2014/11/26

ニンニキニキニキ ニンニキニキニキ ニニンが 三蔵  MOVIE

本日の映画は

周星馳最新作
「西遊記〜はじまりのはじまり〜」

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です。

現在、公開第1週目であり
地元で上映されているTOHOシネマズでは
8月辺りからこのようなサービス満点な「特報」まで


予告編では「少林サッカー」の名前が出ていますが、それよりはむしろ…。

流して熱心に宣伝していたのですが、
いざ蓋を開けてみると、続く第2週目の上映時間が
字幕版21:30〜
日本語吹替版は9:45〜と14:35〜
と両方合わせて1日3回のみの上映に
降格しているではないですか!?

いくら年末商戦に向けて
話題作の公開がラッシュしているとは云え
中国では興収が中国語映画史上3位となり
つぎつぎと記録を塗り替えていった映画ですぞ。

日本語吹替版も
映画ファンが毛嫌いしている人気俳優の起用は
斎藤工と貫地谷しほりぐらいに止まり
手堅く豪華声優陣を起用している映画ですぞ。

つまりは字幕版で見て日本語吹替版でも見て
二度美味しい映画と云うことではないですか!


と、力説したところで一介の観客にはどうすることもできず
このままでは第3週には字幕版は上映終了
日本語吹替版もレイトショー堕ちになりかねないと考えた末
慌てて日本語吹替版を見てきました。
(字幕版は時間が合いませんでした)

で、結論。



これだったら
「カンフーハッスル」のDVDを税抜96円で借りてきて
見直した方がTSUTAYAとお財布に優しいのでは?



あ〜、つい本音が出てしまいました。


身も蓋も無い感想で申し訳ございません。
しかし、この映画、特報における監督自身の雄叫びも含め

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この時のキャッチコピーが「ありえね〜。」でした。

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そして、本作の特報。…ほらね?

え〜っと、これってもしかして
「カンフーハッスル」の焼き直し……じゃね?

という考えが頭を掠めてしまって…。

一足先にこの映画をご覧になった
鳥山明先生も

予想と常識の壁をはるかに超えてみせる銀河系最強のおもしろさ!!久々に完璧な娯楽映画を観ました!些細な部分など、どうでもいいと思わせる強烈なエネルギー!マジとギャグの見事な使い分け!堂々とした安っぽさの演出!計算されたストーリー展開!これこそがボクの理想とする娯楽映画の最高峰であります!

と大絶賛していらっしゃいましたが、
そ、それいつものことですからね!

同じことは
「少林サッカー」にも「カンフーハッスル」にも
云えますから!

確かに本作も面白いです。
それは認めます。
しかし、心のどこかでは思ってしまうのです。

これに参考価格1800円支払うのでしたら
「カンフーハッスル」を見直した方が良いんじゃね?
と。

だって「カンフーハッスル」、凄い面白いですよ。
間違った形容詞の使い方をしてしまうほど
凄い面白いですよ。
周星馳も主役で出ていますしね。(←ここが最重要事項)

本作ももちろん面白いのですが、
その面白いところを思いつくまま挙げ連ねると
そのまま「少林サッカー」や「カンフーハッスル」の
感想になってしまうんですよね。



それにしても
何故、公開したばかりの映画、
それも敬愛する周星馳監督の作品で
そんな水を差すよなことを思ってしまうのか?

原因は判っています。

1つは主人公の性格です。

これまで周星馳監督が自ら演じている
人生を捻ていたり、他人に対して傲慢な主人公とは違い
今回の主役は、「三蔵法師」こと陳玄奘です。

「わらべ歌だけを使えば妖怪を退治ではなく
平和的に調伏できる」
と云う師匠の言葉を素直に信じ

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やることなすこと俗物的な師匠。絵は上手い。

それができなかったときには
師匠を疑うのではなく自分の力量不足と嘆く
素直なだけが取り柄の草食男子です。

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加えて初心なため女性の胸に手を触れただけで鼻血ブー(死語)です。

他の妖怪ハンターとは違い
特殊な能力を持っているわけでもなく
腕力に乏しく押しも弱く騙されやすい
顔も性格も良いだけで使えない優等生キャラなので
どうしても魅力に欠けてしまいます。
(他のキャラが濃すぎると云うのもありますが)

演じているのは「海洋天堂」で
自閉症の青年を演じたウェン・ジャン(文章)。

一応「海洋天堂」は劇場で見ているのですが、
あの時の李連杰の息子役と
今回の三蔵法師が同じ俳優ということを
ウェン・ジャンのプロフィールを見て今、知りました。

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あ、確かにこの子です。この子です。

そのくらい記憶に残らないキレイな顔をしていますが、
キレイなだけじゃダメなんですね。(特に周星馳作品では)

ストーリー的には
この玄奘と云う名の自称妖怪ハンターが
沙悟浄、猪八戒、孫悟空と出逢うことで成長し、
結果僧侶三蔵法師となるはずなのですが、
この映画における沙悟浄、猪八戒、孫悟空は
ハンターにとっては退治すべき妖怪であり、
劇中で老若男女問わず多くの人間を殺しています。

特に沙悟浄ときたら
父親を失った(父親も沙悟浄に丸のみされている)
幼い少女を母親の目の前で丸呑みしているのです。

これは許せません。
中国4000年の歴史の中では
許される時代もあるかもしれませんが、
ハリウッドなら全米が震撼しているところです。

しかも沙悟浄だけでなく猪八戒も孫悟空も
本作においては殺戮の限りを尽くし
現中国の刑法における2年の猶予期間を待たず
即日死刑になっても飽き足らぬ大罪を犯しているのです。

ところが、
妖怪ハンターとしての玄奘の信条がなまじっか
「妖怪が本来持っている善の心を呼び覚ます」
であるため、特に説教をすることもなく
彼らの罪をキレイさっぱり許してしまいます。

それは大いなる愛の力で…
と云うことなのでしょうが、
その過程も妖怪たちの更生過程もスポンと省かれたため
しばし呆然…。

沙悟浄と猪八戒は辛い過去故の凶行であったことが
明かされていますが、
では無差別殺人が許されるかというと違いますよね?

これでは殺された人々が浮かばれません、
観客もそんな玄奘に共感し辛いのではないでしょうか?

そして、問題は玄奘の人となりだけではありません。
勿論、監督の周星馳が
本作には1秒も出演していないからでもありません。

何と云うか、この映画
話がだいたい読めてしまうのです。

なまじっか「予告編」を何度も見せられているため
最初の妖怪退治となる大魚との戦いのあたりで

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本来なら映画の最後の最後で沙悟浄と判る大魚の正体も予告編でバレバレ。

上映時間の長さからざっと逆算して
物語の流れを頭の中で組み立てて

「ああ、この映画はラストにあの映像を持ってくるつもりですね。」

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「Gメン75」オマージュのあの映像。

と云う予想がついてしまい

そうなると、
ここにヒロインである美人妖怪ハンター段(舒淇)の姿は
ないわけですから
当然、終盤に起こるであろうある事態が推測できるというもの。

その段が妖怪ハンティングに使っている武器が
伸縮自在、増産可能な金の輪ですから

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CGの使い甲斐のあるこの武器は「カンフーハッスル」にも使われました。

その金輪がどういう運命を辿るかも
予想がついてしまうわけです。

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本作のタイトルに登場する緊箍児と同じ素材でできています。

さらには「カンフーハッスル」という前例があるため
そこからもストーリーを紐解いてしまい
結局純粋に楽しめないというか…。

例えば、玄奘が後生大事にしている
「わらべ歌三百首」という小冊子。

妖怪に対しては何の効力を持たないアイテムですが、

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玄奘が妖怪調伏に使う「わらべ歌300首」。これって

「カンフーハッスル」において
主人公が子供の頃見るからに怪しい導師から
購入した「如来神掌」と云う小冊子が、
ばったもんではなく実は本物であったように
「わらべ歌三百首」も
後々効力を発揮することが簡単に予測できてしまいます。

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「カンフーハッスル」で云うところのこれですよね?

また、主人公を恋い慕う女性がその気持ちを形にするのに
使われるのが、
一度粉々にしてしまったものを修復するという方法です。
(それなのに肝心の彼女は粉々になったまま…)

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「カンフーハッスル」ではロリポップ。

こんなところまで使い回ししなくても…。

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本作では「わらべ歌三百首」の本。

とにかく予告編でいろいろ見せすぎです。

孫悟空が額の禿げ上がった中年オヤジなのも
予告編で既に拝見しているので
残念なことに本編で驚かされることがありません。

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それ以前にこのタイプが実は最強の敵というのも「カンフーハッスル」で学習済み。

それどころか孫悟空が敗北するシーンは
「カンフーハッスル」と全く同じのため
逆に吃驚しました。

これも予告編でこんな映像が流れたので
「あれれ?これはもしかしたら…?」
と思っていたのですが、やはりそうきましたか。

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こんな映像。

…ってそれってどうなの?

ちなみに本編でこちらのシーン↓を見た時には

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仏の力を持ってすれば一瞬にして孫悟空をもてなづけることができます。

つくづく
「ああ、周星馳監督はやはり
あの『少林少女』に多少なりは関わっていたのね。」

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正にこのシーンの再現です。

と、今更ながら納得せざるおえない
というほろ苦い気持ちになりました。

いや、いいんですよ、いいんですよ。
「少林少女」とは違い香港映画ならこんな決着もOKです。

「カンフーハッスル」でも
似たような結末になっていましたしね。

悪を憎んで人を憎まずです。

以上のことを踏まえ本作は
ある意味、周星馳作品の集大成と云ってもいいでしょう。

はじめて周星馳作品を知るのには
うってつけかもしれません。

というわけで、第1週に劇場で見たことに対しては
我が生涯に一片の悔い無し
と思っております。
 


 
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