2014/6/23

3019:ヘンデル  

 ヘンデルのヴァイオリンソナタ第4番は、スザーネ・ラウテンバッハの演奏のレコードで繰り返し聴いていた。我が家では最も数多くLINN LP12のターンテーブルに乗る一枚である。

 それだけに脳内ではこの曲の確固たる一つの完成形が出来上がっていた。そういったものが脳内に出来上がると、その完成形とずれる造形に対しては少しばかり違和感を持ったりする。

 その刷り込まれたものが純粋に優れたものであるか否かというよりも、それが「家庭の味」のように舌に馴染んでいるので、それと違う味わいが舌の上に乗ると、「これは違う・・・」という警告が舌から脳内に伝達されるかのようである。

 昨晩Aさんのリスニングルームで聴いたローラ・ボベスコの演奏によるヘンデルのこの美しいヴァイオリンソナタも、最初の一音からして私の脳内に形成されてたいた「完成形」と大幅にずれるものであった。

 最初は「何だこれは・・・」とあっけにとられた。まったく異なった曲に感じられるほどに、ボベスコの演奏は、異なった風景を私に提示したからである。

 全く異なった角度と斜度により照射された光りによりあらわれる新たなヘンデルに一時とまどった。しかし、躊躇されたのは一瞬で、やがてその照射される光の持つ芸術性のなかに埋没していった。

 「これは夕闇せまる夕暮れの光であろうか・・・ラウテンバッハの光は明けがたの光であり、生まれたての無垢の光であり、東の方角からもたらされるのに対して、ボベスコの光は西の方角からもたらされ、その光には傷があり憂いの様相を含んでいる・・・」

 そんなことを漠然と感じた。

 ボベスコのヘンデルは一つの完成した芸術性を感じさせるものである。月の表と裏で言うと、ラウテンバッハが表でボベスコが裏であろうか・・・両者が一つになると立体的な月が完成するかのように、私の脳内では丸い満月が完結したような充足感をもって、このレコードを聴き終えた。

 実にすばらしい演奏である。いつか、このレコードが私の貧弱なコレクションの一員に加わってくれることを祈ろう。

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