2014/4/13

ぼくは王様  MOVIE

本日のDVDは2枚まとめて

「王になった男」

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「私は王である!」

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劇場公開時がどうだったか知りませんが、
DVDはほぼ同時期にリリースされたようで

「王になった男」のレンタルDVDには
「私は王である!」の予告編が
そして、「私は王である!」のレンタルDVDには
「王になった男」の予告編が
ご丁寧にも収録されています。

これは2本続けて見るしかないでしょう!

と云うわけで、2枚とも「在庫有り」になる機会を見計らって
GEOから引き取ってまいりました。

予告編をご覧になればお判りになりますように
どちらも基本プロットは
「李氏朝鮮の国王があるきっかけで
瓜二つの賤民の男と入れ変わってしまう」
ただそれだけの話です。






「王になった男」での王様は
李氏朝鮮の第15代国王光海君です。

演じるのは韓国が生んだ世界の脱ぎ男優イ・ビョンホン。

ただし、「G.I.ジョー バック2リベンジ」
「REDリターンズ」撮影のために鍛え上げられた
「完璧な体」は残念ながらこの映画では
申し訳程度にしか出てきません。

イ・ビョンホン最大の売りを使わずし
監督も何故イ・ビョンホンをキャスティングしたのでしょう。

それでも、韓国国内の興行成績は
1231万9542人を記録し
「グエムル-漢江の怪物」
「10人の泥棒たち」
「7番房の贈り物」
に次いで歴代韓国映画興行成績では
第4位にランキングされています。
第5位が「王の男」だそうですから、
韓国の方々どんだけ王様好きなんですかね?

さて、光海君が即位して8年後の1616年。

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日本では、大阪夏の陣(1615年、江戸幕府第2将軍徳川秀忠の世)の時代。

この時代、官僚の派閥である北人派と
西人派をはじめとする他派の派閥争いが続いており
王宮内もピリピリしておりました。

ですので、この頃の光海君は
食事に使う銀の匙が
ちょっとばっかり変色した程度で
顔面蒼白、ぎゃあぎゃあ切れまくり勢い余って
「お前が俺の代わりにこれ食って死ね!!」
と毒見役の幼い少女を脅すような暴君でした。

そんな暴君を黙らせるため
臣下の方々が一斉に土下座し
「殿下 殺してください。」
と、涙目で訴え怒りを削ぐのが
宮殿でのお約束となっています。

流石にこんな返しをされては
暴君と云えども「はい、そうですか。」
と、いちいち対応するわけには参りませんからね。

ですので「殿下 殺してください。」は、
王を宥める魔法の言葉として随所で使われます。

片や
「私が王である!」の時代は
1418年となります。

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日本では応永の外寇(1419年、室町幕府第4代将軍足利義持の世)に時代。

第3代国王太宗の第3王子忠寧君が即位し
李氏朝鮮第4代の国王、世宗大王となるまでを
描いております。

世宗大王とは「李朝一の名君」と云う意味です。
耶蘇教で云うところの「主に愛された弟子」みたいなものです。

そう、この2作品は基本コンセプトだけが同じで
時代も登場人物もまるっきり異なっていたのです。

同じなのは李氏朝鮮王朝を舞台にした
時代劇だってことぐらいです。

同じ李氏朝鮮とは云え、この2作品、時代だけ見ると
軽く200年ほどの開きがあります。

つまり200年に一回、李氏朝鮮では
王様と庶民(貧民)のとりかへばや現象が起こりうるのです。

この手の身分さを描いた映画の場合、
無駄に力が入るのが
庶民の生活よりやはり煌びやかで謎のベールに包まれた
当時の朝鮮国王の快食快眠快便生活の方です。

朝、王様が目覚めると女官によって身嗜みが整えられます。
顔に絹で包んだおしろいをはたき
丁寧に髷を結い、髭を切りそろえ、額に網巾を巻き、
最後に紗帽を被せます。

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「王になった男」より。

まだ夢の中にいようが、寝ぼけていようが、
女官がすべてコーディネイトしてくれるので
安心ですね。

用を足したいときは、
お部屋に木の箱でできた便器が仰々しく持ち込まれ

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「王になった男」より。え、ここで出せと云うの?

排便が終わると
それまで閉まっていた襖まで開け放たれ
奥に控えた女官全員から
「おめでとうございます。」の大合唱。

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「王になった男」より。み、見られている?!

そんな風に云われちゃうと
出るものも思わず引っ込んでしまいますね。

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「王になった男」より。み、見るなぁぁぁ(涙)。これ何て云うプレイ?

さらに事後処理として
汚れたお尻を女官に拭いてもらわなければならないのです。
なんという辱しめ。

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「王になった男」より。そして、諦めの境地に…。

これを無碍に断ると
判で押したかのように女官から
「殿下 殺してください」口撃が始まるので
うかうか拒絶もできません。

さらに産み落としたものは
体調管理のためただちに内医院(ネイウォン)に運ばれ
担当医によって色、硬さ、味(!)を診られます。

食事は日に2回ありますが、
王が食べ残した料理は
この後スタッフではなくお付きの女官が
美味しくいただくことになっているで
間違っても完食してはいけません。

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これは悪い例です。大勢の女官がお零れに与れなくなります。

日本では美徳とされる「完食」もここでは通じません。

食い物の恨みが恐ろしいのは
どこの国でも同じことで意地汚く食べきろうものなら
後々まで陰でねちねち恨み言を云われます。

それでなくとも女性と云う者は
陰口(噂話)を心の栄養として生きているので気を付けましょう。

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気を使って大量にお残ししてもこの云われよう。

そんな閉鎖的な王宮にいくら嫌気がさしても
もちろん、王の無断外出は以ての外。
例え、宮殿の中でも
護衛、お供なしでは歩くことすら許されていません。

そこまで重宝されている割には
王の執務は大臣が用意した宣旨を読み上げるくらいです。
臣下から何かしらの提言または意見が出れば
「卿の意向通りに」
と、肯定しさえすればよいのです。

要は影武者でも簡単にできるお仕事です。

しかし、こんな生活だけを毎日繰り返していては心が荒むので
たまたま薄幸の少女と出会う機会に恵まれると
つい世話を焼いてしまう(偽)王様。

この時代、思春期真っ盛りの女の子が
家計のため親元から引き離され働かされるのなんて
ザラにあること。
そこで王様は奮起して彼女を家族に会わせると約束します。

驚いたことに、
この王様と薄幸の少女との邂逅は
「王になった男」
「私が王である!」
双方に見られる重要なエピソードとなっています。
少女の境遇も大変似通っています。
王が少女に家族に会わせると約束するところまで
同じです。

さて、「王になった男」では
王が病床に伏せったため付け焼刃で
身分の低い芸人ハソンが影武者となって入れ替わります。

そのことを知っているのは
側近の部下である
頭承旨(リュ・スンリョン)と
チョ内官(チャン・グァン)の2名だけ。

こんなチャンス滅多に訪れることはありません。

これを機会に頭承旨はかねてから立案していた
従来の現物貢納を地税に一本化し、中間搾取を抑え、
国家財政の確保をはかる画期的な税法、
「大同法」の施行を一気に進めようとします。

そう書くと、頭承旨が王の不在を良いことに
国政を思うままに動かそうとしているように見えますが、
そうではありません。

この頭承旨と云うのは役職で本名はホ・ギュンと云い
あの小説「洪吉童伝」の作者であり韓国のルソーとも呼ばれる
韓国においてもの凄く偉い人なのです。

基本、本作における頭承旨もチョ内官も善人なので
偽王ハソンもすっかり彼らを信頼しきっています。

ただ、頭承旨にもささやかな野心がございまして
人目のないときには
ちゃっかり自分が王座に坐っちゃったりします。

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ので人が訪れたときには席替えに大慌てと云うことになります。…コントか!

まあ、人間だもの。

2人の心強い味方がそばに仕えていることで
影武者の存在が外に洩れる心配はいらないはず…
だったのですが、
もともと生まれも育ちも違うため
どんなに頭承旨やチョ内官が
障子に目あり壁に耳ありと目を光らせていても
「王は偽物ではないか?」
と疑う人物が出てきます。

中でも王の護衛官にあたるト部将(キム・イングォン)は
手の節の太さからハソンを替え玉と見抜き、
「こんの、不届きものがぁぁぁぁ!!」
と、感情に任せハソンに刃を向けてきますが、失敗。

その後、
主君を疑ったことよりも自分の命を疎かにしたことを
ハソンにこっぴどく叱られすっかり心酔してしまいます。

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護衛すべき相手からこんな言葉を掛けられてはこの後は号泣ですよ。

だからこそ、後にハソンの正体が明らかになり
実はまんまと騙されていたことが判っても
ト部将は命に代えてハソンを護るのです。

一度ハソンを信じたト部将にとって
やはり偽王だったことは
何にもまして手痛い裏切り行為。

しかし、この時には
ハソンはト部将の「本物の王」になっていたのです。

ト部将がハソンを守り抜いたとき
以前ト部将が号泣したように
ハソンも相手のことを思い号泣するのが対になっています。

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韓国映画では靴を履かせることで気持ちを表現することはままあるようです。

さらに王妃である中殿(ハン・ヒョジュ)にも正体がばれて
懐剣で襲われるハソン。

こちらも事なきを得ましたが、
そのあとこの映画では
ハソンが2人を赦すときに
それぞれ使われた刀剣を相手に返すエピソードが
差し挟まれます。

その時、護衛官であるト部将はそのまま返すのに対し
王妃には懐剣を真っ二つに折ってから返しています。

これも対になっています。

こういう細やかな配慮が上手いです。

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使えない状態で戻される懐剣。愛です。

「王になった男」は
光海君の日記に「15日間の空白」があったことから
作られた史実を元にしたフィクションということで
李氏朝鮮の歴史に詳しくない人でも
判りやすく見ることができ、
多少突っ込みどころがあるものの、
それなりに感動できるようにできています。

歴代映画興行成績が第4位なのも首肯けます。

しかし、見終わってみると
朝鮮王室のトイレ事情のインパクトが
思いのほか強く
「本当はこのシーンを描きたいがためだけに
映画化に踏み切ったんじゃないの?」
と云う疑いがふと頭を過って……。

その疑いをさらに濃くするのが
「私が王である!」です。

「私が王である!」の時代は
「王になった男」を遡ること200年の世界。

200年前でも王様の朝の身支度は
変わりません。

顔に絹で包んだおしろいをはたき
丁寧に髷を結い、髭を切りそろえ、額に網巾を巻き、
最後に紗帽を被せます。

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「私が王である!」より。200年ぐらいでは何も変わらないようです。

出されたお膳をうっかり平らげようものなら…。

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やはり護衛武士のファング(キム・スロ)にめっちゃ叱られます。

そして、もちろん便意を催したときには
これが登場します。

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これ↑。

出すものを出してしまうと、
控えの女官から
「おめでとうございます。」。

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なにこれ、デジャビュー?

後始末も女官が完璧に処理してくれます。

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この時代、この役目を担うのは一人だけのようです。

違うところと云えば、
この時代、御厠が設置されるのは屋外です。

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そりゃそうですよね…。

…ん?皇太子だから王より格下げで
室内でなく外なのかしら?
でも、雨の日は室内ですよね、きっと。

かようにこの映画もこのシーンに力を入れています。
やっぱり、朝鮮国王のトイレ事情を描きたいだけじゃん!!

こちら、「私が王である!」の舞台は
頭を明国に押さえつけられる一方で
倭寇からの攻撃に悩まされている時代です。

そんな窮屈な時代、
期せずして野に放たれた本物の忠寧君が市井の人々の生活を
体験していくうちに王としての使命に目覚めていく
と云う話になっています。

映画のだいたいのストーリーは
最近の予告編によくある傾向で
予告編を見るだけで丸わかりとなっています。

映画が未見でこれから見ようと思っておられる方は
予告編を見るのも避けられた方がよろしいかと存じます。

こちらは「史実に基づいている」とは云え
コメディ寄りのため、
「実際の歴史では出会うはずのない人物と人物が
思わぬところで初対面」と云うエピソードが
盛り込まれています。

日本の時代劇で表すと
「中村主水、ジョン万次郎と野球する」みたいなものです。

本作では宮殿までの帰宅途中で本物の忠寧君が
知り合うへっぽこ発明家が蒋英実だったりと

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韓国の人はここで「おおっ!これがあの蒋英実かぁ!」と胸沸き立つんでしょうね。

歴史ものならではの実在の人物の登場が
物語に華を添えているはずですが、
異国の話、それも日本ではなじみのない朝鮮の話なので
私も含め韓流ファン以外の人には
今一つこの映画の本当の面白みが伝わらないのが残念。

「王になった男」「私が王である!」
どちらも王宮が舞台ですので
見比べてみるのも面白いかもしれません。

例えば、こことか

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「王になった男」より。


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「私が王である!」より。

こことか。

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「王になった男」より。

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「私が王である!」より。

これを見ると
「たった3年で人生は変わる」 けれども
変わらないものは200年経ても変わらない
と云うことが判ります。

ネタバレしない程度で、両作品を解説しますと
ざっくりと見比べると
「王になった男」の方は
ケビン・クライン主演
1993年公開アメリカ映画「デーヴ」の韓国版。
「私は王である!」の方は
まんまマーク・トウェインの「王子と乞食」を
元に作られた映画と云った感じがします。

私、「王子と乞食」は読んだことはありませんが…。


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