2012/2/25

2172:猫の目  

 「それで、どういった話になったのですか・・・ご主人はなんて・・・」

 彼女の瞳を見つめながら、一番訊きたいことを言葉にしてみた。彼女は表情をそれほど変えなかった。その瞳の奥底にも悲しみの色合いが濃く広がることはなかった。

 その瞳を見つめながら、猫のような瞳の色合いだと感じた。喜びや悲しみと言った一言で言い表すことのできる感情ではなく、もっと複雑に入り組んで、表現しがたいものが流れているようであった。

 「主人は、しばらくして、その女性を一人で帰したんです。その店のすぐ側に住んでいるようで・・・歩いて帰れると・・・こわばった表情で頭を下げて、無言で彼女は帰りました。」

 「主人と二人きりになると・・・改めて謝ったんです。これまで惰性で続いてきてしまったその女性との関係は、今後断つと、言いました。」

 「家庭を壊す気はないと・・・相手の女性は独身で、まあ、いわゆるバツイチなんですけど、彼女も結婚を望んでいるわけではないと、彼は言います。」

 「そうですか・・・じゃあ、良い方向に向かいそうなんですね・・・」

 「ええ、彼の言葉を信じるならば・・・そうなるでしょうか・・・」

 「それにしても、私が居合わせなくて良かったですね・・・私がもしその場に居たら・・・本当に複雑怪奇で収集のつかない事態になっていた気がします。」

 「そうですね・・・そうなっていたら・・・四人が四人、目を白黒させていたでしょうね・・・本当に・・・おかしい・・・」

 彼女は少し微笑んだ。それにつられて私も微笑んだ。店内は相変わらず空いていた。コーヒーの香ばしい香りはゆっくりとその広い空間を流れていた。

 「ご主人を信じますか・・・」

 「半信半疑かも・・・」

 「でも、ご主人ももしかしたら、これが良い機会だとだと思ったのかもしれませんよ・・・不倫はそうは長く続かないものです・・・これで相手の女性にもはっきりと切り出すことができる・・・そう思ったのかもしれません・・・」

 「そうでしょうか・・・相手の女性はどうなんでしょう・・・」

 「彼女も大人の女性ですから、事の次第を飲み込むでしょう・・・相手の男性の家庭を壊してまで・・・と思うんじゃないですか・・・」

 「そうでしょうか・・・」

 「昼のメロドラマのように修羅場にはならないと思いますよ。現実は静かに淡々とことが進むことの方が多いですから・・・」

 「淡々と・・・静かに・・・」「寧々ちゃん」は私の言葉を繰り返すようにつぶやいた。その目は何かを思案しているように見えた。

 その考えを先取りする形で、「じゃあ、私たちも二人っきりでは会わない方がいいでしょうね・・・」と彼女に話した。

 そう言ってからこの場の空気が重くなるのを避けるように「少なくとも、裸で抱き合って寝ない方がいいでしょう・・・」と続けた。

 彼女はまた少し微笑んだ。そして、少しばかりいたずらっぽい表情をちらっと見せてから、一言一言を区切るかのように言葉を発した。

 「一度だけ・・・抱いて下さい・・・」



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