2012/5/22  20:31

目は塗装じゃなく電飾で  ずいぶん前の話

昨日眺めていた小松崎茂の画集。

バンダイボックスアートコレクション 小松崎茂
バンダイボックスアートコレクション 小松崎茂

巻末に対談記事が掲載されていて、そこで池田憲章さんが「同じ時期に『テレビマガジン』や『テレビランド』でもイラストの時代が終わるんですよ。そして一斉にセル画に変わるんです」とおっしゃっていた。



「同じ時期」というのは、「宇宙戦艦ヤマト」がブームになり、「機動戦士ガンダム」が始まるあたりの頃のこと。

そう、オリジナルのイラストがだんだん減っていって、セル画やスチル主体になってゆく流れ。

小学生だった自分も、それを歓迎していた。

たぶんその頃は多くの子供がそういう好みで、実際、アンケートなんかにもそれが反映されていたんだろうなぁと思う。

当時、オリジナルイラストがメインの記事が掲載されていると、「何だコレ、似てないよ」とか「こういう絵、好きじゃない」とか、どうしても否定的に見てしまっていた自分。

「テレビとは違う絵」が掲載されていることにかなりの違和感があったのだ。

それと、イラストだと何となく「安手の子供だまし」風に感じたりもして(パチもんのメンコをもらったときのような、いわゆる“コレジャナイ”感)。

掲載されているコミカライズ作品についても同様で、石森章太郎や永井豪本人ではなく、プロダクション名義だったり、あまり聞いたことのない人が描いていたりで、その絵柄に関しても、テレビで放映しているものとはかなりのギャップがあった(当時は「弟子」が描いているんだから「ヘタ」なのもしょうがないか…なんて思っていましたが)。

ほとんどの場合、ストーリーも超単純。

コミカライズだと、アニメよりも実写作品のほうが違和感が大きくて、「何だよこの子供みたいな本郷猛…」という感じで、よくガッカリさせられた。

後年、村枝賢一さんの「仮面ライダーSPIRITS」の連載が始まって、最初に読んだとき、めちゃめちゃ感動したのは、「映像作品がそのまま再現されたような絵柄」だったこと。

「俺の求めていたライダーの漫画って、こういう絵柄のヤツだよ!」と狂喜した。

新 仮面ライダーSPIRITS(3) (KCデラックス)
新 仮面ライダーSPIRITS(3) (KCデラックス)

それまでのライダー漫画は、石森章太郎先生の原作版のデザインが根底にあったせいか、ライダーアンテナは「昆虫の触角(単体だとミミズのようにも見える)」風に描かれることがほとんどだった。

仮面ライダー (1) (中公文庫―コミック版)

「スーツのしわ」の描写なんて全然なくて。

いわゆる「テレビに出てくるままのマスクやスーツ」の形で描かれてはいなかった。

「仮面ライダーSPIRITS」だと、本郷猛や一文字隼人も、実際の役者さんに似せて、かつ、カッコよく描かれてるんだもんなぁ…アレはうれしかった。

あれれ、でも…ちょっと違うケースもあるな。

俺、「ザ・ウルトラマン」に代表される内山まもる先生のウルトラ兄弟の漫画もめちゃくちゃ好きだ。

ザ・ウルトラマン (3) (小学館コロコロ文庫)
ザ・ウルトラマン (3) (小学館コロコロ文庫)

あれは決して「映像作品に忠実な絵柄」ではなかった。

レオはよく口を開けてしゃべってたし、エースはわりとおふざけキャラだったような印象がある。

でも、“コレジャナイ”感は全然なかったな。

というか、テレビとは違う独自の作品世界にとことんしびれていた。

うーん、そうか。

必ずしも「映像に忠実だからイイ」ってことでもないのか。

やっぱり、「カッコいい」と思えるかどうかってことか。

確かに、その頃の小学館の「てれびくん」だと、ウルトラ兄弟のスチルが載ってても、「安っぽいプラスチックみたいな素材で、まっ黄色に塗られた目のマスク」だったりしたんだよね。

スーツも筋肉部分の盛り上げなんかほとんどない平板なヤツで。

実際にそうだったのかは知らないが、その手の写真を見るたびに、「アトラク用(のスーツ)かよ…」なんて、覚えたての言葉でマニアックにガッカリしていたもんだ。

しかし、当時、好きじゃなかった描きおろしのオリジナルイラストを今見ると、宝物のように思えるのは、どういうことなんだろう。

懐古趣味のおっさんになっただけっていう話なのかな!?
0

2012/5/12  23:42

使命と義務  日常生活

カミさんによれば、来週の土曜日は次男(小2)の運動会とのこと。

しかし、例によって、全然行く気の起こらないワタクシ。

仕事の帰り道、「なんで自分には子供の学校行事に参加しようという心がないんだろう?」と自問自答しながら歩いていた。

けど、よくよく考えてみると、すべての行事に参加したくないワケでもないんだなということに気づいた。

長男のときも次男のときも、幼稚園〜小学校を通じて、入園・入学式と「最初の参観日」だけは、自分も必ず参加しているのだ。

その時期は、確かに自分の中に「現場に行って、どんな様子か見届けたい」という気持ちがある。

そして、その後は行事への参加意欲が急激に薄れ…というかほぼ消滅するという流れになる。

そこでまた考えた。

学校行事への参加は「親の義務」なのだろうか…と。

いやいや、「義務」じゃなくて「使命」と考えるべきなのかな…と。

クリックすると元のサイズで表示します

ここで気づいた。

自分の場合、「使命感」に動かされているうちは自発的に参加するが、それが「義務感」に変わるにつれて、イヤになっているんだなぁ…と。

クリックすると元のサイズで表示します

ほかの保護者の皆さんは「使命感」で参加しているのか、それとも「義務」として参加しているのだろうか。

クリックすると元のサイズで表示します

ちょっと気になった。

あ、それと同時に、ライダーカードの裏の文章によくある「○○のしめい」パターンも思い出しました。
0

2012/5/2  23:29

3年  RC・清志郎

2012年5月2日。
清志郎がこの世からいなくなっちゃってから、今日で3年。
もう3年になるのか、と思ったり、まだ3年しか経ってないのか、とも思ったり。
「野音の清志郎」ってどうなっちゃったのかな?
0



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ