2022/1/25

5808:ブルー  

 6台のロードバイクから形成されたトレインは多摩湖サイクリングロードを抜けた。「武蔵大和駅西」の交差点を左折して旧青梅街道を走り始めた。

 空気は冷たく、走っていっても体が暖まってこない。東大和市を抜けて武蔵村山市に入った。この古くからある街道の両側には古い店舗が点在しているが、多くの店は時代から取り残された感のあるものである。

 旧青梅街道に入って何度目かの赤信号で止まった時であった。私は後ろにいるメンバーに、振り返りながら「全然体が暖まりませんね・・・」と話しかけた。

 左足はペダルからクリートを外して地面に着いていた。右後方に振り返ったため、体重のバランスが右に傾いた。

 その右への体重の移動は、ロードバイクのバランスも右へ持っていった。「おっと・・・と・・・」と小さく声を出しながら、右足のクリートを瞬時に外そうとしたが、寒さと加齢により反射神経が鈍っていたためか、間に合わなかった。

 ロードバイクを乗り始めた頃以来の「立ちごけ」をしてしまった。「立ちごけ」なので体に怪我などは全くないのであるが、右側に倒れたのでリアディレイラーの位置がずれ、さらにサドルが右に傾いてしまった。

 一旦歩道に退避して、リーダーにリアディレイラーとサドルを直してもらった。「全く、恥ずかしいトラブルである・・・」と、身長181cmの体を小さくしながら直してもらった。

 気を取り直してリスタートした。岩蔵街道との交差点まで走っていき、その交差点を右折した。岩蔵街道を北へ向かって走っていき、圏央道の青梅インターの下を潜り抜けた。

 青梅インターを過ぎてすぐの「今井馬場崎」の交差点を左折して、青梅方面へ向かった。広い道路を走っていくと、やがてJR青梅線に合流する。

 踏切を渡って、JR青梅線線に沿って続く商店街の中を抜けていった。これだけ寒いと、どうしてもトイレが近くなる。この商店街の中にある公衆トイレに立ち寄ることになった。

 遊歩道のようなところに少し入った先に公衆トイレがあった。ロードバイクをその手前に立てかけて、トイレを済ませた。

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 今年になって一人のメンバーが新たに購入したTIMEの新しいロードバイクを改めて眺めた。そのフレームはTIMEのALPE D’HUEZである。

 その名前の由来はツール・ド・フランスの勝負所である「l’Alpe d’Huez(ラルプデュエズ)」から来ている。

 ヒルクライム向けのフレームであるが、軽量であるだけでなく、高い剛性も確保しているとのこと。その乗り味はかなりしっかりとしたもののようである。色は精悍なブルー。その姿かたちは実に様になる。

2022/1/24

5807:チャーシュー  

 いつものように、ロングライドに参加する準備をほぼ終えたところで、テレビのスイッチをつけた。そしてリモコンで「8」を押した。

 6時半からは「はやく起きた朝は・・・」が始まる。この番組は、1994年4月に「おそく起きた朝は・・・」としてスタートし、その後2度の放送枠移動と、それに伴う改題を経て現在に至っている。

 1994年というと28年前ということになる。上の娘が産まれたばかりの頃で、子育て期間中に観ていて、愛着のある番組になっている。

 その最初のコーナーである「貴理子のお耳拝借」で、小河内ダムのことが紹介されていた。小河内ダムは、チームのロングライドでよく行く場所である。

 現在東京都の水道水は80%が荒川・利根川水系、20%が多摩川水系の水となっているが、昭和30年代までは多摩川水系の水がほとんどであった。

 磯野貴理子が多摩川の源流をたどり、自ら訪れた小河内ダムの写真、東京都水道局から借りた多摩川の最初の一滴が染み出している場所などの写真を紹介していた。

 普段よく行く場所がテレビで紹介されたりするとやはりなんだか嬉しいものである。「今日のロングライドはもしかしたら小河内ダムに行くかもしれないな・・・」とそんなことを思いながら、最後のコーナーである「美・アンジェリーナのはや起き三人占い」を観た。

 このコーナーは占いの内容よりも、ダジャレの方に注意が行ってしまう。今日のラッキーカラーは「朱色と茶色」、「ラーメンにトッピングするなら・・・?」
 
 「チャーシュー・・・!」といった具合である。比較的分かりやすいものもあるが、かなり無理くりなものもあって、思わず笑ってしまう。

 7時になったので、LOOK 785 HUEZ RSに跨って自宅を後にした。このフレームを導入してから3年以上の年月が経過した。

 今までは別にそういうルールを決めたわけではないが、概ね4年ごとにフレームを新調してきた。最初はCOLNAGO CLX、2台目はORBEA ONIX、3台目がKUOTA KHANであった。LOOK 785は4台目ということになる。

 「今までのパターンだと来年にフレームを新調したいところだけど、現在はコロナ禍により極端な品不足状態が続いているので、希望のフレームがあっても入手するのは難しいかもしれない。」そんなことを思いながら走り始めた。

 朝の走り出しはやはり寒かった。天気は曇りである。風は吹いていないが、気温は0度前後であろう。空気はきりっと引き締まっている。
 
 集合場所であるバイクルプラザに向かって走っていくうちに、指先が凍えてくる。インナーグローブと冬用の厚手のグローブの間には「貼るホッカイロミニ」を入れているが、気休め的な効果でしかない。

 集合場所であるバイクルプラザに着いた。今日の参加者は6人であった。そのロードバイクの内訳はORBEAが3台、COLNAGO、TIME 、LOOKがそれぞれ1台づつであった。

 「今日、どこに行きます・・・?」とメンバーで話し合った。しかし、行先が決まらないうちに話が別の方に行ってしまう。

 「でっ・・・今日どこに行きます・・・?」と仕切り直すことが数回続いた。候補は三つに絞られた「時坂峠」「小河内ダム」「顔振峠」の三つである。

 そこで、「はやく起きた朝は・・・」で小河内ダムが紹介されていたことを告げた。リーダーもその番組を毎週見ているようで、「じゃあ・・・小河内ダムにしますか・・・」ということで決着した。

 6台のロードバイクは隊列を形成して走り始めた。今日の天気予報は曇り。雨の心配はないが、太陽の助けが期待できないので気温は低いままであろう。冷蔵庫の中のような空気の中、多摩湖サイクリングロードを走り抜けていった。

2022/1/23

5806:レッドヴァイオリン  

 自宅へ帰りついて、先ほどBMWのディーラーで待っている間にスマホをいじっていて、たまたまとあるオーディオショップのサイトで見つけたSonusFaberのAMATI Anniversarioの中古品の写真をもう一度確認してみた。

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 そのショップの説明文には「仕上げはレッドヴァイオリンです。多少の使用感はありますが、目立った傷も無く程度は非常に良好です。キャビネットのクリア塗装にありがちな、紫外線による白濁もありません。緩んでいたため、ストリングスは、メーカーにて張り替え済みです。ワンオーナー品になります。付属品は、取扱説明書、サランネット(ストリングス)、スパイク受け、スピーカーカバーとなります。」とあった。

 写真を見る限り、キャビネットの状態は良さそうである。気になる紫外線による白濁もないとのこと。

 「美しい・・・ツイーターとスコーカー部分はそのままGuarneri Mementoのようにも見える。その下にウーファーを2発追加し、若干仰角が付けられている。その姿はGuarneri Memento同様に「工芸品」的な美しさである。

 SonusFaberのAMATI Anniversarioは、2005年の発売である。なので既に17年ほど前のスピーカーということになる。日本には翌2006年に正式に入ってきているはずである。

 2005年はクレモナ出身の偉大な弦楽器職人であったアンドレア・アマティーの生誕500年にあたることから、Amati Homageにさらに磨きをかけた後継機種としてAMATI Anniversarioは企画・開発されたようである。

 もちろんこの時代は、まだ創業者であるフランコ・セルブリンが音決めをしていた。なので、現在のSonusFaberの音とはずいぶんと違う。

 現在のSonusFaberは、フランコ・セルブリンの弟子であったパオロ・テッツォンが基本設計や音決めを行っている。新体制後のSonusFaberのスピーカーは、よく言えば「万能選手」的なものになった。その代わりに、独特の柔らかな艶やかさは若干後退しているとの話である。

 「これ、良いな・・・コンディションも写真で見る限りかなり良さそうだ・・・」ショップの外観評価は「A」である。

 TANNOY GRFを処分して、AMATI Anniversarioをその空いた空間に設置するというアイディアがふっと浮かんだ。そして、2組のSonusFaberのスピーカーがリスニングルームに立ち並ぶ様を頭に思い浮かべた。

 部屋はイタリアの空気に満たされる。レッドヴァイオリンの艶やかさに溢れかえり、噎せ返るようですらある。「そのリスニングルームに一人佇み、桃源郷にいるような愉悦感に浸りたい・・・」そう思えた。

 尽きることのない夢想は実に艶やかであり、魅惑的な絵を私の脳内スクリーンにもたらしてくれる。そこには英国的な渋さや控えめな気品などは影も形もない。

2022/1/22

5805:ハイフラッシュ  

 「チェックしてみましたが、その症状は出ませんでした。しばらく様子を見ていただいて、その頻度が高くなってきた場合には、フェンダーテールライトユニットごと交換する必要があります。その場合の見積書がこれです・・・」と修理する場合の見積書を見せてくれた。

 その書類の一番下には「お見積り金額 87,500円」と記載されていた。テールライトユニットの部品代が73.370円で、交換工賃が14,080円とのことである。

 「約9万円か・・・まあ現状では5回に1回ぐらいの頻度だし、実害はないからな・・・これが左折するたび毎回出るということになったら交換するか・・・」と思い、「では、しばらく様子を見てみます・・・」と返答した。

 「症状が出る時と出ない時の差は何なのであろうか・・・ほんのわずかな差なのであろう・・・」先ほどのスタッフの誘導によって、ディーラーの駐車場から新青梅街道に車を出す際にふと思った。

 こういったたまに出る症状をチェックしてもらうためにディーラーに車を持ち込んだ際には、何故かしら症状が出ないケースが多いような気がする。

 オーディオ機器にも時折出る症状に悩まされることがある。普段は何でもないのに、時折「ザ・・・ザ・・・ザ・・・」と軽めのノイズが出るといった症状である。

 我が家の真空管アンプはとても古いものなので、そういった症状が出る頻度は比較的高い。実は最近プリアンプであるMarantz Model7からそういった軽めのノイズが不意を突くように出るようになった。

 そのノイズは長く続くことはなく、10数秒ほどノイズが出ると自然に収まり、その後は出ない。そして忘れていた頃にまた出たりする。

 ノイズが出ると不意に冷水を浴びせられたような不快に気分になるものである。「なんだよ・・・せっかく浸っていたのに・・・」と愚痴が出てしまうのである。

 このModel7のノイズの症状は、BMW 523iのリアターンインジケーターの不具合よりも頻度ははるかに低い。

 であるので、狭山市にある「響工房」にMaranzt Model7を持ち込んでも「残念ながら症状が出ませんでしたので、修理のしようがありません・・・」ということになる可能性が高い。

 こちらもそのノイズが出る症状が頻発するようになるまでは、静かに様子を見るしかないようである。

 BMWのディーラーを出て、自宅へ向かった。時間にして15分ほどである。その間3回左折した。電気式のウィンカーレバーを操作した。

 「カチ・カチ・カチ」と乾いた音をさせて、ウィンカーは点滅した。注視していたが、3回とも異常を示す警告表示がでることはなく、その点滅するリズムの通常のものであり、ハイフラッシュになることはなかった。

2022/1/21

5804:コンビネーションランプ  

 走行距離が10万キロを超えたBMW 523i Touringは、やはりトラブルが増えつつある。前回はリアのエアサスに空気を送り込んでいるコンプレッサーが機能しなくなり、新しいものに交換した。

 修理に要した費用は約27万円。リアだけシャコタン状態で乗り続けるという選択肢はあり得ないので、すぐに修理した。

 今回はリアコンビネーションランプである。左折する時にウィンカーを出すと「左のリアコンビネーションランプに異常あり」との警告表示が出て、点滅のリズムが急速に速くなる。

 点滅はしているようなので、実害はない。しかも毎回出るわけでなく4,5回に1回という微妙な頻度で発生するトラブルである。

 しかし、この表示が出ると気分が少々害される。点滅が妙にせわしない感じになるので、見た目的にもかっこが悪い。

 そこで今日の午後、顧問先を訪問した帰りにディーラーに立ち寄った。ディーラーの駐車場に車を入れると、建物から受付の女性が出てきて、バックでの駐車を誘導してくれた。

 建物の中に入って要件を伝えた。案内されたテ−ブル席で待っているとサービス担当のスタッフが来た。症状を伝えた。

 「では、さっそくチェックしてみます・・・」と、サービス担当のスタッフは、建物の外に出ていった。私は受付の女性が持ってきてくれたホットコーヒーを飲みながら、スマホの画面を眺めていた。

 スマホの画面でオーディ機器の中古情報を集めていたのである。最近は時々Sonus faberのGuarneri Homageを検索したりしている。残念ながらGuarneri Homageの中古情報は全く見つからなかった。

 そのかわり、MINIMAが見つかった。外観評価は「B」。写真で見る限り大きな傷はないようであるが、汚れや小さな傷が散見された。

 「MINIMAって名前がかわいいよな・・・見た目もかわいい・・・音はどうなんだろう・・・」と思いながら、何気に眺めていた。

 さらに幾つかのサイトを眺めているとSonusFaberのAMATI Anniversarioの中古品が見つかった。AMATI Anniversarioは、オリジナルであるAmati Homageの後継機になる。

 そういう点において、Guarneri Mementoと同じ立ち位置のスピーカーである。2006年の発売であるので、発売時期もほぼ同じである。

 その写真をしげしげと見た。使われているユニットもGuarneri Mementoと同じように見える。「このツイーターはきっと同じだな・・・」などと思った。

 「その当時のSonusFaberのフラッグシップであったSTRADIVARI Homageの技術を多数導入して、人気の高かったAmati Homageの音色の美しさはそのまま継承し、さらに位相特性を向上させています。芳醇で音色の良さが際立つ逸品です。」

 と、そのサイトには広告文が入っていた。「これも、どんな音がするのであろうか・・・Guarneri Mementoに比べてかなり大きなスピーカーだから、我が家の8畳のリスニングルームには荷が重いよな・・・」などと、妄想で頭の中を一杯にしていると、先ほどのサービス担当のスタッフが「お待たせしました・・・」と声をかけてきた。

2022/1/20

5803:落ち  

 鶴峠を走り終えて、鄙びたバス停をバックに恒例の記念撮影を済ませた。気温は随分と低かった。しばしの休息の後、先へ進むことになった。

 鶴峠の向こう側に下った。下っている最中にとあることに気づいた。サングラスをしてなかった。ヘルメットに差し込んだままであった。

 下りの道は少し荒れていた。ガタガタと振動がロードバイクに伝わってくる。そしてその振動によってサングラスがずれていき、道路に落ちてしまった。

 私は停止して道路に落ちたサングラスを取りに戻った。私は隊列の後ろから2番目にいた。最後尾のメンバーに「先に行っていてください・・・」と伝えた。

 そしてサングラスを道路から拾い上げて装着した。下り始めようとしたときにフロントギアからチェーンが落ちていた。

 「チェーン落ちか・・・」舌打ちしたいような気持を抑えながらチューンをもとに戻そうとしたが、落ちたチェーンが変なところに挟まってしまい動かない。

 「あれ・・・まずい・・・」と悪縁苦闘していると、なかなか走り始めないので、先ほどのメンバーが戻ってきてくれた。

 「これはまずいですね・・・無理をするとフロントディレイラーが壊れるかもしれないので、リーダーを呼んできます・・・」と、既に相当先まで走っていった集団を追いかけていってくれた。

 私はとりあえずロードバイクを押して歩きながら、救援を待った。駆けつけて来てくれた「救援隊」により、落ちたチェーンは無事に元に戻った。

 「単独走の時にこれが起きたら・・・」と思うと、少しぞっとした。ロードサービス付きの自転車保険に入っているが、待っている間厳しい寒さに凍えることになるであろう。
 
 リスタートして向かった先は、山梨県小菅村が運営する「道の駅 こすげ」であった。ここで補給食を摂ることになった。

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 サイクルラックにロードバイクをかけた。売店では暖かいうどんと担担麺が販売されていた。「暖かいものが食べたい・・・」と担担麺を頼んだ。

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 建物の中で、担担麺を食した。しっかりとした辛味もあり、美味しかった。「青梅市にある『担担麺 杉山』にまた行ってみたいな・・・最近行ってないからな・・・」と思いながら食べ終えた。

 休憩後は奥多摩湖へ向けて走っていった。下り基調の道を勢いよく走り続けると奥多摩湖が見えてきた。見慣れた風景に少しほっとした。

 奥多摩湖を通り過ぎて、いくつものトンネルを潜り抜けていった。前を走るメンバーのリアライトの赤い点滅を見ながら下り続けた。

 下りでは風を強く受けるので体感気温が下がる。寒さに筋肉が硬直する感じであった。最後のトンネルである「城山トンネル」を潜り抜けて、JR青梅線に沿って走った。

 古里駅近くのセブンイレブンで最後の休憩をした。寒いので暖かいお汁粉を購入した。缶に入っているもので、暖かい甘さが心地よかった。

 コンビニ休憩を短めに切り上げて最後の行程を走った。自宅に帰りついた時にサイコンの走行距離を確認すると149kmであった。結構長い距離を走った。

 疲れた体を癒すため自宅の風呂に入った。暖かい湯が身体に染み入ってくる感じで実に癒された。しかし20分ほど湯につかって出ようとしたとき、右足のふくらはぎが攣った。思わぬ「時間差攻撃」に顔をしかめながら、その痛みに耐えた。

2022/1/19

5802:鶴峠  

 分岐ポイントで一旦止まった。そして三つある選択肢のうち、予定通り「鶴峠」に向かう「左」を選択した。

 事前にリーダーから受けた説明では「距離は16kmほどで、獲得標高は700メートル。上りと下りを交互に繰り返しながら上っていく。長めの上りは2箇所ほど。峠の頂上には道標などはなく見晴らしも悪い。『鶴峠』と書かれたバス停があるのみ・・・」というものであった。

 ヒルクライムコースとしてはかなりマイナーな存在で、人気はあまりないようである。私は初めて走る。初めて走るヒルクライムコースは、勝手がわからないので少し不安である。

 16km先のゴール目指して10台のロードバイクは走り始めた。道は広く、峠道によくあるような林道ではない。道の両側には所々に民家もあり、人々の長閑な生活が窺えた。

 「こんなところに移り住んで生活したらきっと時間の流れがもっとゆっくりと感じられるだろうな・・・」と思った。

 最初のうちは短い距離を上ったら、平坦や下りで少し脚を休めるといった感じで、それほどの疲労感はなかった。「これなら大丈夫そうだ・・・」と余裕を持って走っていったが、その様相は途中から徐々に変わってきた。

 当然と言えば当然であるが、アップダウンがあるとはいえ上りの比率の方がはるかに多い。長い距離を走るうちに脚はだんだんと消耗してきた。

 さらに思っていたよりも厳しい斜度の上りが出迎えるようになった。中盤あたりの坂では斜度を示す黄色い標識が道の左側に立っていた。そこには「11%」と記されていた。

 「結構きついな・・・斜度も厳しい・・・」とやや当惑気味にその坂を走っていった。ようやく上りが終わり平坦な道になると、ほっとしてクランクを回すペースをゆったりとしたものに変更した。

 そんなことを何度も繰り返しながら進んでいった。上り始めた時の走行距離に16kmを足した距離に、サイコンの走行距離が達しても、まだ峠の頂上ではなかった。

 「あれ・・・まだ1kmぐらいありそうだな・・・」と、上っている道の先を見上げながら思った。「まだあるのか・・・」と、気持ちが徐々に切れてくる。

 隊列は縦に長く分断されていった。私の前には3名のメンバーが走っていたので、その後ろにへばりつく形で鶴峠の終盤を走っていった。

 そしてようやく長かった鶴峠の峠道も終わりを迎えた。脚には相当な疲労感が残った。重く脚の芯にまで達するような疲労感であった。

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 事前に聞いていたとおり鶴峠には峠の名前が記された道標などはなく、「鶴峠」と書かれたバス停があるだけであった。

 「鶴峠、また来たいですか・・・?」と問われたら、「う〜ん・・・もういいです・・・」と答えたくなるような峠であった。

2022/1/18

5801:分岐ポイント  

 コンビニ休憩を切り上げてさらに多摩大橋通りを南へ向かった。甲州街道にぶつかったところで右折して、浅川にかかる大和田橋を渡った。

 大和田橋を渡りきったところから、浅川サイクリングロードを走った。川沿いに続いているこの道は市民の憩いの道でもある。犬の散歩やウォーキングに最適である。

 浅川サイクリングロードは途中工事箇所があり堤防の上の道に移動したりして走っていき、やがて甲州街道に復帰した。

 甲州街道を高尾山方向へ走った。京王線の「高尾山口」駅でトイレ休憩をすることになった。駅前の交差点を右折して駅舎へ向かった。

 2015年に完成した新しい駅舎は建築家の隈研吾によるデザインである。隈研吾らしく、多くの杉材を使用し、木の温かみが感じられるセンスの良い造形である。

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 トイレ休憩を済ませて、大垂水峠へ向かった。圏央道の高尾山インターの下を潜り抜けてしばし走っていくと、大垂水峠の上りが始まる。

 大垂水峠は斜度はそれほどきつくはない。バトルモードで走ると当然疲れるが、今日はトレーニングモードで走っていった。

 大垂水峠を越えた。そしてその向こう側に下っていった。下りでは重力を味方につけてひらりひらりと走った。

 下り切って甲州街道を走り続けた。「そういえば、こっち方面はしばらく来ていないな・・・」と感じた。

 チームの定番コースの一つに「相模湖」があるが、最近は来ていないことに気づいた。しばし甲州街道を走っていくと、相模湖に向かう場合に左折する交差点が見えてきた。ちょっと相模湖の湖畔に立ち寄ってみたい誘惑を感じながら通り過ぎた。

 さらに甲州街道を走っていき、道の左側にあるセブンイレブンで2度目のコンビニ休憩をした。この先コンビニ休憩はないので、鶴峠での補給食も一緒に購入した。

 店内に入り、今食べる補給食としてレジ脇に置かれている「カレーパン」と「ささみ揚げ(梅しそ)」を選び、鶴峠を上り切った後に食べる補給食として「赤飯」「有明海産のり佃煮」の二つの変わり種おにぎりを選択した。

 リスタート後も甲州街道を走っていった。上り基調の広い道を進んで行くと平行して走っている中央道の「上野原インター」の横を通り過ぎた。

 「このインターはゴルフ場に向かって時々降りたな・・・その時はもちろん車だけど・・・」と思いながら走り抜けた。

 上野原インターを通り過ぎてから少し走った先のY字路交差点を右に入り、甲州街道から外れた。のどかな風景が道の両側に広がるエリアを走り続けた。

 そして「分岐ポイント」に達した。道は三つに分かれている。「右に折れると和田峠、まっすぐに進むと上川乗、そして左に折れると鶴峠に繋がっています・・・」との説明であった。

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2022/1/17

5800:金のマルゲリータ  

 朝の6時に起きだして、準備を進めた。ロードバイクの二つのタイヤに所定の空気圧まで空気を入れた。ボトルにミネラルウォーターを入れた。ガーミンのサイコンを所定の位置に取り付けた。

 サイクルウェアは当然真冬仕様である。腰の部分には「貼るホッカイロ」を貼り付けた。冬用グローブの内側にも「貼るホッカイロ・ミニ」を貼り付けた。

 概ね準備が整ったので、6時半から放送されている「はやく起きた朝は・・・」を観ようと、テレビをつけた。

 すると「津波警報」に関する画面がでた。「あれ・・・地震があったのか・・・」と思ったが、地震による津波警報ではなく、トンガ沖での海底火山噴火が引き金となって出された津波警報であった。

 その津波警報に関する画面を観ながら朝食を摂った。朝食にはセブンイレブンの「金のマリゲリータ」を食した。
 
 世界ピッツァ選手権で2年連続優勝を果たした中目黒の「da ISA(ダイーサ)」の山本尚徳シェフが監修したものである。

 元旦の夜に放送された「ジョブチューン」でも合格を勝ち取っていた。冷凍されているものを一旦電子レンジで解凍したうえで、オーブントースターで焼いた。

 生地は焼きあがった直後には香ばしい香りがして好印象であった。トマトソースは甘味が少なめで塩加減も最低限、トマトの自然な味を楽しめる。生地にしっかりと塩味が効いてるので、味のバランスが取れている。
 
 冷凍食品の味のレベルが最近上がっているということはテレビの放送などで知っていたが、「なるほどね・・・」と感心しながら食した。

 朝の7時になったので、LOOK 785 HUEZ RSに跨って自宅を後にした。自宅から集合場所であるバイクルプラザまでは25分ほどで着くのであるが、真冬の朝の強烈な寒さのなか、この25分が結構辛い。

 特に辛いのが指先の凍えである。インナーグローブと冬用グローブの間には「貼るホッカイロ・ミニ」が挟んであるが、その暖かみは残念ながら指先までには達しない。

 バイクルプラザに着く頃には、指先はすっかりと感覚が失われていた。バイクルプラザの店内に入り、グローブを外して指先をこする合わせた。すると血流が回復して感覚が戻ってきた。

 今日の目的地は「鶴峠」に決まった。私は初めて行く峠である。「つるとうげ」と聞いて、てっきり「都留峠」かと勘違いした。

 今日の参加者は10名であった。そのロードバイクの内訳は、ORBEAが6台、COLNAGOが2台、そしてTIMEとLOOKが1台づつであった。

 10台のロードバイクは隊列を形成して走り始めた。往路は大垂水峠を越えていく。小平市内の市街地を抜けていき、玉川上水に沿った道を西へ向かった。

 途中で一旦五日市街道に出て「天王橋」の交差点を左折して八王子方面に向かった。「多摩大橋通」を南下していき、多摩川にかかる多摩大橋を渡った。
 
 その先の道を走っていきアップダウンを二つ越えた先にある「セブンイレブン」」で最初の休憩をした。

 駐車場のフェンスにロードバイクを立てかけて、店内に入った。まだまだ寒いので、補給食には暖かいものを選択した。

 レジの脇に置いてある「牛肉コロッケ」を選んだ。「一度に2個買うと税抜176円のところ税抜100円!」というキャンペーンをやっていたので、それにつられて2個購入した。

 ホットコーヒーと2個の「牛肉コロッケ」を胃袋にいれた。十分なエネルギー源を投入したところで、リスタートした。今日は普段よりも長い距離を走る。まだまだ先は長い。 

2022/1/16

5799:Memento推し  

 選択されたレコードはモーツァルトの「ハフナー交響曲」と「リンツ交響曲」が収録されているETERNAレーベルのレコードであった。演奏はOtmar Suitner指揮Staatskapelle Dresdenである。

 聴いたのはA面に収録されいる「ハフナー交響曲」である。モーツァルトの35番目の交響曲であるこの曲は、1782年にハフナー家のために作曲されたセレナードを基にして、ほぼ同時期に交響曲へと編曲されたものである。

 「モーツァルトの後期6大交響曲」の一つに数えられるこの交響曲は人気も高く、演奏会のプログラムを構成するケースも多い。

 PARSIFAL ENCOREでまず通して聴いた。そして、その後同じ曲をGuarneri Mementoで聴くという、「ガチンコ対決」での試聴となった。

 駆動するアンプ類は当然同じで、スピーカーケーブルも同じである。結果としてそれぞれのスピーカーの個性が色濃く表出されることになる。

 一言で表すならば「冷静沈着」なPARSIFAL ENCOREと、「晴れやかな」Guarneri Mementoといったところであろうか・・・

 「どちらも個性的ですね・・・とても対照的な性格で、実に面白いですね・・・」と、私は思わず漏らした。

 「オーディオ的なレベルはどちらも高度な水準に達していますので、個々人の嗜好性がどちらにより一致するかといった感じなのでしょうが、私はやはりGuarneri Memento推しですね・・・・」私は、思ったところをそのまま話した。

 「実は私もGuarneri Memento推しなんです。PARSIFAL ENCOREとはとても長い年月付き合ってきて、その音に慣れ親しんいます。特に不満はなかったのですが、会社を定年退職して契約社員になってからは、人生の様相が随分と変わってきて、それにつれてなんとなく嗜好性も変わってきたような感じです・・・」FMさんはしみじみとした表情で話された。

 「そうですか・・・60代の男性が急にジャガーのクーペを買って乗り始めたような感じかもしれませんね・・・私も今まではQUADやTANNOYのイギリスのスピーカーを愛用してきました。渋めでくすんだ感じのブリティッシュトーンが好きだったのですが、還暦に手が届く年齢になって、何故かしらイタリアの艶やかさに惹かれるようになってきたんです・・・」

 そんなことをしばし話した。FMさんは私よりも4歳ほど年上であるが、ほぼ同年代である。「現役」から一歩二歩後退した位置に移動したことが、音の嗜好性にも影響を与えているのであろうか。

 次にORACLE DELPHI 5のターンテーブルに乗ったのはMELODIYAのレコードであった。シュニトケのヴァイオリンソナタ第1番がA面に収録されているものであった。ヴァイオリンはKHALIDA AKHTYAMOVAである。

 現代曲であるので少々とっつきにくい面はあるがこのヴァイオリンソナタは名曲である。「こういったタイプの曲はPARSIFAL ENCOREの方が合っているかも・・・」そんなことを思いながら二つのスピーカーを堪能した。

 「でも楽しいですね・・・こういう聴き比べって・・・それにしても、どちらも本当に良いスピーカーですね・・・音にも姿にも実に気品があります・・・」私がそう言うと「でも、Guarneri Memento推しですよね・・・Guarneri Mementoを聴いている時の方が体が揺れていましたから・・・」と、FMさんは笑われていた。

 「そうですね・・・Guarneri Memento推しですね・・・実は予想以上にのめり込んできていて、MementoのオリジナルであるGuarneri Homageでコンディションの素晴らしいコレクターアイテム的なものが見つかったら、TANNOY GRFを処分して導入したいとも思っているのです。」私はそう打ち明けた。

 「しかし、Guarneri Homageのコンディションの良いものはまず見つからないでしょう・・・中古市場でも時折見かけますがコンディションは酷いものがほとんどですから・・・もしコレクターアイテムが見つかったらそれは奇跡に近いかもしれませよ・・・その時は迷わずゲットでしょう・・・」

 急速に推し具合が高まった二人は熱っぽく語った。これは一時的な「熱病」でしかないのかもしれないが、もしかしたら大きな転換ポイントなのかもしれない。



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