼓奏者の私が自然と共生する理想の社会を目指そう!ドコンコドン♪なんてやらないし、怪しい人になってしまいます。

レコーディングの話に戻りますが、自分が表現したいことの軸は変えず、生音・配信・CD・レコードのそれぞれに相応しい太鼓の音を探り、創作してみる。

自分の誕生日に「豊かさの上に乗っかっている音楽ではなく、どんな状況にでもそこに音楽がある日々を送りたい」とSNSに書き込んだのですが、その1週間後にドイツ政府が同じ趣旨の声明を出して、私は奮い立ちました。

でも・・・

クラウドファンディングについて勉強しないとダメだめだわ。。。
経済とは言いませんが、資金は必要。それが現実。

思いは内に秘め、イメージを爆発させる時が来ることを信じて。

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photo: Tadayuki Naitoh

やることないんか!?そこの君。
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コミュニティとドヤ顔  22世紀に残る音

コロナが世界で吹き荒れる今、海外ひとり旅で身に着けた習性がこの状況で役に立っているような気がします。それは、しんどい時こそ見えてくるものがあるということです。

1年間ひとり旅を続けた時、突然、強烈な孤独感に襲われることがありました。原因はコミュニケーションの欠如です。人との会話がないだけでなく、例え、会話があったとしても、何気ない日常の風景だったり、街のリズムから疎外されてしまう錯覚に陥ったのでした。

このような感覚は、おそらく皆さんの日常にもあるのではないかと思います。私の場合、その状況を打破する唯一の方法は、音楽の現場であり、音楽について考え、創造することでした。時を忘れ、代謝血行も良くなり、蘇ることができました。

ヨーロッパは今、コミュニケーションが断たれる状況に余儀なくされています。前回のブログで「ここ数年の活動と表現したいことの価値に自信を持てるようになってきた」と書いたばかりですが、私も公演やリハーサルが飛んでしまい、音楽活動で生活をするという基盤が簡単にふっ飛んでしまいました。

春以降の生活がどうなるのか心中は穏やかではありませんが、一人で考える時間を作れています。次の創造や新しいライフスタイルのアイデアが見つかりそうな気がするのです。

只今、ニューアルバムの制作中。やはり、至福の時。
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今までの時代、そして、今も太鼓に求められているものは何なのかを考えています。多面的に書き出し、噛み砕いて、そぎ落として残ったものは「コミュニティとドヤ顔」でした。

太鼓を通じたコミュニティ。
昔も今もこのコミュニティの形成が音楽性よりも太鼓のパワーになっていると思います。

1980年代に私が所属していた鼓童。
当時は強烈な個性の集まりでした。2時間の舞台の間だけは奇跡的にまとまっていましたが、それ以外はてんでバラバラでした。でも、そのような集団は追い出されることもなければ、去るもの追わずというキャパシティがありました。

たくさんの太鼓グループが存在している今、同調性が強い集団において考え方やタイプが異なると、それが舞台に活かされることなく、同調する者からの圧力で弾かれるというケースを良く見聞きします。

確かに、私は鼓童時代に世代を超えて一緒に叩ける曲を作ろうと思って「族」を書きました。けれど、同調性が目的ではなく、太鼓アンサンブルとしての音楽の可能性を追求した先にたどり着いた答えがそれでした。

2000年ニューヨーク・ジョイスシアター(The New York Times)
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アメリカのダンスカンパニー・ピロボラスとの創作の現場では、白人と黒人のリアルな人種差別を体験しましたが、ステージでは全くと言って良いほど影響はなく、むしろ個性として光を放っていました。

そして、ドヤ顔(1980年代)

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(写真:鼓童)

太鼓がお祭りだけでなく、国内外の公演やイベントで演奏されるようになりましたが、その人気の根強さに太鼓演奏特有の「ドヤ顔で頑張っている感」があります。

1970年代後半に太鼓が祭りから離れ、エンタテインメントに切り込んでいった経緯がありました。分かりやすく、単純なストーリーとお客さん受けの良い表現。一定の評価を得ることで動員に繋がりました。

プロアマ問わず、パフォーマンスとして占める割合が多い「ドヤ顔」ですが、それらを表現の自由とか多様性、エンタテインメントという言葉で括るには違和感を感じます。

先のコミュニティと同様、そこには音楽性が問われないのです。

今の時代、エンタテインメントの要素は大切ですし、私自身、エンタテインメントで育ってきました。太鼓界においては、その扉を開けた一人だと思っています。

おい、そこの君!ドヤ顔(2015年)

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(写真:鼓童)

これまでの自分の活動を冷静に見極める作業はしんどいのですが、太鼓文化を担ってきた者として、太鼓の価値を再考する時が来ているのだと思います。

今は一刻も早いウイルスの終息を願うばかりですが、平穏な日常に戻った時には音楽やダンス、アートが表現を通じていろいろな価値観を世に放ち、多様性をリードする役割があると思っています。そして、その質を問われたいと思います。

良い音を知ることで深まっていく音楽の魅力。どんな舞台やアートも同じだと思います。

みんな一緒!の心理から生まれるコミュニティ(同調性)とドヤ顔は、今の時代も求められて、それなりの経済効果があるかもしれません。

けれど、本質的なものに触れる機会を遠ざける危険性があり、表現活動の場として相応しくない土壌を広げてしまうことになるかもしれません。

しんどい時こそ、自戒の念を込めて。

見えてきたこと。  22世紀に残る音

数年前からダンスとの創作やワークショップのプログラムを通じて、自分の活動や表現したいことの価値に自信を持てるようになってきていました。そう言えるのは、小さいながらも海外ツアーや国内の自主公演などで成果を上げてきたからだと思います。

でも、決して経済的に回ってきたということではないです。世間で支持されているものとの明らかなギャップに苦しみつつ、むしろ、その違和感が「自分の世界」を推進させてきたように思います。

「深き森」ケルン公演
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写真:ケルン日本文化会館

そして、57にして自分がどうありたいか見えてきたようです。

ダンスとの創作が面白いのは、シーンごとに太鼓奏者の在り方が変わるところにあります。昨今、取り組んでいる「森」をテーマにしたステージでは、私がその森を描写する。また、ストーリーテラーのように進行役となることもあれば、森の化身のごとくパワフルに叩き、ダンサーを鼓舞することもある。

ベルギー公演
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写真:8g8o8

メロディーもハーモニーもない(と思われてしまう)太鼓で表現していく面白さ。なんとマニアックな作業かと思いますが、全能の太鼓ならば、なんでも表現できる!(笑)

さて、コロナ。
全世界がこのような事態に直面していることは記憶にありません。そんな状況下、私は久しぶりにアルバム作りのためにレコーディングをしています。偶然とはいえ、制作中にこのような大事変が起きることは実は3回目なのです。

2001年にNYテロが起きた時は、CD“Duets”とDVD“Presence”を制作していました。そして、2011年3月の震災の時は、CD“Power and Patience”とDVD“Power of Blendrums”を制作中でした。おかげでアルバムのコンセプトが揺らぐわ、タイトル変わるわ。

「ゆらぎ」アムステルダムにて
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そして、いずれも制作中にこみ上げてきたコアな部分は、コミュニケーションでした。

震災の時もそうですが、トイレットペーパーに始まり、モノやお金が手に入らないこと以上に人を不安にさせてしまうのは、まともなコミュニケーションが取れないことではないかと。

歴史上で起きたことを比べるわけではありませんが、災害や戦争、人種差別などもっと厳しく理不尽な境遇において、素晴らしい音楽やダンスを創造してきた先人がいます。

人とのコミュニケーション、神と自然とのコミュニケーション。その創造力に圧倒されながら日々を過ごし、スタジオに入る日に備えています。

コモ湖にて「見えてきた!?」
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森の視界  わくわく創作編

音の視覚化に臨んだ「Leo Dynamism−森のダイナミズム」

公演は、私がステージという森に奥深く入っていくイメージで作ってみました。時に張り出し舞台で客席に対して後向きで森を描写するように叩きました。決して、ダンスが見やすいからではなく、ストーリーテラーのような役割も演じてみたのです。

小中高のアリストバレエスタジオの8名含むダンサー11名による造形
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アリストバレエ&山内利一
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華やかな世界はいくらでも作れるのですが、私がこの公演でコアな部分として据えたのは、中込健太君と私との「俺奉納」からの「平胴天国」。そして、小島千絵子さんにテーマとして投げた「朽ちていく踊り」でした。

小島千絵子
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森には多種多様な生物の誕生と死が繰り返されていて、ポジティヴなことばかりではない、朽ちていく側面があってこそ「森のダイナミズム」だと思ってイメージを膨らませていきました。

中込健太の肩に朽ちる千絵子さん
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そして、私は森を表現するだけでなく、パフォーマンスを通じて物事の浄化を司るような役目を演じられたらと思っていました。決してヒーロー願望ではなく、太鼓奏者なり、舞い手はそういう役割を持ってこそ、その職に就けると常々思っています。

実は本公演に向けて、私が独立当初にお世話になった方とのお別れやいつも強力なサポートをしてくれるスタッフの怪我や体調不良が続けざまに起きていました。

万全な体制で臨めない状況でしたが、私は日常の出来事をステージに関連付けることはせずに、「森のダイナミズム」では音の色彩にこだわり、今までにないくらい叩きまくりました。

入り込みすぎて背中が丸く丸くなってしまい、「レオも年だな」と思った方も多かったのでは(苦笑)

事実、公演が進んでいくうちに私自身が朽ちていきそうでした。でも、出演者とスタッフの高い集中力によって、とても素晴らしい森のエナジーが溢れていたと思います。

田所いおり
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水谷彩乃
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前田新奈
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へろっへろな私。浄化〜!(Joker・笑)
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そして、見えてきたこれからの展望。

もちろん、日本で活動していきます。でも、私の原点は世界を浮遊するように飛び回り、そこで見た、出会ったことを糧にイメージを広げて音にする。カタチにする。それでこそ私。

その感性を磨き続けていこうと。そして、勝負するパフォーマンスの場はどこを目指すではなく、求められたところでベストを尽くす。

これまで50以上の国々を旅してきましたが、改めて、その地図を塗り替えていこうと思います。世界は動いています。JALもANAも羽田発着が増えています。旅はリスクも高まりますが、1%の浮遊層を目指して視界良好なり。

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Photos: MIRAK∞L




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