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2009/12/1

おかもとたろう。  アート

11月11日。


今、開催されている『HAPPY I LANDより愛を込めて』の打ち合わせがてら、

県立博物館で開催されていた、
『岡本太郎の博物館 はじめる視点 博物館から覚醒するアーティストたち』
を観てきた。



猪苗代には白鳥が舞い降りており。。。

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樹々は真っ赤に染まっていて。。。

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博物館での企画展にしては画期的な催し。


岡本太郎というと、「芸術は爆発だ!」のイメージ。

何冊か本は読んだことがあった。


この企画展は、岡本太郎が民俗的な日本のモノを収めた写真と、

それに岡本太郎の著書からのコトバが添えられていた。


それが、ぐいぐいと掴まれるような、土臭い匂いに満ちた写真。

そして、それらの写真から感じる土臭さがなぜ生まれてきたかというのを、よりくっきりと浮き彫りにする、コトバの数々。


久しぶりに、鳥肌がたつ思いだった。



その中でも印象に残った言葉を以下に。


「素人が素直に直感で見ぬくものが、案外本質であり、尊い。お茶が芸術であるならば、そのような素人を相手としてこそ、新鮮に生かされて行くんであって、もし玄人だけでいいんなら、こんな会をやる意味もないんじゃないかー」



「なるほど実際は泥のようなものなのかもしれない。しかしそのままズバリとむき出しにしたら、決してそれは泥くさくないのだ。よごさないきれいな手で、日本画風に描いたり、民芸調などという気どった趣味で、土産物にして売りだしたりすると、とたんに鼻もちならない、野暮ったい形式になってしまう。現実性を失うからこそ、かえって泥くさいのだ。」



「繰り返して言うが、これらは見せるために作られたのではない。てらい気もなく、見せようという意識もなく、民衆の生活そのものの中から自然に凝縮し、あふれてきた姿。そのデリケートで気品にみちた凄みに圧倒される思いがする。」




モノを生み出す、隅っこながらもはしくれとして、沁みてくる言葉であったし、

うっすらと感じていたことを、明確にしてくれた感じがして、細胞が開く思い。




常設展では、県内のアーティストたちが、展示物からイメージした作品が紛れ込んでいた。



なんでここ?というのも中にはあったが、

ないす!

と思わず叫ぶほどにぴったりはまっているものもあった。


印象に残ったのは、金山忍さんの陶の人形がかくれんぼをしているように展示物に隠れていた作品。

安斉重夫さん鉄の作品。

鉄砲に紛れて置いてあった、安藤栄作さんの武器のような木の作品。

石川進さんの、印で作ったアンモナイトなどの古代生物。



そして、一番心にはまったのが、江本創さんの標本。

化石の展示室にあったのだが、すべて架空の生物。

あまりに自然すぎて、通り過ぎてしまいそうになったのだが、よく見るとあり得ない生物。


実際、子供たちは本物だと思っていたそうだ。



昔の人の生活で生まれたモノたちから得た、エネルギーとインスピレーション。

そこにユーモアを交えた表現。


こんな企画、なかなかなくて面白かった。




博物館の中で、平山素子さんによるダンスパフォーマンスもあったらしく、
プロジェクターで流れていたのだが、

資料ケースから出てきて、妖艶で、しなやかなエネルギーの動きでのパフォーマンスは、VTRで見ても感じるものがあった。




それにしても、岡本太郎はすごい芸術家だ。

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