2012/7/25

世界の真理は、その入口を発見することからはじまる  MOVIE

本日見た映画は
「素粒子」と云うドイツの映画

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です。

原作は
「フランス文学最大の衝撃作!」と謂われた
(らしい。訳本の帯文によると)
ミシェル・ウエルベック作「素粒子」
なる長編小説。

フランスの小説が何ゆえ
ドイツで映画化されたかは判りませんが、
TSUTAYAの棚でタイトルだけ見て
衝撃的に借りてきたため

この人が出てきて

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最初の出会いはご多分にもれず「ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア」

ようやく借りてきたのがドイツ映画と気がつきました。

ドイツ映画というと決まってこの俳優出てきませんか?
え?そんなの、私だけ?
それにしては何度見ても名前覚えてないんですけど。

モーリッツ・ブライプトロイ。

…。
あ、ゴメン。
私の記憶力じゃ無理。
モーリッツまではともかく、ブライ何?

顔は一度見たら忘れられない面相だというのに…。


それはさておき、「素粒子」という硬質な邦題は
確かにドイツ映画っぽいです。

映画から想像し得る原作のイメージは
勝手な憶測ながら日本における村上春樹。

特に「ノルウェイの森」の村上春樹。

いや、「ノルウェイの森」も原作は20年以上前に
一度ざっと読みしただけですし
松ケン主演の映画も見ていないので
非常に適当なことを書いていますが
イメージとしてはあんな感じです。

正直なところ、ちゃんと理解できていないんです、この映画。
映画でどういう人物のどういう人生が描かれているのかは
見れば判るのですが、
「で、何が云いたいの?」
と肝心なところが全く理解できていないのです。 

まあ、そういう映画です。






ストーリーをざっと追っていきますと

性に奔放で自由人である母親が育児放棄したため
(母親が、となれば当然父親も放棄しました)
それぞれ父方の祖母に育てられた異父兄弟。

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左は弟(理系)、右が兄(文系)。

弟ミヒャエルは有望な生物学研究者。

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生殖を伴うことなくクローン技術を用いて生命個体を増殖する研究をしてます。

研究室での仲間受けは悪くありませんが、
家族は子供の頃から飼っている青いインコだけで
そのインコは映画が始まって早々に死んでしまいます。
その家族を生ゴミとして捨ててしまうミヒャエル。
頭の中が理系なので仕方ありません。

そして、兄のブルーノ。

こちらは打って変わって高校の国語教師。

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妻と子(乳児)が1人います。

体の線が崩れ始めた妻では欲情できず、
とは云えまだまだやりたい盛りで
うっかり教え子の1人に手を出したところ
あっさり振られてしまい

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そのショックで精神崩壊。
そのまま精神病院にまっしぐら。

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問われるままに精神科医に生い立ちを話すブルーノ。

思い出の中の母親は息子の前で恋人とベタベタするわ

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この回想シーンだけ映像の色合いがはっきり異なる。

いきなり、存在すら知らなかった異父弟に引き合わせるわ

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右がブルーノの少年時代。これが成人してモーリッツになるとは信じられない。

弟の幼馴染の少女(非彼女)に向かってセックスを推進するわ

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そんなこと云われても返事の仕様がない子供たち。

と、埒外に自由人。
その母の影響か、
ブルーノは以降まともな性生活ができなくなってしまうのでした。

親が教育上によくないというのは
こういうことを云うのでしょうか?

片や、本当にやりたい研究だけをするため研究所を辞め
祖母の墓地移転に立ち会うため故郷に戻ってきたミヒャエル。

そこで、5歳のときから一緒に育った
幼馴染のアナベルに再会します。

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あまり近すぎる存在だったため却ってくっつかないいい例。

再会直後はぎこちなかったものの
離れて暮らした長い歳月
お互いがずっと想い合っていたことが判り、
ようやく結ばれる2人。

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一度キスを許すとその後の展開が早い早い。

ここまで来るのに
アナベルは複数の男性(女性とも)と関係し
ミヒャエルはこれが初体験。
ミヒャエルもまた母親の影響か、
性に関して潔癖なところがあったようです。

女は常に誰かに愛されなくては生きていけない。
男は愛するたった一人の女性を求めている。

これは後に出てくる兄ブルーノの恋愛にも同じことが云えます。

原作でも映画でも最も印象的なセリフとして

「同じ孤独に年取っていくといっても、男より女の方がずっと哀れだわ。男は安酒飲んで眠りこけ、口臭がひどくなっていく。起きればまた同じことの繰り返し。さっさとくたばってしまう。女は精神安定剤を飲んだり、ヨガをやったり、心理学者のカウンセリングを受けたり、ひどい年寄りになってもまだ生き長らえて、さんざん苦しむのよ。ひ弱になり、醜くくなった体をなおも売りに出して、自分の体がそうなってしまったことは充分承知しているし、それがまた苦しみにつながる。でもしがみつくしかない。なぜなら愛されたいという気持ちを捨てることはできないから、女は最後までその幻想の犠牲となるのよ。一定の年齢を超えれば、女にできるのは男のペニスにすり寄ることだけ。愛されることはもう二度とありえない。」

という言葉がありますが
この理念が深くストーリーの根幹にあるようです。

さて、兄の方は悶々とした現状を打開すべく女性の比率が高い
ヌーディスト村でのキャンプへの参加を決めます。

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ヨーロッパ式婚活ですな。

その前に実父の元を訪れますが、
自分の行く末を見るようで鬱がますます酷くなるばかり。

その頃、身も心も充実している弟は
愛するアナベルをドイツに残し
研究のため一旦アイルランドへ旅立ちます。

ヌーディスト村ではいろいろなカリキュラムに参加するものの
上手くいかない兄。

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2人1組のレッスンも体よくはぶられて男と組むことに…。

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キャンプファイヤーでこれはと思う女性を口説いても横から取られます。

しかし、たゆまぬ努力の末
腰痛持ちとはいえ、
母と同じようにセックスに対して解放的な女性
クリスチアーネと知り合うことができました。

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ブルーノを新しい世界に導くクリスチアーネ。

アイルランドで功績を認められた弟の元に
アナベルが子宮がんで倒れたという知らせが入ります。

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しかも妊娠中でした。

急いで帰国したミヒャエルは

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中学生のようなほのぼのカップル。

末期がんで余命いくばくもないアナベルと
共に生きることを決意します。

片や、ブルーノ。

乱交パーティに参加中にクリスチアーネがいきなり昏倒します。

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乱交パーティも日常のこととして描かれています。ドイツってそういう国なの?

クリスチアーネの腰はすでに壊死しており
両足は一生麻痺したまま
と、いう診断が下され

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女性の方が現実的です。

障害者となった彼女を
このまま一生暮らしていけるか悩むブルーノ。

ブルーノがうじうじと悩んでいるうちに
クリスチアーネは自ら命を絶ってしまい

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女性の方が現実的です。

ショックを受けたブルーノは精神病院に逆戻り。

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女性の方が現実的です。…いや、ほんとに。

心を病んだブルーノはクリスチアーネの幻覚を見るようになり
アイルランドへ移住する弟夫婦の誘いを断り
クリスチアーネと一緒に生きていくことを決めます。

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アイルランドの渡る前に兄を連れて海に遊びに出る弟夫婦。

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椅子が4つ用意されているのは、弟夫婦もそこにもう1人いるを知っているから。

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その姿は兄にしか見えないけれども。


というように、ストーリーを追う事はできるのです。
でも、理解した気には一つもなれないのです。

原作が高尚過ぎるからでしょうか?

エンドロールを見てその理由が少し判ったような気がします。

実は
この映画SFだったのですよ!!!
 
 
 

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