2016/3/5

戻れない戻らない帰る場所はもうない  MOVIE

本日の映画は
「オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分」

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映画の内容がそのまま「オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分」です。

です。

邦題でわざわざ印象づけているように
「ロープ」(1948……えっ、あれ昭和23年の映画なの?!)

「ニック・オブ・タイム」(1995)と同じく
映画の中で進んでいる時間と
実際の映画の上映時間がほぼ同じ
86分という作りになっています。

さらにそれだけではなく、本作では
「スクリーンに映る登場人物は
車を運転する主人公ただ一人、
会話は車内で交わされる電話のみ」
という大胆な手法に挑戦しています。

撮影期間は8日間。
3台のデジタル・キャメラを同時に回して
撮影した映像はざっと300時間もあるのだとか。

これだけでも充分興味深いのに
主演が今もっとも勢いのあるハリウッド俳優
トム・ハーディです。

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劇中何度も洟をかむトム・ハーディ。これも演技の一部なのかしら?。

それらのことを全部ふっくるめて
公開直前までは
「これは何があっても見とかなあかんやろ!」
と、結構意気込んではいたのですが、
いざ地元ミニシアターで上映されると
都合が合わずまんまと見過ごしてしまい
今回、TSUTAYA準新作・旧作レンタル96円(税抜)で
ようやく目にすることができました。

いやあ、まさか本当に


86分間ただひたすら
トム・ハーディの困り顔を見続けるだけの映画とは
思いもよりませんでした。

「映画の中で経過する時間」と「上映時間」が同じ映画というと
「サスペンス」と相性が良いようですが、
本作はちょっと違います。


バーミンガムで建設工事の現場監督を務める
アイヴァン・ロック(トム・ハーディ)は
社運のかかっている
「軍事核施設を除くヨーロッパで過去最大のコンクリート打設工事」
の現場を明日に控え、帰途に着きます。

この日はテレビでサッカー試合の放送があり
自宅では、父親との観戦を楽しみにしている息子2人と
妻カトリーナ(声:ルース・ウィルソン)が
お揃いのユニフォームやらビールやらを用意して
彼の帰りを待ちわびています。

ところが、車内電話に残された伝言から
7か月前に一度だけ肉体関係を持った
ベッサン(声:オリヴィア・コールマン)と云う女性が
早期分娩のためロンドンの病院に入院したことを
知るアイヴァン。

アイヴァンが知る限りでは
ベッサンには身よりも親しい友人もなく
彼が立ち会わなければ
たった一人での出産(しかも高齢出産)となってしまいます。

一人ぼっちのベッサンのことを思うと
良心の痛みを感じずにはいられません。

一瞬悩んだアイヴァンは、
その選択によって
家族と仕事の両方が失いかねないと判りつつも
自分なりの誠意を尽くすため
自宅に向かういつもの道ではなく
ロンドンに向かう高速道路へと車を走らせます。

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この地図だと86分ではロンドンには着かない…。??

一度乗ってしまえばノンストップ、
後戻りのできない高速道路の上で
それでも今できるだけのことはやろうと足掻くアイヴァン。

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自業自得自己責任とはいえおかげで道中がずっと頭を抱えっぱなしです。

まずは、作業員のドナル(声:アンドリュー・スコット)に
電話し翌日に控えた仕事の手順を伝えることに。

ところが、次第に電話で指示を出すうちに
思いもかけぬ作業上の不備がわらわらと出てきて
さあ大変。

さらに夫の不貞を知ったカトリーナは半狂乱となり
アイヴァンの話を真面に聞こうとはしません。

はたしてアイヴァンは出産に間に合うのか?
明朝の工事は大丈夫なのか?
夫婦の仲はどうなってしまうのか?




という話を86分間息もつかせず見せられます。

主人公アイヴァンの想定外な行動によって
電話の相手ほぼ全員が迷惑を被るというお話です。

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主人公以外が思っていること。

中でも、ドナル君の心痛たるやいかばかりか。

これまでアイヴァンに付いて
補助的な作業しかしたことがないのに
いきなり翌朝5時45分に現場に届けられる
355トンのコンクリートの流し込み作業と
国中から集まる218台のトラックの整理を
一手に任されることになってしまいます。

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いや、そんなこといきなり云われたって…。

そんな現場責任者の無茶ぶりな命令に
時にはだらだら愚痴を溢し
時にはリンゴ酒を呷りながらも
ちゃんと応えるドナル君に涙を禁じ得ません。
(声の出演がアンドリュー・スコットだと思うとなおさら)

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「SHERLOCK」で日本でも人気のあるこの方が声を当てています。

例え翌朝の作業を大成功させたところで
ドナル君はただの作業員。
会社側が新任の現場監督を用意した以上、
昇進や昇給の見込みなどどこにもないのです。

まあ、翌日の作業をドナル君に任せることで
現場の交通許可証が出ていなかったり
鉄筋が固定されていないことが次々発覚し、
結果的には会社にとっても万事塞翁が馬だったですが…。

それにしてもドナル君が気の毒でたまりません。


と云ったように、主人公が
「自分は(人間のクズだった実父とは違い)正しい人間」
と思い込んで行動している割には
傍から見ると全然誠実に見えないところが
この映画の面白いところです。

どんなに泡を食っていても
制限速度を守って安全運転を心がけ

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急いでいる割には常に左車線の車に追い抜かされます。

職場でも真面目なところに定評のあるアイヴァン本人は
物事を手順通りに正しく丁寧に行えば
なんとかなると割と楽観視しています。
(もしかすると単なる虚勢かもしれませんが)

例えば
仕事の方はドナル君に的確な指示を与え
家庭の方は妻にきちんと説明し
生まれてくる子供は認知し7歳になったら
自分の苗字「ロック」を名のさせれば
万事OK、すべて世は事もなし
と云った風に考えていますが、
そうそう上手くいくものではありません。

というか、いってたまるか!です。

特に奥さんの方はそうは問屋がおろしません。

アイヴァンにとってベッサンとのことは
正真正銘人生最初で最後の過ちであったため
ちゃんと説明さえすれば、奥さんも赦してくれると
甘く見積もっていたようですが、
「どうせ他にも浮気しているでしょ!」
「本当にあなたの子なの?」
とけんもほろろに拒絶されてしまいます。

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アイヴァンの方は自分の子であることとベッサンが孤独ということを信じて疑わない。

奥さんの反応は仕方がないのかもしれません。
何から何まで電話で済ましてしま(お)うというこの状況が
まず不誠実ですから。

そりゃあ、奥さんも夫の浮気を知って
1時間も経たないうちに離婚を切り出すわ。

ということで「映画.com」の映画レビューでも
「誠実という皮を被った傲慢」なんて
書かれてしまっているアイヴァン。

私も最初はそう思っていたのですが、
数日経ってふと

これは
二択のうち、自分の人生をも台無しにしかねない道を
敢えて択んだ一人の男が、
多少の悪足掻きはするものの、
余計な言い訳もせず、自己憐憫的な後悔もせず
「自己責任」を果たすため
ただひたすら前に突き進む映画ではないか

と思うようになりました。

思えば
2004年のイラクの日本人人質事件がきっかけとなり
「自業自得」に代わる使い勝手の良い言葉として
ここ10年ほどで安易に使われるようになった
「自己責任」と云う言葉。

多くの場合、「自己責任」という言葉は
世間から見て身勝手極まりない行動をしたと思われる人物に
対して使われています。

でも、「自己責任」を取るとはどういうことなのでしょう?

「自己責任」を流行語の如く多用する人は
どう責任を取ってもらえば
「よし、わかった。」と、納得するのでしょう?

この映画の主人公アイヴァンもまた
自分だけではなく会社や家族まで巻き込む
誰にとってもデメリットの大きい選択をします。

しかし、
これまで通りの安定したキャリアと幸せな家庭が待つ
左折の道ではなく
一直線で後戻りのできないハイウェイに続く右折の道を
信号待ちの交差点でのほんの数秒間で選択したアイヴァンは
それ以降、
ヒステリックになる妻や罵倒する上司に対して
感情的になることなく言葉を尽くして
現状を根気よく説明し相手を説得することに慢心します。

それが叶わない時にも決して声を荒げることはありません。

ベッサンが入院した病院側の質問に対しても
彼女とは一晩だけの関係だったことを隠しません。

もちろんハイウェイを引き返すこともなく
病院に向かって走り続けます。

その結果、仕事も家庭も失いますが、
自分の身勝手な選択が招いたこととして受け入れます。

下手な言い訳もその場限りの嘘も吐きません。

これを誠実と云うのは確かに傲慢すぎるかもしれませんが、
彼のようにひとつひとつ冷静に対処することができるかというと
とても難しいことです。

私が彼の立場なら途中で切れて
投げ出してしまうに違いありません。

あのまま、左折しても良かったのです。
もともとベッサンは一人で子供を育てるつもりでしたし、
出産に立ち会うにしても
子供の顔を見てからすぐにハイウェイを引き返して
素知らぬ顔で家族や職場に戻ればノープロブレムだったのです。

でも、アイヴァンにはそれはできませんでした。
全ては自分が悪いと認め、前に進みます。

だからでしょうか。
一見不誠実に見えても
これは彼なりの「自己責任の取り方」ではないか
と思うのです。

少なくともやたら「自己責任」を求める人が
望むくらいの報いは受けていると思うんですよね。

これだけのことを86分と云う短い時間でやり遂げても
褒められるどころか、
何もかも失ってしまうのが「自己責任」。

彼と比べると、
1時間足らずの間に
ろくすっぽ夫の話を聞かず
子供たちには何も告げず
その代りに姉妹からのお墨付きを用意して
有無を云わせず夫を家庭からばっさり切り捨てる妻も
連絡を受けた途端本社に報告をすることで
お墨付きを頂き、ろくすっぽ弁護することなく
1時間足らずの間で勤続9年のベテラン現場監督を
あっさり馘にしてしまう上司も
アイヴァンを責める事ができないのでは…。

ドナル君をはじめとする作業員たちや
警察、役所の人間と云った
アイヴァンと仕事をともにしている人々が
彼のために就業時間外にまで働いてくれたことを考えると
なんと薄情な…と思ってしまいます。

自己責任を全うる者
責任を一人では追わず分散させてしまう者
そして、
責任の所在が自分はない、もしくはないと思っている者。

アイヴァンの姿は
個人が「自己責任」を負うということがいかに厳しく、
それをやり遂げるにはいかに強靭な精神が必要か
を教えてくれます。

アイヴァンがその責任の重みを嫌と云う程思い知った後
他の誰よりも一番に考えなければならないはずなのに
どう云う訳かあまり彼の頭のなかでは重視されたなかった
息子のエディ(たぶん長男の方)から電話がかかり
それによってアイヴァンはようやく救われます。

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生まれてくる子供のこともいいけど今いる2人の息子のことも考えろよ。

おそらくベッセンから緊急出産の連絡を受けなければ
2人の息子とテレビで今頃はサッカー観戦をしていたはず。

会話から想像するに
この日の息子たちの観戦への気合いが
並々ならぬものだったのは想像に難くありません。

料理も飲み物も準備して
母親に到っては息子たちのリクエストで
普段絶対着ないユニフォームまで
おそろいで来て父親の帰りを待っていたのです。

父親は父親で
勤続9年の中でも最重要と思われる大仕事を翌日に控えるなか、
仕事を早めに切り上げて帰宅していることから
家族とサッカー観戦する気バリバリだったのです。

そこまで楽しみにしていた息子との約束を
あっさりボイコットしたのです。

それなのにこの息子たちは…。

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息子(エディ、ショーン)役の2人。


自分の代で
父親まで続いた忌まわしき一族の血を断ち切ったと思っている
アイヴァンですが、本当に断ち切ったのはこの子たちですよね。

アイヴァンも運転しながら
うっすら涙ぐんでいる場合じゃないですよ。

それにしても
「浮気相手の出産に立ち会うため車を走らせる」
だけの話だけで86分もたすのは本当に凄いことです。

それだけでなく
本人にとってはちょっとした過ちが
人生を変えうるような失態に繋がってしまう可能性は
残念ながら誰にでもあります。

その時、どう誤魔化さず対処できるか、
決して正しいとは思えない選択をした場合の
男の落とし前の付け方も描いててたった86分。

個人的には見てよかった映画ですが、
主人公に対する見方次第で印象が変わる映画なので
なかなかお薦めできないのが難ですね。

う〜ん。

その昔、名作ドラマ「北の国から」の中で
「誠意って何かね?」(「北の国から 92 巣立ち」)
と云うセリフがあり
それ以来、25年ばかり
誠意とは何かずっと考えていたのですが、
去年TBSテレビ土曜7時30分から放送されている
「さわこの朝」に出演した脚本の倉本聰がこれについて
未だに誠意とは何か判らないと仰っていて
椅子から転げ落ちました。

誠意とはいったい何なのか。
何をすれば誠意を示せるのか
見極めるのは本当に難しいことです。


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