2015/3/5

Do something wonderful, people may imitate it.  MOVIE

映画の原作は何も小説や漫画やドラマだけじゃない
こういうジャンルもあるよ!
とばかりに
去年の暮れあたりからいくつか公開が続いている
「曲をモチーフにした映画」第3弾

「風に立つライオン」

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です。

第1弾は山下達郎「クリスマス・イブ」をモチーフとした
「デビクロくんの恋と魔法」、
第2弾はアンジェラ・アキ「手紙 〜拝啓 十五の君へ〜」
の「くちびるに歌を」となります。

この3作に共通するのは
曲が直接映画になったのではなく
一旦、小説として描かれ、
その小説が映画化されたところにあります。

原案となった
さだまさし作詞作曲歌「風に立つライオン」は
ケニアで国際医療ボランティア活動に従事した
実在の医師 ・柴田紘一郎氏をモデルに
日本に残してきた恋人からの手紙の返事
と云う形を取った名曲です。
(アンサーソングとして
「八ヶ岳に立つ野ウサギ」と云う名曲もあります)



歌詞の最後の一行「おめでとう さよなら」だけで
恋人から送られてきた手紙の内容が
別の男性との結婚報告だったことが判る
無駄のなさに感銘を受けたかどうかは知りませんが、
俳優大沢たかおが曲に惚れ込み
小説化、さらには映画化を熱望してできたとのこと。

ですので、主人公島田航一郎を演じるのは
大沢たかおをおいて他にはいない
大沢たかお本人を含め関係者各位、
そして、観客の10割が思ったとしても
なんら不思議なことではありません。

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大沢たかおの大沢たかおによる大沢たかおのための最高傑作。

おそらくは作者さだまさしも本作を小説化にするに当たって
大沢たかおを当て書きしているはずです。

ただ、大沢たかお現在47歳を
最初に主人公にセッティングしたため





琵琶湖にブラックバスを放したかの如く
なんとなく全体の生態系が乱れてしまったように
思えたのは私だけでしょうか?

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真木よう子32歳が同い年くらいの恋人設定もおかしいし
映画では25歳ほど年を取るのに老けた感じがしないのもおかしい。


主人公の島田航一郎が
長崎大学の病院からケニアに数年間も単身赴任できる程身軽で
結婚を約束した恋人もいることから
いくらなんでも40歳を超えているとは思えません。

しかも時代は1987年。
1991年の「ヴァンサンカン・結婚」と云うドラマで
女性は25歳までに結婚するものと云う常識が
まかり通っていた事を思えば、
この時の航一郎はせいぜい多く見積もっても30代前半が妥当。

演じる大沢たかおも一般の47歳と比べると
若々しく見えるとは思いますが、
……意外と皴の深い顔じゃないですか。

大沢たかおと云うと
今年の1月からNHKで放送中の大河ドラマ「花燃ゆ」でも
井上真央が演じる主人公杉文の兄、
吉田寅次郎(松陰)の1つ年上の親友、
小田村伊之助役で登場していますが、
吉田松陰役の伊勢谷友介(38歳)と比べると
随分老けて見えてしまうのが気になっておりました。

小田村伊之助は幕末に処刑となる吉田松陰と違い
大正まで生き延びるので後々のことを考えての
年齢高めの配役でしょうが、
本作では、
同僚役の萩原聖人や真木よう子とは違い
1987年から現在まで20年以上渡って
同じ役を演じる必要がなく
年をとることがないため、視覚的にも
当時46歳の大沢たかおが後10歳若かったら
などと今更どうしようもないことを考えてしまうのです。

特に真木よう子は1987年では若作り
2011年では地味な格好することで加齢を表現しているため
20年分老け込んだ感じがせず
大沢たかおと並ぶとちょっとした違和感が生じてしまいます。

まあ、「所詮はフィクション」
と気にしなければ良いだけの話なのですが。
(後日談:小説ではインタビュー時の青木克彦は
65歳となっており逆算すると
大沢たかおさんでも年齢的にあながち
間違っていませんでした。
原作を読まないで映画のレビューをすると
こういうこともあります。ごめんなさい。)

既に宣伝の一部となっていますように
この映画のストーリーは
さだまさしの知り合いである実在の医師をモデルにしており
その方が体験したエピソードで構成されているのですが、
それだけではドラマ性に欠けるところも出てくるので
ちょいちょいフィクションも入っており
完全な
「the film is based on a true story. 」
と云うわけではありません。

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大学病院以外の入院を拒み亡くなった患者の話は実際あった話だそうです。(*1)

とはいうもの基本的なストーリーラインは
ほぼ「風に立つライオン」の歌詞通りです。

1987年、長崎大学から
島田航一郎(大沢たかお)、
青木克彦(萩原聖人)
という将来を嘱望された2人の若き医師が
ケニアにある大学付属の熱帯医学研究所に派遣されます。

赴任初日から多忙な日々を送る2人。
人手不足は否めません。

ようやくアフリカでの医療活動にも慣れた頃、
国境近くにあるロキチョキオの赤十字戦傷病院から
1か月の派遣要請を受け軽い気持ちで現地に到着します。

ところが、そこで2人が目にしたのは、
敷地内を柵で厳重に防備された粗末な病院と
戦場から次々と運び込まれる兵士たちの姿でした。

特に航一郎を驚かせたのは、まだ幼い少年たちまでが
麻薬を打たれ兵士をして戦場に駆り出され
場合によっては四肢切断すらありうる銃創を負って
次々と病院に送り込まれてくることでした。

一度に運び込まれている負傷兵の多さに
医師たちは感情を抑え淡々を仕事をこなすしかありません。


航一郎が「頑張れ!頑張れ!」と鼓舞するたびにこの曲を思い浮かべてしまう。

これまでの熱帯医学研究所とは異なり
病院の外も中も戦場と化する過酷な治療現場に
戸惑いを隠せない航一郎と青木。

一か月後任期を終えた航一郎でしたが、
戦傷病院での体験は彼の心に深く残り、
青木が一度で懲りた戦傷病院に単独で戻ることにします。

その決意をしたときに航一郎の口から出てくる言葉が
「僕は風に立つライオンになりたい」です。

そのことを告げられた熱帯医学研究所長は一笑に付しましたが、
それは「熱帯医学研究所と云う群れから離れて
戦傷病院へ行く」と云う航一郎の決意を表してしました。

それまでの様子が嘘のようにすっきりした笑顔で
戦傷病院へと戻る航一郎。

そんなある日、一人の少年兵が足に重傷を負って担ぎ込まれます。
少年兵の名前はン・ドゥング。
同じ頃、地雷原で負傷し運ばれてきた他の少年たちが
航一郎に懐く中、彼だけが一向に心を許そうとはしません。

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子供たちを一列に並ばせ地雷原を歩かせて地雷を爆破させるのです。

そればかりか周りに射撃の腕を自慢し、
自分の居場所として戦場に戻りたがるン・ドゥングに
航一郎はもとより
インドのマザーテレサの終末病院から派遣された看護婦
草野和歌子(石原さとみ)も深く心を痛めます。

最初は治療方針でぶつかることもあった航一郎と和歌子でしたが、
ン・ドゥングが絵を描く事を知ると
「ミケ(ミケランジェロ)」と云う愛称をつけ
彼の心の治療を諦めようとはしない航一郎の真摯な姿に
和歌子は徐々に惹かれていきます。

やがて2人は病院の規則に縛られることなく
病院の敷地内に孤児院を作り
戦争で疲弊した少年たちの心のケアに奔走します。
(ちなみに病院に運ばれる子供は全て男の子。
その理由を考えると胸が押しつぶされます。)

しかし、
和歌子の恋心には一向に応える様子のない航一郎。
何故なら彼には日本に残してきた恋人
秋島貴子(真木よう子)がいたのです。

貴子は航一郎と同じ長崎大学病院に勤める医師でしたが、
故郷の五島列島で診療所を営む父親(山崎一)が
脳梗塞で倒れたため、アフリカ行きを断念。

その後故郷に戻り父親の診療所を継ぎ
地元に残ることを決意します。


そして、映画は
見ている人の10割はこの曲が最後にかかると
予想しているとおりのエンディングテーマ
「風に立つライオン(シネマ・ヴァージョン)」
(49人のフルオーケストラによる伴奏つき)
に向かって突っ走っていきます。

そこまで見てきた2時間10分のストーリーが
たった9分で判る親切設計となっております。

もちろん、途中で席を立つ観客はいません。
…たぶんいないと思う。
…いないんじゃないかな?
ま、ちょっと覚悟…。


…。

映画の基本的な構成は、
1980年代の終わり、ケニアで働く航一郎と
五島列島の小さな診療所で働く貴子の姿を交互に描き、
その合間合間に20余年後の現在に戻り
当時の航一郎を知る人々に対する
誰が何の目的でしているのか判らないインタビュー映像を
交えて進みます。(*2)

中には歌詞から派生した映画ならではのエピソードも
いくつかでてきます。

赤道近くの村で迎えるクリスマスの夜
サンタクロースに扮した航一郎はン・ドゥングに
一丁の銃をプレゼントします。

普段の航一郎からは想像もできないプレゼントに驚く和歌子。

銃を手にしたン・ドゥングは航一郎に云います。
自分は彼のような医者になりたいと。
しかし、ン・ドゥングは最初からその夢を諦めています。
経済的な理由からではなく
戦場において彼は9人もの人を殺していたからです。

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戦争だったから仕方がなかったという云い訳はしません。

そのことを始めて告白したン・ドゥングに
航一郎はこう告げ

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今の日本では同じことを堂々と云うこと自体とても難しくなっています。

彼を思い切り抱きしめます。

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こういう大人になりたいものです。

昨今少年による犯罪が起こるたびに、私たちは
「更生は見込めない」
と諦め、更生よりも厳しい処罰を求めるようになってきました。

この場合とは、少年の生い立ちも
時代も国も社会情勢も違うから一緒にするな
と、云うこともできますが、
何にでも臭いものには蓋をし
腐ったミカンはただちに箱から捨てるような
正しく健全な社会を目指す我々は
「やはり僕たちの国は残念だけれど何か
大切な処で道を間違えたようですね」
なのかもしれません。

「絵を描くことより人を殺す方が得意だ。」
と自慢していたン・ドゥングを時間をかけ辛抱強く、
ただし適度な距離をおいて見守り続けた航一郎。

このクリスマスの出来事は、一介の日本人医師が
安請け合いすることではないのかもしれませんが、
ン・ドゥングの心にはしっかりと伝わります。

その後、航一郎は病院の外にいるかもしれない患者のため
休暇のたびに現地の運転手と2人で行っていた
パトロールの最中、銃を持った何者かに襲われてしまいます。

銃弾を足に受け負傷した運転手に銃を手渡され
相手を撃つよう云われますが、
頑として銃を構えようとしない航一郎。

これと思い込んだら人の話も忠告も聞かないのが
航一郎と云う日本人医師なのです。

無抵抗のまま投げ込まれた手榴弾が爆破。

気を失った運転手が
目を覚ました時には航一郎の姿はどこにもありませんでした。

運転手が意識を失っている間に何が起こったかは
不明なままとなっています。

運転手だけが残っていたのは、
銃をもっていたのが航一郎の方だったからかもしれません。

しかし、銃を撃つこともなく
運転手も殺されることがなかったこの結果は
おそらくは航一郎が望んだとおりなのでしょう。

ここで運転手が殺されていては
銃を撃たない航一郎は単なるヘタレになってしまいますからね。

こんなふうに安易に主人公が消息を絶ってしまったことに
最初
「え〜、そりゃないよ。
アントキノイノチ』もそうだったけど
何で映画化されると安易に人を殺しちゃうの?」
と思った私ですが、後から考えると
例え殺されようとも最後まで銃を撃たない
航一郎の姿こそがこの映画が描きたかったこと
なのかもしれないと思いなおしております(*3)

そういえば、余談になりますが、
大沢たかおと三池崇史監督がタッグを組んだ
「藁の楯」でも大沢たかお演じる主人公は
「誰もが殺してもいいと思う人物」を
どんなにチャンスがあっても最後まで殺しませんでした。

今の日本でこの時の航一郎のような立場に置かれた時
「正当防衛(=自分が正義)」と云う理由があっても
銃を撃たない人間がどれだけいるでしょうか?

おそらく大沢たかおぐらいです。

一方で2011年3月11日を経た日本映画ならではの描写も
あります。

この映画はまず2011年の東北地方太平洋沖地震の被害地の
がれきの中、一人立ち尽くす黒人の青年の様子から始まります。

この青年の名前は最初出てこず終盤で判ります。
(と云ってもだいたい検討はつくようになってます)

あまりに惨状に言葉も出ない青年は
おもむろにポケットからトウモロコシの種が入った
袋を取り出します。

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掌にこぼれるトウモロコシの種を見てこれ↑を思い浮かべた私のバカ。

そこから舞台は
本題である1987年のケニアに移るのですが、
終盤にそのトウモロコシの種が
3.11東北で起こった地震のニュースを聞いた
ケニアの僻地に住む老女が彼に託したものと判ります。

20年以上前に航一郎に往診してもらった老女が
日本のことを思い、車で行くような距離にある病院にまで
訪ねてきてくれたのでした。

映画の中盤では同じようなことが
1980年代の終り長崎の五島列島でも起こっています。

休日を利用して風で倒れた父親の代わりに
実家の診療所で切り盛りする貴子の元に
朝早く、貴子の父親が倒れたことを聞いたおばあさんが
見舞いに山を3つ越えた僻地から
かごいっぱいの野菜を持って歩いてきます。

それが貴子が五島列島に残る一つのきっかけとなりました。

国も時代も違えども人が人と思う気持ちは変わりません。

父親の診療所が地域の人々にとって大切であることを
身に染みて感じた貴子は長崎の大学病院を辞め
それからしばらくして
いつまでたってもアフリカから戻らない航一郎に
手紙を出します。

それから、数か月の時を経て結婚した貴子の元に
航一郎からの返事が届きます。

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五島列島のシーンではどこに行ってもお墓が映りこんできます。

歌の歌詞を知っている人は
おそらくそこに歌詞通りの文面を予想していたと思います。

しかし、便箋に書かれていたのはたった一行の文章でした。

「お願いだから幸せになってください。」




ぶっわわわわわわわわああああああ。
涙でスクリーンが見えません。
いまだったら、
石原さとみがアフリカの大地に登場した時に

イーオン様様ですね。

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この時の成果がここで惜しみなく発揮されたのです。

という言葉が頭に浮かんだこともなかったことにできます。

「お願いだから」と云う言葉が肝ですね。
取りようによっては非常に傲慢で身勝手ですが、
悩んで悩んでようやく絞り出して出てきた言葉が
「お願いだから」。

返信を書く上で航一郎は
原曲「風に立つライオン」さながら
ケニアで見聞きしたこれまでのことを
改めて振り返ったことでしょう。

そして、思いはあれど文章にできなかった
「おめでとう ありがとう」の代わりに出てきたのが
「お願いだから幸せになってください」。

映画の流れからすると
この貴子への返信を書いた翌日(早くて翌日)
航一郎は消息不明になったのではないかと思われます。

返信を書くことで日本への未練を立ちふたたびこの地で
「風に立つライオン」として生きることを心に決めたからこそ
何もかも吹っ切れた笑顔で運転手が止めるのも聞かず
「もしかすると誰か苦しんでいるかもしれない」
僻地への往診に向かったように見えるのです。

貴子は両親を喪っている航一郎にとって
唯一日本に残してきたものでしたから。






本作の監督が
「DEAD OR ALIVE」シリーズ
「藁の楯」
土竜(モグラ)の唄 潜入捜査官 REIJI
神さまの言うとおり」の
三池崇史監督と知った時にはどうなることかと
思いましたが、まさかこんな感動させられることとなろうとは。

まさに「奇跡」。

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予告編でもそう謳っております。

三池崇史監督にしては無難すぎると思わないでもありませんが、
こういう映画も撮られるのねと、開眼しました。
これは、次回作「極道大戦争」も見なくては。

ところで今年公開の映画の宣伝が
やたら「奇跡」押しのように思われるのですが、いかがでしょう?

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「博士と彼女のセオリー」とかに使用されるのは良いんですよ?でもこれとか…。


(*1)
この患者の自宅に航一郎が代わりの病院への入院を
薦めに行くシーンで、通された部屋の戸棚に
子供の頃の航一郎が両親にねだったサンダーバードの
プラモデルと同じようなプラモデルの箱が
(おそらく手つかずのまま)山積みにされていた演出が
あざとくて面白いなあと思いました。
それだけですけど。

(*2)
原作小説は全編に渡って
「○○(人物名)の述懐」「○○のメール」という
航一郎に係わる幾人ものの関係者や知人の
証言やメールで構成されています。
小説は3部構成で映画は第2部までに当たります。

(*3)
WEB GOETHE」の大沢たかおとの対談で
原作者のさだまさしはこのように語っています。
「航一郎は誠実で、でも不器用。モチーフになった歌詞にもあるとおり、自分がやりたいこと、やらなくてはいけないと信じることのために、大切なものを失ってきた男です。自分のジャッジに苦しみ、悲しみ、涙をこらえてきた男です。でも、現実というのは残酷で、彼の持つ本物の真心なんて、あっさりと裏切られてしまう。それでも、命のバトンは必ず誰かに引き継がれていく。そういう小説にしたかった。そんなのメルヘンだ、という人もいるかもしれません。でもね、小説とは僕はメルヘンでいいと思う。」
と。

モデルになった柴田紘一郎さんは
4年のケニアでの人気を終えた後は帰国しました。
ご存命です。

ちなみにこの映画における「アントキノイノチ」の久保田ゆきは
和歌子さん(←原作では2011年の段階ではご存命)
のほうでした。


何か大切な処で道を間違えた我々はいったい何ができるのだろう?


0



2015/3/15  23:19

投稿者:あゆか

>kaori様

さだまさしの「風に立つライオン」が映画化、それも三池崇史監督と知った時にはどういう映画になるのか不安でしたが、とてもいい映画でした。
エンディングに新たに収録した「風に立つライオン」もとても素晴らしかったです。
是非劇場で聞いてみてください!!

2015/3/14  21:13

投稿者:kaori

レビューを読んで歌を聞いただけで号泣出来ます!!!

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