2014/8/7

見えないと始まらない。 見ようとしないと始まらない。  MOVIE

本日の映画は
エンドロールが流れる前から
真っ暗な客席からはすすり泣く声が至る所で聞こえた
本年度ミニシアター最大との呼び声高い
泣ける映画

「チョコレートドーナツ」

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いや、本当に泣けるんです。

です。

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見ればこの華やかな受賞歴も納得。

と云う状況下
裁判で実の母親で出てきた時点で、
実話にも関わらずこの話が辿り着く先が見えてしまい
まったく泣けなくて本当に申し訳ないです。

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あ、でも、ここは泣きました。

しかも
流れるエンドロールを目で追いながら思っていたのは


「これと同じような話が現在のネット上で
ただの扇情的な海外ニュースとして流されたとしたら
それを読んだ私はいったいどういう反応をしたのだろうか?」
と云う疑問でした。

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時代が時代だけに今よりゲイや障害児に対する偏見が強いわけですよ。

もしその記者が、
この映画の判事のような考えの持ち主であれば
こういう書き方をすることだって考えられます。

アメリカ合衆国保健福祉省児童家庭局は
ゲイカップルとともに暮らす14歳の男子児童を保護した。
児童を養育していたのは
検事局に勤める弁護士ポール・フラガー氏と
パートナーであるルディ・ドナテロ氏の2人。

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ポール・フラガー(左)、ルディ・ドナテロ

児童は重度の障碍児であり、
児童を巡る環境を心配した関係者からの通報により
無事保護するに至った。
児童の母親は薬物所持の罪で逮捕されており
本来であれば施設に入居するところ、
同じアパートに住むルディ・ドナテロ氏が
強引に引き取ったと見られる。
養育期間は約1年。
同じ頃ポール・フラガー氏とルディ・ドナテロ氏は
知り合ったとのこと。
ルディ・ドナテロ氏は場末のゲイバーで働いており、
たびたび児童を店に伴い、
深夜まで出勤していたという情報も入っている。
この件でポール・フラガー氏は検事局を退職処分となった。
2人は児童の引き取りを巡って飽く迄訴訟を起こす予定。
家庭局は、2人の生活態度が児童に
悪影響を及ぼしていないかを危惧し調査中。


このような記事を読んで読者はどう捉えるでしょうか?

「児童が可愛そう。」
「ただの家族ごっこ。」
「これって性的虐待されていない?」
「養父きもい。」
など、
真っ新な善意から出てきた文章から
勝手な憶測による悪意に満ちた文章まで
無責任なコメントで
コメント欄が埋め尽くされるかもしれません。

ルディの女装姿やアイザックの顔写真などが
ネット上で晒されれば
さらに面白おかしく
想像を掻き立てられる人も出てくるでしょう。

その後、件のポール・フラガー氏の上司が
「子供の将来を思いやって」2人と裁判で戦った
などと云うニュースが追加で流れたら
それを読んだ人はどう思うでしょう?

まあ、私は記者ではありませんので
上記のようなアホまるだしな拙い文章を晒してしまいましたが、
実際にこういうネットや新聞に書かれた
数千字足らずの文章をただただ鵜呑みして事件に怒りを感じたり、
周りの対応に疑問を投げかけたりする毎日を送っています。

児童にどういう過去があったのか
養父2人にどういう事情があったのか
彼らの生活がどうであったのかなどは記事には書かれていないので、
ネットニュースの先にいる末端の読者である私の目には入りません。

そうしているうちにこの事件の裁判結果が出たことを
同じネットニュースで読むことになります。

「児童は検事局の計らいで早期釈放された母親が
引き取ることになった。」

それを読んで
「ああ、良かった。実の母親と一緒ならこれで一安心ね。」
と胸をなでおろすのです。

その後、児童がどういう生活を送ることになったか
なんて全く知ることなく、です。

母親が子供より麻薬と男が大事なネグレストな女性だなんて
どこにも書かれていませんから
「実の母親」と云うこの単語だけでたやすく安堵してしまいます。

真実は自分が深く知ろうとしない限り見えてきません。
与えられた情報を受け入れるだけでは
真実に辿り着くことはできません。

真実は複雑に絡み合った情報の先に
見え隠れしているだけなので
それを丁寧に一つずつほぐしながら
辿りつこうとまでは普通はいたしません。

そもそも真実に辿りついたところで
私にはどうしようもない話です。

最初からこちらはただの非当事者なのです。

「いかにも怪しげなゲイカップルの手から逃れ
本当のお母さんと暮らせるようになって良かったね。
めでたしめでたし。」
でこの話はおしまいです。

場合によってはそれを文章として自分のSNSやブログに
載せたりしてしまいます。

そして、「私って良いこと書いてる」と悦に入るのです。

公式サイトのイントロダクションには
「本作はモデルになった男性と同じアパートに住んでいた
ジョージ・アーサー・ブルームによってシナリオ化された。」
とあります。

ルディ・ドナテロとポール・フラガーがどのように
アイザック・レイヴァを育ててきたか
どれだけ3人が純粋に愛し合ってきたか
を間近で見て、
勝手なことを書きたてる世間に義憤を感じている
ジョージ・アーサー・ブルームと云う人がいたからこそ
この映画ができました。

おかげで、これを見た私は、
ルディとポールのカップルに感情移入して
偏見から彼らの訴えに耳を貸さなかった
冷たい世間に対して怒りを感じることができました。
(で、この場合はルディに対して同情的にな文章を
SNSやブログに乗せてしまうのです。とほほ。)

しかし、今なおネット上では
この瞬間にもこのような三面記事が分刻みでアップされ
その裏にどんな事情があるのかなど想像もせず
「ほんとうのところ」なんて全く知らないまま
書き殴られたコメントが大量に流れています。

何が幸せなのか
何が正しいのか
なんて本人(当事者)しか判りません。
それを自分の経験に準えて判った気になっているだけです。

この映画のラストで
アイザックをルディから引き離してしまった
裁判官や判事、州検察官の元に
ポールから1枚の新聞記事の切り抜きが送られてきます。

彼らがその記事を読んでどう思ったのかは
セリフでは描かれず、表情だけをカメラは撮っています。

一度突きつけられた悲しい現実も
日々の雑事に流されそのうち忘れ去られるかもしれません。

アイザックの死を知っても
人によっては懲りずに
同じ失敗を繰り返す可能性だってあるのです。

おそらく私は
アイザックを心から愛したルディでもなく
ルディを支え続けたポールでもなく

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ルディばかり取り上げられていますが、ポールの愛情と献身ぶりは神の領域です。

2人に愛されたアイザックでもなく
切り抜きを呆然と眺めているあの人たちと同じなのです。

この映画を見ているときは
自分はルディになったような気で見ていますが、
現実は
ポールの上司である州検察官ウィルソン
なんですよ!!

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そこまでいかなくてもこの女性裁判官の程度に事件を傍観していそう。

客電が点けば、座席に坐っているのは
たった、数十行のネットの記事で
全てを判ったような気になって
逢ったこともない人を非難したり憐れんだりする
そういう人間です。

だから、この映画では泣けなかったりするのです。
あまりにも烏滸がましくて。
 


ただし「正義を身に纏う」側は自分以外が「思考停止」している思っているのです。

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