2015/6/24

3384:自閉症  

 「この曲聴くといつも泣けてくるんですよね・・・」

 「ゆみちゃん」はそう言って、ナポリンタンを頬張った。そしてアイスコーヒーを勢いよくストローから喉に流し込んでいた。

 「ジムに行った時には、ジムのシャワーを浴びて帰るんです。だから自宅の水道光熱費も少し節約になるんですよ・・・」

 「普段はお風呂に浸かる派・・・?それともシャワーで済ましちゃう派・・・?」

 「だいたいシャワーで済ましちゃう派かな・・・冬はお湯に浸かることが多いけど・・・結構めんどくさがり屋というか、せっかちなところがあって、シャワーだけだと時間も短くて済むし・・・水道代やガス代も少し助かるような・・・」

 「節約家だね・・・」

 「一人暮らしは大変なんです・・・」

 「和歌山に帰ろうとは思わないの・・・?」

 「時々考えます・・・でも実家は実家でいろいろ大変なんです・・・自閉症って知ってます・・・?」

 「自閉症・・・?まあ、詳しく知ってるわけではないけど、知ってるよ・・・脳のどこかしらに疾患があって、自分の思いと行動との連携が普通にいかない病気だよね・・・」

 「弟が自閉症なんです・・・家族は弟に振り回され続けているんです・・・」

 「そう・・・じゃあ、ご両親は大変だね・・・」

 「子供の頃から両親は弟のことばかり気にかけていて、まあ、しょうがないんですけど・・・」

 「去年だったかな・・・自閉症の男性が書いた本が話題になっていたよね・・・奇異な行動とは全く別の思いが内面に存在することが書かれていて・・・」

 「『僕が飛び跳ねる理由』でしょう・・・読みました。あれを読んで、随分心が楽になったんです。心のどこかで、弟のことを少し憎んでいたんです・・・私・・・。でも、なんだか楽になりました。表面的には弟の行動はどうしても理解できないことばかりなんですけど、心の中では家族に迷惑をかけていることをすまないと思っていることが分かって・・・本人が一番苦しんでいるんだなって・・・ボロボロ泣いちゃいました。」

 「ご両親も読んだ・・・?」

 「読んだみたいです・・・感動したって言ってました。」

 「もしかして、東京に出てきたのも、弟の影響があったのかな・・・?」

 「きっと、そうかも・・・離れたかったのかも・・・弟のいる環境から・・・」

 小1時間ほど彼女と話した。その間店には新たな客は来なかった。女主人はカウンター内の奥に置かれた椅子に座って本を読んでいた。

 「もう行かなきゃ・・・」

 彼女は腕時計を確認してそう言った。

 「じゃあ、ジムで頑張ってね・・・」

 「ええ、頑張ってきます・・・」

 彼女は勘定を手早く済ませて、ドアの外へ出ていった。入ってきた時と同様に、ドアに付けられている鈴が乾いた音を鳴らした。

 「カラン・・・カラン・・・」

 今度は2度であった。その回数を確認してから、SONY製のラジカセのEJECTボタンを押して、カセットテープを取り出した。そのカセットテープをケースに入れて、箱にしまった。

 店の窓からは天気予報どおり降り出したらしい雨の音がかすかに漏れてきていた。「雨の街を」の歌詞がふと思いだされた。



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