2014/11/11

グットバイ グットバイ 柿の種  MOVIE

本日の映画は
「ダルマさんが殺した。」




ではなく
正式タイトル「神さまの言うとおり」

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何これ?キャッチコピーの方が大きくて紛らわしいわ。

です。

と、間違えて表記してしまうほど
試写会の応募をするまで
「ダルマさんが殺した。」の方が
タイトルだと思っていましたよ、私。

今週末からの公開ですが、一足先に見てきました。

主演が若い女性を中心に今年
最も人気のある若手俳優、福士蒼汰君ですので

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こんな着ぐるみでも屋外デートができるイケメンさんです。

さぞかし若いお嬢さんたちでいっぱいであろうと
思いきや
左側を見れば50代主婦の2人連れ
右側を見れば男子高校生の2人連れ。

会場を見渡すとご年配の夫婦という組み合わせも意外に多し。
しかもR15指定という制限があったためか
通路を挟んで前列A〜Dはガラガラです。

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最近の試写会は100組200名ペア招待のでこのスクリーン6の場合が多い。

私自身も今回は内容が内容だけに
折角のペア招待でしたが、誘える友人も家族もなく
1人で見ることに…。

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こんなんですからね。いくら血液の代わりに赤いビー玉が使われようが見る人を択びます。

それなりの覚悟をして見に行ったわけですが、
見終わった感想は、今もなお

「腐ってやがる。早すぎたんだ。」

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まあ、腐ってはいませんが…。

と云う科白が
今年の9月にお亡くなりになった家弓家正さんの声で
頭の中をリフレインしているのはどういうこと?

「風の谷のナウシカ」も
原作が完結の見通しさえついていない状態で
映画化されましたが、ここまでではなかったですよ。

本作「神さまの言うとおり」は
雑誌「少年マガジン」に連載された
金城宗幸原作・藤村緋二作画の同名漫画を
実写映画化したものです。

原作は今のところ第壱部と第弐部に分かれており
今回映画化されたのは2年前に連載終了した第壱部に当たり
現在は第壱部とは異なる場所、異なる登場人物で
同じシチュエーションを描いた第弐部
「神さまの言うとおり弐」が連載中となっております。

毎度おなじみのwikipediaに記載されている
概要によりますと

『漂流教室』や『バトル・ロワイアル』、『リアル鬼ごっこ』など、死の因果に薄い一般人が突然に命を懸けた不条理に巻き込まれるサバイバル・シチュエーション・ホラーの流れを汲む作品。古来から知られている遊びや事物を基にした殺人ゲームの意外性と、滑稽なほどに単純明快なルールの下で生死を分かつ非情さのコントラストが特徴的で、その奇想天外な進行は仕掛けた首謀者も事態の全容も全く見当をつかせぬほどのスケールを出している。

ということですが、
原作でさえ第壱部どころか第弐部に入っても
「仕掛けた首謀者も事態の全容も全く見当をつかせぬ」
状態だと云うのに
今回映画化に踏み切った
その見切り発進振りに驚かされることとなります。

つまりは


この原作を映画化するのは
いくらなんでも時期尚早過ぎませんか?

と、私が感じてしまうのは
試写会前日に予習として
講談社コミックプラスにて
神さまの言うとおり」全5巻
神さまの言うとおり弐」1〜8巻
を「試し読み」してしまったためかもしれません。

例えるなら
堤幸彦監督の映画「20世紀少年」が3部作ではなく
第1部(主人公のケンヂが行方不明で終了)だけで打ち切られ、
その後続編がいっさい作られなかったとしたら
こんな感じの映画になるのではないでしょうか。

これで続編がなければ、何のために
作り手は
わざわざ多額の製作費をかけてこの映画は撮ったのか
片や、観客は
これからチケット代を支払ってこの映画を見るのか
判りません。

製作側としては公開後
「大ヒットにより続編決定!」
と発表する気なのかもしれませんが、
これ一本で完結すると思って映画を見に行った人に対して
このラストはあまりに非道ではないでしょうか?

しかし、そう思うのも私は不用意に
原作を知ってしまったからであって
全く何一つ前情報を入れず見ると
これはこれで「あり」なのかもしれません。

ローマ国際映画祭でのマーべリック賞受賞から考えても
下手に原作の存在を知らず見た方が
「驚愕のラストシーン」も含め面白く見れるかも…。
(でも、イタリアの人は「だるまさんがころんだ」や
「かごめかごめ」「かんけり」は判るのでしょうか?)

三池崇史監督もおそらくは
これ一本で楽しめるように作っているはずです。

少なくとも
映画自体は至極真っ当に作られていると思います。

マンガ原作とは云え、
作り手のアイデア次第
例えば、
「黒執事」のように大まかな設定だけ借りて
場所や登場人物を変えオリジナル脚本にするとか、
「デスノート」のようにラストを大幅に変えてしまうとか
そういった脚色で
いくらでも映画を面白くすることができたと思うのですが、
バカまじめ(「日本郵便」)なまでに原作に沿って作られています。
むしろ原作よりも良心的です。

この作品に関しては肝心なところは
何一つ原作で明かされていないため
手を出すことも足を出すこともできず、
なんとかクライマックスに到達したときは
「あ、そうですよね。
今の時点ではこれ以上どうしようもできませんものね。」
と三池監督にちょっと同情さえしてしまいました。

現時点での映画化はこれがベストと云っても
仕方ありません。

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この気持ち、例えるならそう。「今はこれが精一杯。」

でも、やはり原作が完結してから
映画化すべきだったと思いますよ。

原作の殆どを占める高校生による
死のサバイバルゲーム自体のアイデアは面白いので
「映画化するなら、今でしょう!」
と逸る気持ちも判らないでもありませんが…。

ゲームとそのクリア方法に重きを置いているので
システムはいたって単純。

神が仕掛けたゲーム(試練)に勝った者は生き残り
次のゲームへ。

ゲームが進むごとに生き残る人数が減り
最終的には少数の「神の子」だけが残るようになっています。

そのことに登場人物の1人
天谷武(神木隆之介)は
「こういう世界を望んでいた。ありがとう神さま。」と喜びます。

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彼のキャラクターは腐女子の観客を意識しています。

しかしながら、現実の受験戦争だって似たようなもの。
ゲームに要求される「体力」「知力」「想像力」
そして「運」は受験においても必要とされるのです。

神がわざわざ革命を起こさなくても
一部の高校生は日々直面しているわけです。

ですから
天谷武も神がお膳立てしてくれたステージで
伸し上がるくらいなら自分の力で革命しろよ。
と、思ったりなんかして。

でも、ただのお受験では映画にはなりません。

絵的に派手で
実写化のし甲斐があるサバイバルゲーム(試練)は
そりゃ映画にしたくもなりますよね。
予算的にはテレビドラマでは無理でしょうし。

そこで映画化された本作では
最後まで
「仕掛けた首謀者も事態の全容」は明かされず
さらには謎の引きこもりタクミ(大森南朋)や
ホームレス(リリー・フランキー)の存在意義、
そして、タクミが持っている「かみのこ」と云う同人誌についても
何の説明もありません。

そのため見終わると
原作漫画の宣伝を約2時間かけて見せられた気分になります。

それはそれで画期的かもしれませんけど…。

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今にして思うとラストシーンがこうならなかったのが不思議なくらい。

左隣で見ていた奥様も連れのご友人に仰っていました。
「あらぁ、これで終わりなの?
よく解らない映画だったわね。
でも、まあ、面白かったわぁ。」
と。

高校生男子2人も
こういう映画を知らずに来ていたのか
第3ゲーム「こけし」では
かなりビビッているようでした。

試写会は映画の内容を
まったく知らずして見に来る観客が大半なので
(特にペア招待は)
お客さんの反応を見るのも
試写会ならではの醍醐味の一つですね。

ですので、ご覧になるなら
白紙の状態でご覧になるのがおススメです。

 
 




 
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