2016/12/27

3942:ファイブイヤーズ  

 そこでは、時間の堆積が下へ下へと向かっていくのか、店の中の空気感は静かに淀んでいた。店内に入り、いつものようにカウンター席に座った。

 珈琲を頼んだ。女主人は珈琲豆を電動ミルで挽いて、さらにそれを「チャフノン」に入れる。珈琲豆を挽いた時に出る微粉や渋皮は珈琲の雑味の原因になるようで、この「チャフノン」は、そういったものを見事に除去してくれる。

 そして、茶色のぺーパーフィルターに粉を入れて、取っ手部分の柄が木になっているドリップサーバーで、ゆっくりと珈琲を淹れていった。

 その細い湯は、静かに湯気を空間に発しながら緩やかな弧を描いて落ちていった。砂時計の砂の流れを思わせるその細い湯の流れは、途切れることなく珈琲の粉の中へ入り込んでいき、やがてコーヒーカップのなかに黒い液体となって流れ出していた。

 「Mimizuku」の珈琲は雑味のない澄んだ味わいをしている。小ぶりなカップに入れられていて、お揃いのソーサにそのカップは乗っている。

 白い地に幾何学模様が描かれたこのカップとソーサーのセットは、どのくらいの年月この店で活躍しているのであろうか・・・数年ではない長い年月であるような気がする。10年・・20年・・・あるいは30年以上であろうか・・・

 カウンターに何気なく置いてあるSONY製のラジカセは、静かに音楽を流していた。カセットテープではなく、FM放送が流れていた。ラジカセの背面に取り付けられている銀色のアンテナは伸ばされてちょうど45度の角度で空間を仕切っていた。

 珈琲が出来上がった時、FM放送はデビッド・ボウイの「ファイブイヤーズ」を流していた。年末のこの時期は1年を振り返る時期である。

 その曲を聞き流し、珈琲の香りに鼻孔を揺らした。そしてその珈琲をゆっくりと飲んだ。次にFM放送から流れてきたのは同じくデビッド・ボウイの「ジョー・ザ・ライオン」であった。

 どうやらデビッド・ボウイの特集をしているようである。そうやって世間は1年を締めくくり、過去の倉庫へ送り出そうとしているかのようである。

 「Mimizuku」で珈琲を飲んでいると、そんな1年の区切りがそれほど意味のないもののように思えてくる。

 逝く人は逝くにまかせ、時間は堆積にするにまかせ、ただただ雑味のない珈琲を味わうように、人生をやり過ごせばいいような気になってくる。



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