2005年12月の写真。
「今年は戌年ですが、何か犬に因んだやうな新年に相応しいお話はありませんか。」と、青年は訊く。
「なに、戌年……。君たちなんぞも干支をいふのか。かうなるとどつちが若いか分らなくなるが、まあ好い。干支に因んだ犬ならばハガキ作成ソフトの中をさがして歩いた方が早手廻しだと云ひたいところだが、折角のお訊ねだから何か話しませう。」と老人は答へる。
「ありがたうございます。ぜひ聴かせて下さい。」
「どうで私の話だから昔のことだよ。その積りで聴いて貰はなけりやあならないが……。西暦でいふと2005年の暮れも押し迫つたころだ。例のごとく写真機をさげて赤羽のへんをうろうろしてゐるうちに、日が短い時分だからはや日が暮れかかつた。桐ヶ丘のアパートの給水塔の上の方にはまだ日が当つてゐたが、地面のあたりはもう薄暗くなつてきてゐて、あとどれくらゐも撮影できないと思ふと気がはやる。ファインダーの中のフレーミングばかりに気を取られてゐた。それで足許がお留守になつた。右足の靴が、ぐにゆつとしたものを踏みつけた。感触からすれば間違ひない。犬の糞だつたよ。」
「おやおや、とんだ災難でしたね。それで、どうなさいましたか。」
「どうもしやしない。公園の枯芝生に入り込んで、靴底をなすりつけただけさ。まあウンがつくと云ふ位だから、新年に相応しいおめでたいお話さね。」
青年は、おめでたいのはそつちの頭だらう、とでも云ひたげな顔で、気の抜けた麦酒を呷つた。