2015/6/13

自分だけの過去なんだから 好きに取り戻していっていいじゃないか  MOVIE

本日の映画は
「異人たちの棲む館」

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と云う映画です。

1988年公開の日本映画「異人たちとの夏」
(原作:山田太一、監督:大林宣彦、脚本:市川森一…え?!)
を意識してつけられたとしか思えない
べったべたな邦題から知っている人が見れば
「あの世の世界の人間が出てくること」
「でも、ホラーではないこと」
「心温まる映画であること」
が一目で判る親切設計となっております。

GEOの新作コーナーにあるときに
DVDジャケットを目にしてちょっと気になっていましたが、
他に借りたいDVDもあり後回しにしていたところ
早々にGyaoで無料配信されたので
ありがたく拝見させていただきました。
 
まずは、ストーリーをざざっと書かせていただきますと
 
 

 


俳優の卵というか自称俳優というか、とにかく職業「俳優」、
主な収入源はパン職人である
ピエトロ・ポンテキエヴェッロ(エリオ・ジェルマーノ)は
従姉(正確にはいとこの従姉)のマリア
(パオラ・ミナッチョーニ)と一緒に暮らしていた部屋を出て
自立しローマで一人暮らしを始めることを決意します。

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一緒に暮らしていたときは同じベッドで寝ていたほど仲がいい2人。

引っ越し先として見つけたのは
モンテヴェルデにある高級アパート。
とっても素敵なバルコニーもついているのに
なぜか超格安となっています。

下見の段階で大家が前の住民ともめているのを
同伴したマリアと共に目撃しているのですが、
外装と云い、お家賃と云いすっかり気に入ってしまった
ピエトロは即決で契約してしまいます。

というのも、ピエトロにはマッシモという
将来を共にしたい男性がおり
そのためにも若干過保護ぎみなマリアから
独立する必要があったのです。

ところが、内装の修理も終え、いざ暮らしてみると
どうも自分以外にも人が棲んでいる気配が…。
それも一人や二人ではないのです。

近所のカフェの店員2人はアパートが格安である理由を
知っている様子ですが、何も教えてはくれません。

オーディションを受けても大した成果は得られず、
何度電話をしても留守電のマッシモからは返事もなく
ただでさえ落ち込んでいるのに
真夜中大きな音で起こされたかと思うと
居間は見たこともない人々が居座っているではないですか。

驚いてアパートから飛び出すピエトロ。
しばらくしてマリアを連れて家に戻ってきたときには
既に先ほどの人々は姿を消した後でした。

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夢ではないとマリアに主張するとこう切り返されてしまいました。

おかげで寝入りばなを起こされ連れてこられたマリアから
お説教を受ける羽目になったピエトロでしたが、
翌朝、今度は4人の古風な格好をした人々が
居間に現れます。

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ところが、館に棲んでいるのはこの4人だけではないのです。

朝の光の中で彼らの姿をはっきり目にしたピエトロは
出勤しかけているマリアを急いで呼び戻しますが、
どうやらマリアには彼らの姿は見えていない様子。

とにかく契約した自分以外の人間が
部屋に棲みついていることがはっきりしたピエトロは
「占拠者のいるアパートを買わされた」
と、騙した大家を訴えることに。
と、同時に法律事務所に勤めるマリアに依頼して
「退去命令書」を申請します。

この映画はイタリアの映画ですが、
この辺日本人の反応とは違いますね

今やれることをしてしまうと、
占拠者のいるアパートに普通に帰るピエトロ。
前の住人が忘れ物を取りに来たとき
絶対に部屋の中に入ろうとしなかったのと対称的です。

幽霊相手でも逃げだすことなく
却って食って掛かってくるピエトロの様子に安心したのか
占拠者たちは徐々に彼の前に姿を見せ始めます。

そんななか、待ちに待ったマッシモから連絡があり
いつになく浮かれるピエトロ。

占拠者たちの問題は後回しにしてマッシモのため
何日も前から料理やスイーツ、ワインを用意し
今か今かと待ちわびていたところ、
やってきたマッシモから開口一番罵声を浴びせられ
ようやく自分が「異常なストーカー」
と、思われていたことを知ります。

一晩一緒に過ごしたことで両想いだ
と思っていたピエトロでしたが、
それは独りよがりな恋だったのです。

思いがけない失恋にショックを受け
ふさぎ込んでしまったピエトロの前に彼を慰め、
そのついでに自分たちのお願い事を聞いてもらうと
占拠者全員が姿を現します。

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これで全員です。


ここで初めて彼らはピエトロに自分たちの名前を教えます。

赤い上着を着た肥っている紳士はアポロニオ、
メイド姿の女性はエレナ。
白い毛皮のショールをまとった老女レア。
若い女性はベアトリーチェ。
口髭が特徴のユスフはベアトリーチェの夫。
ただ一人子供のイヴァン。
彼らのまとめ役、目張りくっきりのアンブロージョ。
そして、仲間からいつも一人だけ一歩下がったところにいる
詩人であるロカ・ヴェロリ。

彼らは自称イタリア随一である劇団「アポロニオ」の
役者やスタッフでした。

一応俳優であることを自認するピエトロですが、
「アポロニオ」と云う名前は聞いたことがありません。

こっそりインターネットで劇団名を検索をかけたところ
「アポロニオ」は戦前イタリアで人気を博した劇団であり
1945年を境に消息を絶っていることが判ります。

彼らは何らかの理由でこのアパートに
閉じ込められた幽霊と云う事は判りましたが、
その死因どころか、本人たちは自分たちが死んだことも
今が2011年であることも知りません。

今も1945年と信じ込み
同じ劇団員でこの場にいないリヴィアと云う
若い女優の無事をやたら心配し
アパートの外に出ることができるピエトロに
彼女の消息を突き止めてくれるよう頼む8人。

彼らがこの世の人間でないことが判ると
ピエトロも肝を据えることができ
大家への訴えや退去命令書を取り下げてしまいます。

そんな従弟の行動に面食らうマリア。

このピエトロの心変わりには
ロカ・ヴェロリの存在が大きく影響しているものを思われます。

なにしろ詩人だけあって
マッシモにこっぴどく罵倒されたばかりの
ピエトロの寝室に忍び込むと、
窓からうっすら光が差し込むと云う
最高のシチュエーションの中で
「画家ならば光あふれる寝顔を描けるのでしょうが
私には詩しか書けません。
そうして眠っているかぎり
君は私の胸中に秘められ目覚めた途端
現実に還ってゆく」
とか云って口説くのです。

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お目覚めの挨拶は最短距離で。これがイタリア男子の恋のテクニックか!

これにすっかりやられてしまったピエトロは
彼らのためリヴィアの居所を探すことになります。

と云っても一朝一夕で見つかるわけもなく
見つかるまでは、「アポロニオ」の面々に
趣味のトレーディングカードの収集を手伝ってもらったり
オーディションのための演技指導を受けたり
と親交を深めていきます。

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このトレーディングカードのレアカード「ガリバルディ」の使い方も素敵です。

やがて、
以前怪我をしているところを介抱したことがある
エンニオと云う男の紹介で
リディアの所在をつきとめたのですが、

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このエンニオと云う人物も素敵です。

そこにはピエトロにも「アポロニア」の劇団員にも
思いもよらない残酷な事実が待ち受けていたのです。


ということで、
主人公と幽霊たちのほのぼのとした交流を描いた
陽気なハートフルコメディかと思って
油断して見ていると要所で要所でとんでもなく痛い目に遭う
映画となっております。

イタリア映画は意外とこういう目に遭いますよね。

主人公たちはところどころで好意を持つ相手から
心無い仕打ちに受け傷つきます。

相手にも言い分もしくは正当な理由があります。

が、

好きでもないピエトロからのしつこいアプローチに
ブチ切れ罵倒を浴びせたマッシモの目には
自分のためにテーブルの上に所狭しと用意された
手作りの料理もケーキもワインも映っていません。

「ハッテン場」である公園に屯していた男たちは
自分が思う生き方を貫くエンニオにお誘いを掛けられ
生理的嫌悪感から彼を自力で立てなくなるほど殴ります。

自分の若さと美しさと才能を他の劇団員は妬んでいた
と、苦々しく語る老いた女優リディアは
その他の劇団員が成仏することもできず70年近くもの間、
彼女の無事を心配していたことを知りません。

マッシモも男たちもリディアも自分の「正しさ」を信じているので
相手の「邪悪さ」しか見えていません。
自分もまた「邪悪」な存在であることに気づきません。

でも、こういうことついしちゃいますよね。
人間だもの。

それでも、人間はうちなる「善悪」とは関係なく
他人を思いやることもできます。

「アポロニア」の劇団員たちが、今が2011年であり、
自分たちがとっくの昔に亡くなっていることを知った後
ベアトリーチェとユスフの頼みで2人が残した遺児の消息を
ピエトロがインターネットを使って確認するシーンは
もらい涙なくしては見れません。

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息子が無事なだけでなく立派な孫息子まで生まれていました。

66年前に起こった
あまりにも残酷で皮肉な事件の真相を知らされた
「アポロニオ」の劇団員の直後の反応は
私には思いもよらないものでした。

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こういうときに笑うのがイタリアの人の素晴らしいところです。

「アポロニオ」の劇団員が真相を知り
過去の束縛からすっかり解き放たれると
映画は一気にエンドロール(これもまた素晴らしい)まで
駆け抜けていきます。

彼らは地縛霊のように
館に縛り付けられていたのではなかったのです。

実は外に出られないと思い込んでいただけだったのです。
できなかったのは心の問題。

彼らが政府から追われる身だったこともありますが、
おそらくは「知る」のが怖かったのではないでしょうか。
今は自分たちが生きていた時代ではないこと。
戦争がどうなったかと云うこと。
なぜリディアだけがこの場にいないのかということ。
そして、
自分たちはあの時死んでしまったことを。

受け入れがたい事実を
自分から知ることと人を通して知らされることは
内容が同じでも違うものです。

過去を受け入れ現在も受け入れた彼らは
望みさえすればどこにでも行けるし
電車にも乗れます。
そして、もう一度舞台に立つことも。

この映画の幽霊たちは、
成仏するでもなく除霊されるのでもなく
最後には自由を手に入れます。

舞台が捌けた後
「アポロニオ」の8人がどうなるかは判りません。

でも、それは、
まだ俳優としてのスタート地点に立っていないピエトロも
父親の判らない子供を妊娠したまま
知り合ったばかりの男と結婚しようとしている
マリアにとっても同じこと。

まあ、ピエトロには
まだ本人は気が付いていませんが、
彼のことを気にかけている隣人のパオロがいるので
きっと素敵な未来が待っていることと思います。

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2人の行く末を最後まで描かず匂わせる程度で抑えているのが良いですね。

とりあえず

Tutto è bene quel che finisce bene.
終わり良ければ全て良し

というところでしょうか?

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