今回は中川秀直が1月7日のNHK日曜討論で述べたことのうち、次の点に関して4つほどのことを述べる。
中川@カバ顔 曰く、
【3】何といっても正社員あるいは終身雇用の既得権がニート・フリーター・パートの問題解決を阻んでいる。壁をなくしていくことが大事である。
(1)労働規制を緩和すると、正社員が減って非正規雇用が増える。その基本的メカニズムについて。
「正社員や終身雇用の既得権」を崩すことが自民党労働政策の大きな(最大の?)ポイントであり、また、注意すべきレトリックである。
しかし、私が格差問題などを調べていて分かったのは、
この「壁」がなくなっていることによって、正規雇用の労働力がどんどん非正規雇用に置き換えられ、「労働ダンピング」が行われてきたという事実である。結論から言えば、
自民党は政策として、それをさらに進めようとしているようだ。
中川は、あたかもこの「壁」を取り払うことによって、非正規雇用の労働者が正規雇用の労働に就けるかのように言っていた。本当にそうなるだろうか?ならないだろう。主な理由だけ挙げよう。
そうならない理由は、正規と非正規の間の労働規制を緩和すると、
正規雇用が非正規雇用に置き換えられると予想されるからである。どういうことか?
例えば、現在は行ってよい仕事の種類などに規制がかかっているために、非正規雇用(派遣労働者など)を使うことができず、正規雇用が行っている仕事がある。確かに、こうして正規雇用者の労働条件が守られ、非正規雇用者は排除されてきた面はある。しかし、その「壁」を取り払うとどうなるか?言うまでもなく、今までは正社員にしかできなかったことを派遣やパートにもやらせることができる。そうなれば「割高な」正社員は企業にとって不要となり、派遣やパートでよいことになる。
こうして、
正社員をリストラしてパートや派遣を使う、ということが起こるだろうし、実際に起こっている(★注1)。自民党は、これをさらに進めようとしているのである。
以上が、自民党が言うように労働の規制緩和をする(壁をなくする)と正規雇用が非正規雇用に置き換わる基本的な理由である。
(★注1)実際、派遣労働が自由化された1999年度には107万人だった派遣労働者は、2005年度には約255万人にまで増えている。その上、派遣会社に支払われる料金も、派遣労働者が受け取る賃金も2年連続で減少している。(2006年12月27日asahi.comの記事より。)
「置き換わっている」という実態は、次の事実によっても確認できる。
1986年以降、労働人口は増加しているが、非正規雇用の割合は増えている。97年を境に正規雇用は減少し、それを上回る数の非正規雇用が増加するようになった。(中野麻美『労働ダンピング』p.3。)
(2)誰が得する政策か、考えてほしい。
さて、ここで注意してほしいのは、正規雇用を非正規雇用に置き換えたとき、「それまで非正規雇用だった人」が正規雇用になれるわけではなく、「正規雇用だった人」が解雇されて(同じ人または別の人が)非正規雇用として雇われるだけだ、ということである。
つまり、
決してパートやフリーター、派遣労働者の問題が解決されるわけではなく、むしろ、パートやフリーターが増えるだけである。その上、
現在、パートやフリーターである人たちが正規雇用になれるわけでもない、ということである。
(3)レトリックに騙されないでほしい。
「正規雇用の既得権」などと言われると、非正規雇用の人で、正社員の人と較べて自分は不当に扱われていると思いながら日々働いている人たちにすれば、感情としては「もっともだ」と思ってしまうかもしれない。
しかし、
それに賛成してみたところで(自民党を支持してみたところで)誰も得をしないし――企業の経営者や場合によっては大株主が得をするだけで――、現在、非正規雇用である人は、正規雇用になれる可能性はますます低くなるだけだ、ということは理解しておいた方がいい。
つまり、自民党の言う政策では、基本的には、現在、
正社員の人は強制的に派遣やパートにさせられ、現在、
派遣やパートの人は正社員になれずそのままなのである。
その上、
同じ条件の人たち[=非正規雇用]が増えるので競争は激化してますます給料は下がると考えるべきだろう(★注2)。
(★注2)実際に、2004〜2005年度の2年連続で派遣労働者は増えたのだが、派遣会社に支払われる報酬も、派遣労働者個人に支払われる給与も減っている。
「派遣元に支払われる派遣料金は、派遣会社に登録する一般の派遣では平均1万5257円(8時間換算)、派遣会社が正社員として雇っている特定労働者派遣で2万3028円と、それぞれ同4.4%、同10.1%減った。派遣労働者が受け取る賃金も登録型で1万518円(同7.8%減)、特定で1万4253円(同10.9%減)と、統計を取り始めた04年度から2年連続で減った。」(asahi.com 2006年12月27日)
実際に、たった1年で約5〜10%も収入が減っていることがわかる。これを加速させるべきですか?
(4)目指すべき方向性についての走り書き
ちなみに、本当に「企業」ではなく「国民」のため、と考えているなら、例えば、次のようなことが必要だろうと私は考える。差し当たり4点だけ述べておく。
◆
「やらなければならない仕事の総量」を増やすための手立てを講じること。消費を喚起するため相対的に平等な所得分配にしたり、年金を保険料方式から税方式への本格的な転換により安定性を高めることなど。
◆
派遣労働を正規雇用に再吸収する方向での労働規制の強化や
パート、フリーターの給与水準をできる限り正社員に近づける方向での所得格差の解消。
◆
非正規雇用労働者の各種待遇の改善のための規制強化。
◆労働市場を歪めない社会保障制度と税体系の構築。例えば、医療保険や年金保険料の企業負担は廃止した上で、累進消費税で社会保障費を賄う方式に転換しつつ、法人税の累進性と税率自体の両方を高めるなど。
次回以降は【4】の公務員の問題と【5】のホワイトカラーエグゼンプション(
残業代をゼロにすることで過労死を促進する制度)について述べるが、基本的には今回述べたこととほとんど同じ問題であることがわかるはずである。
(つづく)

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