2013/3/29

元始、女性は実に太陽であった。真正の人であった。  MOVIE

本日のDVDは
第84回アカデミー賞で
イラン代表作品として外国語映画賞を受賞した「別離」

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と云う映画です。

毎度のことですが、
勉強不足のため私はイランという国がどういう国なのか
知りません。

知らないからこそ
行ったこともない他国の映画を見るということが
大切なのだと思います。



「ほんの小さな嘘から始まる、人生の落とし穴。」
というのがこの映画に付けられたコピーです。

この映画で主人公であるナデル(ペイマン・モアディ)は
たった一つ、
自分にとっては小さな
しかし、他人の人生を左右するだけの大きな嘘を吐きます。

ナデルの一人娘テルメー(サリナ・ファルハーディ)は
その聡明さゆえ父親の嘘を見抜きますが、
何故父親が嘘を吐かなくてはならなかったかも
聡明さゆえ理解せざるを得ません。

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洗濯機の操作方法をスイッチボタンのすり減り方だけで理解するくらい賢い。

やがて、ことが大きくなり
その嘘の真偽についてテルメーが
父親がついた虚言についての真偽を
担当判事に問われる際
ナデルは娘がどう答えるか
事前に打ち合わせなどせずテルメーの意志にすべてを任せます。

このことばかりではなくこの父親は、
常に娘の意志を尊重しているようです。

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娘の宿題を一緒に見て的確なアドバイスをするお父さんです。

その反面、母親のシミン(レイラ・ハタミ)は
夫とは少し教育方針が違います。

教師として自立した女性であるシミンは
女性の地位向上が諸外国と比べ格段に難しい母国イランにおける
テルメーの将来を心配し
一家での海外移住を望んでいますが、
直前になって夫であるナデルの父親が
重度のアルツハイマー症にかかり
父親を移住させることも一人残すこともできないナデルは
移住計画を断念。

「娘の将来がどうなってもいいのか!」
と、怒ったシミンは
ふがいない夫に離婚通告を突きつけます。


そんなふうに自国であるイランの教育を全否定した上に
脊髄反射的に「離婚!」とかどなりちらかせれると
イランの家庭裁判所も
シミンよりナデルの方に肩入れしたくなるようで

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この時点では気持ちは妻寄りでした。

離婚は却下。

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でも、アルツハイマーの老親の世話を放棄してまで子供の留学と云われると…。

怒りのおさまらないシミンは
価値観の相違で別居しています。

自分の実家に戻ったシミンは
その後幾度となく夫のもとに残した娘を
手許に引き取ろうとするのですが、
大概あっさり諦めて一人だけで帰ってしまいます。

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家を出る際、母が娘にかけた言葉がこれだけ。お札数えながら云われても…。

そもそも意見をたがえた時点で
娘の父親である夫ナデルには全く未練がないようですが、
どちらかと云うと
「自分が家族を捨てたのではなく捨てられた。」
と思っているように見えます。

ナデルが警察に拘留したときには保釈金を支払ってくれましたが、
それも「娘のため」前提です。

テルメーがいくら両親が離婚しないよう心を砕こうが、
ここまで気持ちが離れてしまっていると傍から見ても
「無理なもんは無理」
としか思えません。

シミンがナデルと別れてまで外国行きに固執しているのは
とにもかくにも「娘の将来のため」であるはずなのに
その大事な娘を
病気の父親の介護で忙しいナデルの家に置いて
自分だけさっさと実家に戻るというのもなんか変な気が…。

何もかも娘のために動いている割には
どういうわけかシミンの娘に対する態度は
あまりにそっけないのです。

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テルメーへの「さよなら」の言葉もガラス越しに背を向けてのものでした。

せめて「さようなら」をするときにぐらいは
目を合わせてあげないと…。

ナデルが拘置されたという連絡が入った際も
アルツハイマー症の義父だけ実家に連れ帰り
11才の娘を一人夫の家に残すお母さん。

それも一晩中。

優等生でしっかり者の娘さんですが、
まだ11才ですよ。

その後、
「この状況下かかってくるのはおそらく娘からだけ」
と思われる電話にも出ようとしないのは
ちょっと…。

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何故この日だけでも家に残って一緒にいようとしないのでしょうか?娘ガッカリ。

ようやく娘を実家に連れ帰ることができた時も
一方的に話を終わらせて

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この時点で娘には他の選択肢がないので渋々母に付いていくしかありません。

娘の気持ちはお構いなしなのです。

これが、母親が娘を連れ戻しにくるたびに見られる
いつものやり取りなのです。

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父親は娘の目を見てどちらの家に行くか選択させ

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母親は無言で固まる娘に背を向け一人外に出てしまいました。


父親のナデルはプライドの高さや欺瞞から
他人を傷つけてしまいますが、
それでも娘が父親から離れないのが判るような気がします。

妻の目からしたらこの夫、プライドばかり高くて
「ありえない。」かもしれません。

母親の目からしたら、一見突き放しているようで
それは娘の意思を尊重しているからなのかもしれません。

おそらくはシミンという妻であり母親は
とても「正しい人」なのでしょう。

でも、「正しい人」はその正しさゆえ
時として他人を寄せ付けないことがあります。

男の沽券のためシミンに「帰って来い」の一言が
どうしても云えないナデルも相当に頑固ですが、
シミンも折れないことに関しては同じように頑固です。

どちらも相手が折れるのを期待しているだけでは
進む話も進みません。

イランという国で女性として生きていくには
自分の意思を曲げないよう強くならなくてはいけなかったのでしょう。

家を出たシミンの代わりに祖父の世話をするため
ラジエー(サレー・バヤト)という女性が家政婦として
雇われますが、
彼女の夫は妻が外で働くことを恥と思っています。

しかし、夫が働かないためラジエーが生活費を稼がなくてはなりません。

それでも、頑として彼女の夫は納得しません。

そんな女性たちの姿を見てきているからこそ
娘には自由に生きさせたいと
シミンは海外移住を望むのです。

「男は外で仕事、女は家事と育児」という
役割分担が当たり前の社会の中で
シミンは抗って生きてきていますし
これまでの女性にはなかったシミンの新しい生き方を
ナデルもまた認めていたはずなのに
どこかでボタンを掛け違えてしまい
テルメーは父親か母親のどちらかを
失わなくてはならなくなってしまいました。

シミンの強さ、正しさは間違ってはいませんし
これはテルメーにとっても
今後生きるのに必要とされるものです。

でも、それではまだ両親に頼りたい
そして甘えたい盛りの娘にはちょっと辛いですよね。

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「ママさえ家族を優先してくれたらこんなことはならなかったのに…」
と娘が思うのも仕方ありません


やがて、ナデルとシミンの離婚が決まり
テルメーがどっちに付いていくのかを役人に伝えている間
2人が廊下で待つというシーンでこの映画が終わります。

テルメーがどちらを択んだのかは
誰にも判りません。

どちらを択んだにせよ、
自分の選択に後悔のないよう
テルメーには幸せになってほしいと思います。

父親の方も娘が自分で択んだ以上
どちらに転んでも納得するのではないでしょうか?

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なんでもかんでも娘の意志に任すのも狡いっちゃ狡いのですが…。

母親はどうか判りませんが…。


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タグ: 別離



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