2009/5/31  22:16

珠玉の2枚  RC・清志郎

各方面で評判のいい「TVbros.」の清志郎追悼号(←勝手に名づけてます)。

自分もすごくいい特集だったと思います。

けど、ちょっと残念だったのが「忌野清志郎アルバムダイジェスト」のページ。


「2・3's」がとりあげられていない…。


しかも「Memphis」のところではこう書かれてしまっている。


「もっともその後はファンの間でも評価の低い2・3'sでの活動に入るんだけど(笑)」


文末に「(笑)」まで入れられちゃってる…。

2・3's、かなり好きなんだけどなぁ。

こういう扱いになるのが昔からちょっと不思議。


GO GO 2・3’S
GO GO 2・3’S

MUSIC from POWER HOUSE
MUSIC from POWER HOUSE
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2009/5/29  19:02

41歳の岐路  

僕は中小企業で働いています。
仕事のほぼ99%は、とある1社からの受注。
資本関係こそないのですが、実態としてはほとんどその会社の下請け業といってよいでしょう。
そして、今回、僕が所属している事業部が、とうとうその会社に「事業譲渡」されることになりました。
その会社が100%出資で設立する新しい完全子会社。
そこの社員になって働きなさいとのお達しです。
これまで、クライアントの担当者として、こちらが平身低頭して接していた人たちも「出向」という形で子会社に加わります。

これが悩まずにいられようか…という感じです。

今日は、今、勤めている会社に「新会社への移籍についての同意書」を提出する期限となる日でした。

結構大きな岐路です。

しかし、同意書を手渡されたのは火曜日。

3日で決めろ…ってことですか。

しかも実質的には「移籍せずに残留」という選択肢は用意されていません。

昼、やや不本意ながら、総務に同意書を提出し、午後はそのまま半休にしてしまいました。

担当業務が変わるのがゆううつですね…。
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2009/5/27  21:45

TVBros.  RC・清志郎

何か書こうと思っても、考えが全然まとまらない。

アタマの中も心の中も、清志郎のことだらけ。

今日、発売になった「TVBros.」。

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表紙の左上には「忌野清志郎追悼」の文字。

写真もすごくいい。

巻頭の特集に、元マネージャーの小山哲さんが加わっているのがとてもうれしい。

いろいろな人が清志郎についてのエピソードや、追悼の言葉を寄せている(特集ページ以外でも)。

そしてまた、新たな悲しみにおそわれてしまう…。
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2009/5/10  2:35

青山  RC・清志郎

早くから現地に行っていたうりこさんからのメールや、ネット上の情報などから、会場周辺の混みぐあいが、自分の予想をはるかに上回っているレベルであることに驚愕させられました。

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(↑うりこさんから届いた画像です)

正直なところ、5時間待ち、6時間待ちなんて、今の自分には到底無理…。

で、結局、夕方の時点では、行くのを「断念」していました。

しかし、やっばりどこかにモヤモヤした気持ちも残っていて、結局、かなり遅い時間になってから現地に出向くことに…。

23時過ぎに会場に到着すると、ホントに惜しいことに、タッチの差で門が閉められた後でしたが、門の前に到着した、自分と同じような立場のファンの人たちとしばらく門の前にたたずみ、清志郎にお礼を言ってきました。

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うりこさんに画像をもらっていた「忌野清志郎 葬儀式」という看板が見えていたのがうれしかったです。

会場のようすや、まだ周辺に残っている人たちの雰囲気なんかを実感できたのもよかったし。

自分のヘタレさが招いた、ちょっとさえない結果ですが、清志郎に、ごく自然に「ありがとう」と言えたので、やっぱり現地に行ったのはよい選択だったと思っています。
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2009/5/4  20:22

現実のこと  RC・清志郎

今回のことを「現実のこと、本当のこと」として受け止めるには、ものすごく時間がかかっている。
今もまだ、心の片隅には「これは、本当に本当のことなんだよなぁ…」というような気持ちがあったりして。

これまでは、スポーツ新聞や雑誌から清志郎の記事を切り抜いて保存しておくというのは、ささやかな楽しみのひとつだった。

けれど、昨日は、テレビや新聞などでの清志郎に関する報道には接したくない、見たくないという気持ちが強かった。

各スポーツ紙で大々的にとりあげられているのもわかっていたけれど、今回の内容は、自分が読みたくなるようなものではない。

もし、そのスポーツ紙を買ったとして、いったいどう扱えばいいのだろう。
普通の新聞のように読んで捨てることなんてできない。
かといって、保存しておく気にもならない…。
そういうことで葛藤したりもしていた。

昨日はカミさんと子供たちが外出していたので、夕方からはひとりだった。
夜遅く、牛乳がなくなったので、コンビニに買いに出かけた。
そのとき、まだ、店頭には一面に「清志郎」という大きな文字を載せたいくつものスポーツ新聞が並んでいた。
そのなかで、日刊スポーツの「清志郎が死んだ」という見出しが目をひいた。
Blueさんのページの記事を読んでいたので、日刊スポーツの記者さんが清志郎に思い入れのある方だということは認識していた。
清志郎のことを好きな人たちの心の中をそのまま表現したかのような見出し。
その見出しに心をつかまれて、日刊スポーツを買う決心をした。
まだちゃんとは読んでいないけれど、そんな新聞が部屋にあると、今回のことをなんだか事実として認めざるを得なくなってくるものだなぁと思った。

今日は朝から外出していた。
夕方、外出先から帰ってきて、PCを立ち上げたら、竹中直人の写真と清志郎の密葬の記事が「日刊スポーツ」のサイトのトップ記事になっていた(ウチはブラウザを立ち上げると、まず、日刊スポーツのサイトにつながるように設定されているのです)。
記事の中に出棺という言葉があった。

自分の思考回路が停止している間に、現実はもうそんなことになっているのか。


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