1960年前半(微妙)生まれの男の、映画について、音楽について、旅について、本について、そして人生とやらについてのブルース。自作の詩のおまけ付き。書いているのは、「おさむ」というやつです。
since 6.16.2005
To travel is to live. -H.C.Andersen
2007/3/31
涙がとまるとき
おさむ
ポスターを見る
まぶたを閉じる
まぶたを開く
ポスターが目に入る
会社の帰り
改札を抜けて
いつものプラットフォームAへ向かう
エスカレーターがゆっくりと動いている
ポスターはその側面にあった
そのポスターは歯磨き粉の広告で
売り出し中の20代の男が白い歯を見せながら微笑んでいる
まぶたを開いた瞬間に
左目の目じりに涙がひとつ浮かんで
見じりを落ちて
頬を流れた
たったひと粒の小さな涙で
エスカレーターのステップが終わるときには
乾いて頬の上の肌に消えてなくなった
あなたはその涙のあまりの小ささと
あっけなさに戸惑う
3ヶ月前に別れたばかりの男を思い出したのか
幸福ではなかった小学生のときの先生を思い出したのか
亡くなった父親の若い頃の写真を思い出したのか
その小さな涙の意味の在り処がわからず
その戸惑いがあなたをちょっと悲しくさせる
わけのわからない悲しみのせいで
また小さい粒の涙が目じりに浮かびそうになる
あなたは両目を少し細める
10年前に結婚を約束していた男が好きだった
あなたの癖だ
泣きそうになったときには
あなたはそうやって少し両目を細める
その男は
そんなときただ微笑みながら
あなたの右頬に左手を置いて
優しく撫でてくれた
10年前のことなのに
あなたはその右頬に優しく置かれたその左手が
優しく動く気配を記憶している
涙がかろうじて
とまる
週末前の夜の電車は込み合っている
春に向かう柔らかな空気に少しアルコールの匂いが混じっている
新しい企画が上司に認められ
部下からは先輩は私の理想の上司ですと言われた夜
あなたはシートに深く体を沈め
練り上げた企画と
それをサポートしてくれた部下のことを思う
ほんの少しうれしくなる
窓の外を流れる夜の闇
窓の外を流れる街の灯り
戸惑いの気持ちをどこかに蒸発させる
隣の席の若い女の甘い香水があなたの鼻をくすぐる
そしてその夜も
あなたは何もなかったかのように
眠りにつく前に歯を磨いたあと
鏡に向かって
イーダ
と声を出すのだろう
10年前にあなたの右頬に左手を置いていた男に教えてもらったおまじないを
全てを解決してしまう魔法の言葉であるかのように
鏡に映る自分に言い聞かせるように

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