2014/1/28

さあ、人生に繰り出そう!  MOVIE

本日のDVDは
もし仮に誰かに年収を訊かれたとしたら
「え…年収…はちょっと判らないんで
あ〜、時給で換算していいっすか?」
という役どころがとてもお似合いになる
ロバート・カーライル主演の

「最高のふたり」

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なぜロバート・カーライルには年収200万以下みたいな役しかオファーが来ないのか?

です。


邦題を見て
「ああ、あのアカデミー外国賞獲った映画ね。」
と、ポンと手を叩かれる方がいらっしゃるかもしれませんが

おそらく……ではなく確実に
その映画とは違います。

映画の内容を大雑把に説明いたしますと、
DVDジャケットを見ていただければお分かりのように
「車椅子がなければ生活ができない病気を抱えた男性と
彼を献身的に介護する男性2人による友情もの」
になります。

ですから、この邦題なんですね。

私がここで改めて書くまでもなく
明らかに第24回東京国際映画祭で
東京サクラグランプリを獲った
最強のふたり」
を意識してつけられた邦題です。

誰がどう見てもそうとしか考えられないですよね?

配給会社の厚顔無恥っぷりより
DVDを手に取ったこちらの方が
紅顔になるレベルの邦題ですが、

「もしかしてうっかり間違えて
DVD、借りてもらえるんじゃないかしら?」

「もしかしてうっかり間違えて
DVD、買ってもらえるんじゃないかしら?」

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もちろんこれと間違えて。

そんな配給会社のやるせない希望が見え隠れしているかのようで
あからさまに否定できない何かがあります。

本家(ではありません)の「最強のふたり」ほどには
見る人の涙を誘うことも深い感動を与えることも
この映画にはできないかもしれません。
それでもじわじわとしたものが後に残る珠玉の作品だけに
この邦題で見る人を分けてしまうかと思うと
正直いたたまれません。

原題は「SUMMER」。
たしかにこれをこのまま直訳して邦題にしても
恐ろしくインパクトに欠けてしまいます。

WOWOW放映時は
「サマー〜あの夏の記憶〜」
というタイトルがつけられたそうですが、
それにしたって非常に凡庸なタイトルと云えましょう。
「映画のある人生を。」を掲げているWOWOWの中では
あまりの地味さに隅に追いやられてしまうことでしょう。

ですので、
この一瞬レンタルDVD屋の新作コーナーから
目を背けてしまう、もしくは、二度見してしまうこの邦題は
売る側の方向性としては致し方ないとは思うのですが、
配給会社の思惑が見え透いているが故
かえって客を逃してしまわないか心配です。
 
 






小さな町に暮らす中年男
ショーン・セドマン(ロバート・カーライル)は、
車椅子で生活を送る親友のダズ(スティーヴ・エヴェッツ)
の世話をして暮らしています。

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車椅子に座る足の感じが障害者にしか見えないスティーヴ・エヴェッツの演技力。

下の世話から入浴の手伝い、
毎日の買い物、炊事掃除洗濯、

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何をするにも左手で行うショーン。彼もまた障害を抱えているのです。

高校生になるダズの息子ダニエルの面倒まで
すべて一人で看て
それだけでショーンの一日は終わります。

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友人とか父親の友人というよりほとんどこの家の主婦と云ってもいいショーン。

そんなある日、
ダズが医者に余命2ヶ月と宣告されたことから、
ショーンはこれまでの自分の人生と
向き合うことになります。

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ジョークで場が一瞬和んだ直後の主治医からの余命告知。とっさに反応できません。

学習障害のため小学生の頃から
他の子供たちのようにスムーズに
読み書きができなかったショーンは

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級友の親からは「あの子と遊んじゃいけません」とい云われてしまうような子供時代。

同じように劣等生である親友のダズを連れ回しては
トラブルばかり起こしていました。

級友たちの親からも疎まれるなか、
母親の反対を押し切ってまで
2人と仲良くしてくれるのはケイティという少女だけ。

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その頃から友人はダズと初恋の相手ケイティだけでした。

やがて、3人は高校生となり、
ショーンとケイティは恋人として付き合い始めます。

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小中高校との長いつきあいです。

高校最後の夏
お嬢様育ちで大学を目指すケイティの励ましもあり
在学存続のための試験を受けるショーンでしたが、
試験場でうまく文字を書けないことにいら立ち
試験をボイコット。
さらに怒りに任せ、文字の書けない無用な右手を
万力で潰してしまいます。

お先は真っ暗。

すっかり学校から見捨てられてしまったショーンと
相変わらず劣等生のダズは、
図らずもその後の人生を狂わせるような事件を
起こしてしまうのでした。



ショーンとダズの関係は
友情と云うより腐れ縁に近いものです。

他の誰からも相手にされないため
いつも2人でつるんでいるうち
いつのまにか年を取ってしまって
それでもなおつきあっている仲です。

ショーンにとって遊べる相手はダズしかおらず
ダズにとっても遊ぶ相手はショーンしかいません。

大学進学で町を離れたケイティとはそれっきり。
ショーンはどこにも行くことができず
あの最高だった夏の日から
ずっと取り残されたままになっていました。

そう、唯一無二の友人ダズを失うことになるまでは。

一度、人生をドロップアウトすると
なかなか這い上がれないのはどこの国でも同じのようです。

それも小学生の時点で見捨てられてしまったらなおさらです。

学校の教師は誰ひとり手助けしてくれませんでしたし
理解してくれませんでした。

それは仕方ないことかもしれません。

ショーンは大勢いる生徒の一人にすぎないのですから。

一人でショーンを育てている母親もまた
自分の息子の学習障害に向き合うことができず
学校側に怨みを募らせるだけでした。

そこから上に上り詰めることができる人間も
中にはいるかもしれません。

でも、誰の手も頼らず上り詰めるのはやはり難しいことです。

大人たちが遠巻きにしているなか
唯一ショーンを支えてくれたのが、ケイティでしたが、
同い年の女の子では支えきることができませんでした。

それでも、人は生きていかなくてはなりません。

ショーンは自分が原因で障害者となったダズを介護することで
残りの人生を生きてきました。

学歴もなく障害も抱えている2人が
まともな職に就くことは難しく
ショーンのアルバイトのお金と
ダズの障害者手当だけが生活の糧でした。

それでもなんとか生きてきました。

大声で罵り合うこともありましたが、
大概のことは呑みこんで
ここまで2人で生きてきました。

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ダズばかりではなくダズが離婚後引き取った息子の世話もしなくてはなりません。

そのダズも余命宣言通り亡くなってしまいます。

ダズが亡くなった実感が湧かないのか
煙草で一服した後、
汚れ物を洗濯機に押し込むと
いらないものをごみ袋に捨て
黙々と部屋中の掃除をはじめるショーン。

トイレでようやく泣くシーンが素晴らしすぎて
言葉にできません。
(これが、ロバート・カーライルだからかもしれませんが)

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大切な人を失うということはこういうことなんですね。

その後、暖炉の前で放心状態になっているショーンを
ダニエルが気遣うシーンも素晴らしいです。

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実父よりもショーンを労わるダニエルはかつての彼らと同じ高校生。

ダニエルという存在を残したこの作品の作り手に
感謝です。

都会で弁護士をしているケイティとも再会を果たし
ちょっといい雰囲気になりながらも
もはや過去に囚われることなく
安易にハッピーエンドにならないところも良かったです。

地味ですが、こんなGEOの洋画コーナーの棚の隅に
ひっそり1本だけ隠れているのがもったいない映画です。

それだけに本当にもう、この邦題は…。

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