2016/9/24

3847:工藤アンプ  

 Iさんが現在お使いのLUXMAN PD-441が納められているイギリス製の古いキャビネットの下部には、工藤氏が製作したプリンアンプとパワーアンプがひっそりと納めらていた。工藤氏が作り出すアンプ群は、精緻な音世界をこの美しい空間にさっと構築する。

 工藤氏にお会いしたことはないが、Iさんによると「求道的な完璧主義者」とのことで、工藤氏にアンプの制作依頼をしても、その依頼したアンプが出来上がり、依頼者の手元に届くまでには相当な月日の経過が必要なようである。

 私が知っているウルトラマニアの中にも「工藤アンプ」を使われている方が若干いらっしゃる。そして、それらの方が口を揃えて「一旦使ってしまうと元には戻れない・・・」と話されていたのが印象的であった。

 Iさんも「工藤アンプ」に辿り着くまでには、マッキントッシュ、クオード、マランツなど、有名なメーカーのアンプを使われてきたとのことであった。

 そういったアンプの変遷の歴史に関するお話も興味深いものであった。さらに専門でいらっしゃる美術、特に現代美術の作家とのかかわりについての話は、汲めども汲めども尽きないという感じであった。様々な作家のまだ無名であった時代の話などは、聞いていてとても刺激を受けた。

 Iさんのレコードのコレクションの量は膨大である。幾つかの部屋がレコードで埋め尽くされているとのこと。このリスニングルーム兼リビングルームにも特注で作られたレコード棚がリスニングポイントから見て右側の壁に置かれていて、その中にレコードがぎっしりと詰められていたが、それは膨大なコレクションの一部に過ぎない。

 その中の何枚かを実際に聴かせて頂きながら、合間合間にお話を伺い、美味しいケーキと紅茶を頂いた。

 Iさんのリスニングルーム兼リビングルームでは、スピーカー以外のオーディオ機器は使わない時は古いキャビネットの中に納まり蓋が閉められると全く目につかない。

 TANNOY GRFはヴィンテージ製品のほとんどがそうであるように、その姿形が部屋に馴染み、家具とほぼ同じ立ち位置に立つことができる。

 そのためIさんのオーディオ機器は部屋と見事に調和し融合する。リビングルームとしての品位・品格というものを汚すことがまったくないのである。

 「これはオーディオのあり方としての一つの理想かもしれない・・・」そんな風にも思えた。そんなIさんのリスニングルームの清澄な空気の中にいると、先日「ゆみちゃん」との「あの日」の夜に一緒に行ったイタリアンレストランの風景がふと思いだされた。

 そのレストランは彼女の部屋から徒歩で10分ほどのところにひっそりとあった。住宅街の一角であるので、知る人ぞ知る的な店である。

 清潔な店内は、アットホームな雰囲気であった。小さな店で二人掛けのテーブル席が2つに、四人掛けのテーブル席が二つあった。

 ご夫婦で店を切り盛りされているようであった。そんな店の片隅にとても古いオーディオ機器が置かれていた。

 ビクター製の一体型のもので、作られたのは1960年代前半であろう。上部にターンテーブルと真空管式のレシーバーが内蔵され、下部にスピーカーがある。そのかわいらしく懐かしい「工芸品」は小さいながらも、異様なまでの存在感を主張していた。

 食事を運んできた奥様に確認すると、「今でもちゃんと動くんですよ・・・専門の方に直してもらったんです。もう50年以上も前のものですから・・・もしよかったら、お聴きになりますか・・・?」との返答を得た。

 「お願いできますか・・・?」

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 棚からレコードが一枚取り出され、歳の頃50代半ばと思われるその奥様は手慣れて感じでレコードをセットした。アームを右手で少し移動して針を盤面に落とした。

 店の中にはバッハの無伴奏ヴァイオリンソナタが静かに流れた。得も言われぬ音は、微妙な関係の二人の足元を擽る猫のようにゆったりと軽くうねるりながら流れていった。

 美味しいレストランであった。平日の夜であったので私たちの他には、60代と思しき夫婦とその知人らしい3名の客が少し離れたテーブル席に座ってるだけであった。

 彼女は饒舌であった。ワインにほんのりと顔を赤らめていた。私は車の運転があるのでノンアルコールビールを飲んでいた。

 居心地の良い空間で思わず見かけた古いオーディオ機器に心が緩やかに整形された。Iさんのお宅にも、その時のレストランと同じ空気感を感じた。

 「居住まいの良さ」とでも表現したいものが、共通していたのであろう。そこには貪欲さはなく、雑然とした感じとは無縁であり、時間も空間も実に清澄であった



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