2014/10/26

独善とは善意の服を着てやってきて、嫉妬はいつも正義の服を着てやってくる  MOVIE

本日の映画は伝記映画

自らゲイであることを公表し、
ゲイをはじめあらゆるマイノリティの社会的地位向上のために
立ち上がった伝説の活動家ハーヴィー・ミルクの
波乱に富んだ後半生を、名優ショーン・ペンの熱演で描く
感動の伝記ドラマ
「ミルク」

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です。

監督はガス・ヴァン・サント。

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「実験的で詩的な映像美」で知られている監督だけに映像の美しいこと。

第81回アカデミー賞(2009年)では
作品賞を含む8部門にノミネートされ、
主演男優賞と脚本賞を受賞しているのですから
死ぬまでに見ておくべき映画と注目はしていましたが、
政治の世界が舞台と云うことで
政治音痴な私には手が余ると長らく敬遠しておりました。

しかし、最近になってジェームズ・フランコの
フィルモグラフィーの1つと知るところとなり
「まあ、それなら…。」
と、重い腰を上げDVDを借りてきました。
どっこいしょ。


で、結論。予想に違わず、素晴らしい映画でした。

何が素晴らしいって





主人公であるハーヴィー・ミルク(ショーン・ペン)を
マイノリティーの権利獲得ため立ち上がった
偉大な政治家としてだけではなく
人間関係において負の面もあったことを描くと同時に、
本作の悪役である
ダン・ホワイト(ジョシュ・ブローリン)もまた
ただの融通の利かない政敵、
ただの保守的なホモフォビアとして
ミルクを射殺したのではなく
彼には彼なりにそうせざるを得なかった事情が
あったことを描いていることが。



などとエラそうなことを書いてしまいましたが、
私、政治、特に海外の政治・歴史には疎いため
この映画を知るまで
ハーヴィー・ミルクという政治家のことは
存じ上げていませんでした。

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クリーヴ・ジョーンズ(エミール・ハーシュ)の名前もこの映画で知りました。

ストーリーに関しても
「おそらくは
『同性愛者を虐げる世間の風潮と戦うゲイの活動家が
彼の活動を好ましく思わないホモフォビアの人物に
暗殺されるまでの話』
なんだろうなあ?」
となどと思い込んでいたぐらいで

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1970年の米国では警察によるゲイの弾圧(暴行)は日常茶飯事だったようです。

ハーヴィー・ミルクと云う人物が
カリフォルニア州サンフランシスコ市の市会議員であった
ダン・ホワイトによって
当時のサンフランシスコ市長ジョージ・マスコーニとともに
同市庁舎内で射殺された
ことを知ったのはこの映画を見てからです。

この映画は1978年11月18日(金)に
「(自分が)暗殺によって死んだの場合にのみ再生すべし」
という内容のテープを吹き込むシーンから映画は始まります。

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この「もしものときのテープ」の内容が映画のストーリーになっています。

テープレコーダーに向かって自らの過去について語るミルク。

そのわずか9日後の11月27日にミルクは
ダン・ホワイトに射殺されます。

話は1970年にさかのぼります。

ゲイであることを隠し保険会社に勤める
ごくごく平凡な男性ミルクは、40歳の誕生日、
ニューヨークの駅の構内でナンパした
スコット(ジェームズ・フランコ)と云う青年と意気投合し
「新しい世界 新しい友達をもつ」ため
スコットとともに当時同性愛者が集まり始めていた
サンフランシスコのカストロ地区に移住します。

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子曰く、四十にして惑わず、さらに四十にして立つこととなるミルク。

失業手当を使い果たしたミルクとスコットは
カストロ通りで写真店「カストロカメラ」を開業。

店は次第にゲイのたまり場と化し
仲間内から「カストロ通りの市長」と呼ばれ
なにかと頼りにされるようになったミルクは
やがて世間から不当に虐げられている人々の為
自分が成すべき使命を見出します。

それが政治家への道でした。

誰かがこの偏見で満ちた世界を変えてくれるのを
待つのではなくまずは自分が変えなければ。

ゲイ・コミュニティのみならず
マイノリティ支援のため立ち上がるミルク。

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スコットも陰になり日向になりミルクを支えます。

しかし、世間の偏見は厳しく3度の落選を経験し
その間に政治活動に疲れ果てたスコットは
ミルクの元を去ってしまいます。

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まあ、後釜はすぐに見つかりますけどね。

それでもめげることなく果敢に選挙活動を続け
大選挙区制から小選挙区制へ切り替わったことから
1977年には市議に初当選。

ゲイを公言した人物が初めて
アメリカの大都市の公職に就いたのです。

このことはこれまでクローゼットに身を潜めていた(隠喩)
同性愛者にとって大きな希望となり
弁が立ち、演出力に長け、
常に笑顔を振りまいているミルクの周りには
これまで以上に人々が集まってきました。

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ミルクの周りはいつも彼を慕う支持者でいっぱいです。

しかし、光あるところ、影があるもの。

その裏で割を食ったのがダン・ホワイトという人物です。

保守的なアイリッシュ系のカトリック信者であり
元警官で消防士と云う経歴を持つ彼もまた
選挙区の住民にとって住みよい社会を作ろう
と立ち上がった政治家の1人でした。

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アカデミー助演男優賞は獲れませんでしたが、ブローリンの演技も凄いです。

1977年の市会議員選を戦い、ともに初当選した2人。

就任直後、テレビ番組では親しげに会談するものの
ゲイであるミルクにとっては警官は宿敵のようなもの。
元警官であるダン・ホワイトに対して
良い感情を持てるはずがありません。

さらには選挙の際にダンはリーフレットのデザインを
まんまミルク陣営のデザインをパクっていたので
なおさら印象が良くありません。

それに対して敬虔なカトリックの家庭に育った
ダン・ホワイトにとっても本来同性愛者は忌むべき存在です。

元々水と油である2人。

それでも生真面目なダンは息子の大事な洗礼式に
他の委員同様ミルクも招待します。

ところが、その話をしにミルクの議員部屋を訪ねると
彼は取り巻き相手にこんな陰口を叩いているじゃないですか。

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元警官のダン・ホワイトに対してはどうしても辛辣になってしまうようです。

うわ………。
ダンからしてみればとっても嫌な感じですね。

完全にダンのことを格下扱いしています。
ブルーカラー出身だからって舐められています。

しかし、ダンを舐めているのはミルクだけではありません。

他の委員からの人望も薄かったようで
洗礼式当日、出席した委員は
同期であるミルクただ一人だったのです。

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妻子に恵まれ幸せなはずのダンですが、そういうわけでもなさそうです。

うわ………。
ダンからしてみればとっても凹みますね。

しかも、洗礼式の後、
事もあろうかカトリック教会内で
ゲイのための法案への協力をダンに求めるミルク。


なんで?ここ教会だよ?
TPOをわきまえろよ!!
つうかわざとか!!


と、日本人の私でも呆れるところですが、
ミルクの方はそのためにわざわざ洗礼式に
きてやっているのですから
TPOも減ったくれもないのです。

それにしても唯一出席してくれた同僚が
好意からではなく魂胆見え見えなのにはがっかりです。

さらにダンにとってはここで話の腰を折らなければ、
この場に集うカトリック教徒からの
支持を失いかねない大ピンチ。

そこで言葉を濁しつつ、
それとなく交換条件として自分の選挙区に建設予定の
精神病院について反対してもらえるよう頼みます。

ミルクの申し入れをただ受け入れるわけでもなく
巧みに大人の取り引きに持っていくダン。

なかなかやりますね。

ミルクの方もはっきりとした返事はしなかったものの
協力することに同意します。

ところが、後日、仲間たちの調査で
精神病院が子供のためのものと
知ったミルクはあっさり手のひらを返し
約束を反故にします。

取引を持ちかけたことを公にされ
議会においてすっかり立場をなくしてしまったダン。

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寝耳に水状態のダン。政治の世界って怖い。

当然、ミルクに食って掛かりますが、
逆に「精神病院建設の件は口約束だった」とかわされ
賛成票に関しては他の議員に当たるよう
進言されてしまいます。

洗礼式でダンが他の議員から無視されていることを
目にしたうえで云ってますよね、それ?

なんて底意地の悪い男なんでしょう、ミルクは。

一方、ミルクが起案した
「サンフランシスコゲイ公民権条例」の方は
ダンの反対票1票を除いて賛成票10票で
可決されてしまいます。

ミルクの方はしっかり他の議員に根回しをやっていたのです。
(少なくともダンにはそう見えたはず)

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結果にほくそ笑むミルク。そりゃ、ダンもぶち切れるわ。

もはや議会においても孤立しているダン。

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最初の頃は家族や友人たちが集う居間で見ていたテレビも

例えて云うならば
「ある朝教室に入ったら自分の机に花瓶が置いてあり
クラスメイトが遠巻きに見ている」
ようなものです。
その場合ミルクはクラスで信望熱い学級委員長、
市長はその様子を傍観している担任教師
と云ったところでしょうか。

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いつの間にか家に引きこもって一人寂しく見ることに…

不当な差別撤廃と云う崇高な目的に
自らの命まで懸けているミルクに
有権者や家族のささやかな問題で右往左往している
ダンが敵うわけがありません。

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ミルクには支えてくれる大勢の仲間がいますが、ダンにはいません。

「マイノリティにも権利を」と云うミルクの主張は
この上なく正しいと私も思います。

しかし、その目的の為
都合の良い時にだけ協力を求めてくるミルクに
ダンが腹を立てるのもごもっとも。

ギブ&テイクな関係を求めてくるならまだしも
ダンが有権者のため良かれと思って提出する起案は
「間違っている」としてことごとく反対し
そのうえで自分の起案には賛成票を投じろとか
云ってくるのです。

いったい何様のつもりなのか?
人を舐めるのもいい加減にしろって云いたいですよね。

聖書における「悪」の存在であるミルクに
白人で妻子持ち、どこに出しても恥ずかしくないはずの
ダンが完全に後れを取っているのです。

いえ、むしろダンの方が悪者扱いされています。

善悪二元論で育ったダンは
次第に精神的にも政治的にも追い詰められていきます。

ただし、ミルクによって
追い詰められていくのは何もダンばかりではありません。

急ピッチで進められている
同性愛者の居住・雇用を保護する条例を廃止する
法案6号と戦っているミルクにとって
他のことに気を取られている時間はありません。

公人としてのミルクは常に人々の期待に応えようとしますが、
私人としての彼を必要としている者に対してそうではありません。

あれだけ献身的だったスコットが彼の元から去った時も
引きとめることも感傷に浸ることもできす
その後、恋人として可愛がっていた
ジャック・ライラ(ディエゴ・ルナ)のことも
仕事に感けてつい放置してしまいます。

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仲間内で「ファーストレディー」と蔑まされているジャックの孤独にも気づきません。

定番の「仕事と私、どちらが大事なの?」
と云う質問に対しては迷うことなく「仕事」を択ぶミルク。

大事の前の小事など構っているわけにはいかないのです。

3度目の落選の際、
親から施設に入れられると必死で助けを求めてきた
マイノリティの一青年に対しても碌に相手もせず、
数年後再び青年が電話してきたときには
「自殺したと思っていた。」
なんてはっきり口走るような人ですからね。

この青年の話は
映画オリジナルのエピソードとは思いますが、
この人、ちょっとデリカシーが足りないですよね。

そりゃこれまで付き合った恋人4人のうち3人までが
自殺未遂もするわ。

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自殺未遂の原因はミルクがカミングアウトしなかったせいばかりではないはず。

この映画ではダンもまた
マイノリティの象徴としてのミルクではなく
一人の政治家としてのミルクを必要とした人物のように見えます。

なのでミルクの恋人たち同様体よく突っぱねられます。

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辞職を告げても労いの言葉すらかけてくれない元同僚。

失意のダンは、一旦議員を辞職しますが、
その後、警察仲間から励まされ職場復帰を望みます。

しかし、自分の預かり知らぬところで
勝手に市長とミルクが再任の機会を潰してしまったことを
知るダン。

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ダンの反対票で自分の法案が否決したことを恨んでいますが、あなたもですよ。

…あれぇ?
アメリカと云う国においてはヒエラルキーの最上層たる
ストレートの白人男性。
念願の議員となり、最初の子供も生まれ、
順風満帆だったはずの人生がなんでこんなことに?

答えは一つしかありません。

結果、何もかも失ったダンは最終手段に出ます。

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無防備な裸の背中と白ブリーフがさらに哀愁を醸し出します。

この映画はあくまで実話に基づいたフィクションです。
ですから、ダン・ホワイトがこのような苦悩の中で
生きていたのか判りません。


ですが、この映画では
そんなふうに見えてもおかしくありません。

一方、ミルクの葬儀の夜
葬式会場に訪れた人は数えるほどしかなく
殆どの支持者はキャンドルライトによる追悼パレードに
参加していました。

パレードのシーンはとても美しく胸が打たれますが、
その事からも
「ゲイコミュニティ」の象徴としてのミルクは
人々から敬愛されていたけれども
ミルク本人を愛している人はとても少なかったように
見えてしまいます。

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彼の死を悼み悲しんでいる人々がこんなにいるのに棺の前は閑散としています。

ミルク殺害後、7年8ヶ月の禁固刑を宣告されたダンが
5年で刑期を終え、その2年後自殺したことを
告げてこの映画は終わります。

そう考えると、ミルクに関わったことで
自殺未遂3名自殺者2名が出ているんですね。

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こちらがダン・ホワイト本人の写真ですね。似せています。

そんな2人が丁々発止するのがメインの映画、
全体的にぎすぎすしており
ジェームズ・フランコ演じるミルクの恋人、
スコット・スミスが唯一の癒しどころとなっています。

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この人が本当に良くできた彼氏でね…。笑顔を見るだけで癒されます。

みるみるうちにカリスマ的存在となっていった
ミルクに意見し諌めることができたのも
(この映画においては)彼だけでした。

何と云ってもミルクと云う人は
仲間には家族へのカミングアウトを薦めている割には
自分は親の目が黒いうちにカミングアウトしていないんですよ。

でも、仲間は誰一人、ミルクに反論し
無茶なカミングアウトに反対することができません。

かろうじてスコットがやんわりと諭すぐらいです。

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そんな簡単じゃないから迂闊にカミングアウトできないんですけど…。

別れた後もなにかとミルクの動向に目を配るスコット。
そのスコットの変わらない愛情を感じていながら
新しい恋人を理由に、よりを戻さないミルク。

過去の恋人が3人も自殺未遂したのは
自分がカミングアウトしなかった所為とか
発言してしましたが、
それだけじゃないと思いますよ。

ジャックが亡くなった時にも
「6時15分ではなく6時に帰宅すれば良かった」
とか嘆いていましたが、
そういうことじゃないんですよ。

あれだけできたスコットが離れてしまうくらいですからね。

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どのシーンも可愛いよ、スコット!!

ダンもミルクも同じように本来は
非常に孤独な人だったのではないかと思います。
 
まあ、私もそういう他人に対して疎いところがあるので
気を付けなくては。 


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