2021/12/31

5783:オート機構  

 「酒かすプリン」を食べ終え、「ケニア」も飲み終えたので、会計を済ませて店を出ようかと思っていた時に、ブラームスのヴァイオリン・ソナタ第3番が終わり、オーナーがレコードを取り換えた。

 「NOW PLAYING」と記された台の上には10インチレコード用のジャケットが立てかけられた。それは、Melodiyaの共通紙ジャケットであった。

 共通紙ジャケットには、曲目や演奏者などは印刷されていない。いわば「レコードの包装紙」でしかない。紙質も悪く、ペラペラである。

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 PIONEER CS-E700から、バッハの「半音階的幻想曲とフーガ」が流れ出した。PIONEER CS-E700はサランネットに覆われていてユニットの様子はわからないが、3ウェイスピーカーである。

 密閉型のエンクロージャーを持ち天然木を活かしたウォールナットのオイル仕上げである。その色合いと姿かたちは穏やかで、店内のナチュラルな雰囲気にマッチしている。

 バッハの「半音階的幻想曲とフーガ」の冒頭を耳にして、すぐにその演奏者が分かった。マリア・ユーディナであった。このレコードは我が家のレコード棚にもある。

 マリア・ユーディナは1899年生まれのロシアのピアニストである。ロシア革命、スターリンの大粛清、第2次世界大戦と激動の時代を生き抜いた女性であった。

 マリア・ユーディナはスターリンお気に入りのピアニストだった。彼女が録音したモーツァルトのピアノ協奏曲第23番は、スターリンの求めに応じて演奏されたものである。

 ただし、ユーディナは当局とやり合っているような女傑だった。公の場でのコンサートを禁止されたこともたびたびあった。

 普通であれば、粛清の対象となったはずであるが、その音楽性に対する賛美者のうちの一人がスターリンだったので、難を逃れたようである。

 このレコードが録音されたのは1952年4月10日。その演奏は実に大胆ともいえる。彼女の性格そのままに芯の強い明瞭な音でためらうことなく突き進む感じの演奏である。

 しかし、雑然としているところは一切なく、「格調」すら備えている稀有な音楽性を有していて、ついつい惹きこまれる。

 「半音階的幻想曲とフーガ」が終わり、同じA面に収録されている「前奏曲とフーガ イ短調」が流れ始めた。

 この曲の演奏がさらに凄まじい。いつも呆然とする。1952年のソビエト録音。レコード盤であるビニールの質も悪い。盛大なノイズ、フォルテシモでは音が歪む。

 しかし、そんなコンディションの悪さをものともしない音楽性の高さに心奪われながら、その2曲を堪能した。

 YAMAHA YP-400はオート機構を搭載している。トーンアームをレコード面上にもっていき「Playスイッチ」を押すと、アームがゆっくりと降りていって演奏が始まり、演奏が終るとアームはアームレストに自動的に戻りターンテーブルも止まる。

 その「オート機構」に従ってアームはすっと上がって一旦止まり、アームレストに戻っていった。私はそれを合図に会計を済ませて、店の外に出た。夕刻の時間帯、外はすっかりと暮れていたが、西の空の一部にはまだうっすらと赤みが残っていた。

2021/12/30

5782:酒かすプリン  

 「無言歌」の店内に入り、二人掛けのテーブル席に座った。他の客は二人連れの男女1組だけであった。平日の夕方、窓から入ってくる陽の光は徐々に弱くなっていた。
 
 「本日のコーヒー」である「ケニア」を頼んだ。さらに季節限定デザートとしてメニューに載っていた「酒かすプリン」に目が留まり、「なんだか面白そうだな・・・」と興味が湧いて、これも頼んだ。

 名曲喫茶なので、当然クラシックのレコードがかかっていた。かかっていたのはブラームスのバイオリン・ソナタ第3番であった。

 かかっているレコードのジャケットは「NOW PLAYING」と記された台の上に置かれている。それを眺めた。ヴァイオリンはアドルフ・ブッシュでピアノ伴奏はルドルフ・ゼルキンである。相当古い録音であり、おそらくSP時代の録音をLPに仕立て直したものであろう。

 アドルフ・ブッシュのヴァイオリンは天才的なひらめきに従って揺蕩い、ルドルフ・ゼルキンは秀才的な明晰さで、その危うさを支える。実に良いコンビである。実はこの二人「義親子」でもある。(ルドルフ・ゼルキンの妻は、アドルフ・ブッシュの娘イレーネ・ブッシュであった。)

 古い日本製のオーディオ機器から流れるブラームスのヴァイオリン・ソナタ第3番に耳を傾けた。第1番、第2番の溌溂とした流麗さは、第3番では影を潜め、苦渋に満ちた響きがこの店の夕暮れにさしかかろうとしている空気に似合っていた。

 コーヒーと一緒に「酒かすプリン」も運ばれてきた。銀色の金属製のソーサーの上に白い洒落た小ぶりな器に入れられていて、その見た目も美しく整えられていた。

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 「ケニア」をまず口に含んだ。中深煎りに煎られた「ケニア」らしく酸味がほどよく抑えられ、うっとりするような芳香や力強い苦味やコク、優しい甘みが感じられた。

 続いて、酒かすプリンを一口食べた。舌の上ですっと溶けていく柔らかい食感の後、酒かすの香りがふわふわっと香り、甘さの奥に少しだけ苦みが感じられた。その濃厚で複雑な味わいは、「大人の味・・・」だと思われた。

 座った席から見て左手に置かれたオーディ機器に変更はない。YAMAHA YP-400、YAHAMA CA-V1、そしてPIONEER CS-E700・・・古い時代の日本製のオーディオ機器は時を超越してレコードの音をゆったりと奏でていた。

 他の客である2人組も静かに音楽を聴いていた。40代とおぼしい男女であった。近所に住む夫婦であろうか・・・この店で過ごす時間をとても大事にしているように感じられた。

2021/12/29

5781:VUメーター  

 プリメインアンプやパワーアンプには、VUメーターがついているものがある。特に日本製のオーディオ機器はその装着率が高い。

 高級なアンプメーカーであるアキュフェーズやラックスの製品にはほとんど例外なくVUメーターがついていて、その大きさも大きく、フロントパネルのかなりの面積をVUメーターが占めている。

 このVUメーター、大きければ大きいほど良いというわけではないが、結構大きいものが採用されていることが多い。

 確かに部屋を暗くして音楽を聴くときに、VUメーターがバックライトに照らし出されて浮がび上がり、2本の針が音量に合わせて時にゆっくりと時に激しく触れる様を目にするのは、独特の気持ちよさがある。

 このVUメーターで、印象的なものであったのは、1970年代のYAMAHAのプリメインアンプに時折見かけたものである。

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 1976年に発売されたCA-V1も、VUメーターがデザイン上のアクセントとなっているプリメインアンプの一つであった。

 価格は33,000円。けして高級機ではない。どちらかというとエントリーモデルという位置づけの製品である。

 しかし、発売当時中学1年生であった私のお小遣いやお年玉では逆立ちしても買えない価格であった。

 フロントパネルには左右にハンドルもついていて、その姿は13歳であった私の心を鷲掴みにするインパクトを持っていた。

 買えもしないCA-V1を見るためにたびたび地元の上新電機の2階に向かった。そしてその姿を飽きることなく眺めたのである。

 「このアンプをデザインした人はセンスが良いな・・・」としみじみ思ったものである。ボリュームノブやセレクタースイッチなどの造形もこの時代のYAHAMAらしく、美しいものであった。

 そんな古いアンプを、数年前に国立市にある名曲喫茶「無言歌」で見かけた時には、すっとタイムスリップして1976年に戻ったような気になった。

 それというのも、この名曲喫茶の店内には現代を感じさせるものがほとんどなかったからでもあった。

 内装の雰囲気やテーブルや椅子などは、全てアンティークと呼ぶべき古いものであった。そして、レコードをかけるために店内にセットされていたオーディオシステムが全て古い時代のものであった。

 レコードプレーヤは、YAMAHA YP-400で、スピーカーはPIONEER CS-E700。これにYAHAMA CA-V1が加わり、シンプルに構成されていた。

 古い時代の日本製のオーディオ機器で店内に流されるレコードたちも古いものが多かった。店のオーナーは40代半ばと思しき風貌であり、意外であった。名曲喫茶のオーナーというと頭が真っ白な70代の男性というイメージがあったが、「思っていたよりも若い方だな・・・」と思ったのである。

 今日は顧問先からの帰り道に立ち寄った。「無言歌」は古いビルの2階にある。近くのコインパーキングに車を停めて、少し歩いた。

2021/12/28

5780:友人  

 約45分間、バッハのゴルドベルグ変奏曲のうち、「アリア」から「第15変奏曲」までの16曲が「オーディオショップ・グレン」の店内に響いた。試聴室の広さは16畳ほどで、スピーカーのセッティングは縦長配置となっている。

 普段はLEAKの真空管アンプで聴くことが多いが、その印象と比べるとやはり随分と違うものであった。より精密で緻密、音の質感はじっくりと実が詰まっているといった感があった。

 「まあ、価格も大きさも桁違いだし、当然と言えば当然ではあるが・・・低域の量感や伸び具合もやはり凄い・・・小型2ウェイとは思えない低域が出ていたな・・・」

 Sonus faber Electa Amatorは、個性的なスピーカーで、いわゆる「楽器型」のスピーカーと言っていいであろう。

 そこに独特のきらめき感というか、艶やかな光が乗ってくる。これは、cello Encore 150 Monoがもたらすものであろうか・・・

 LINN KLIMAX KONTROL SEは、色付けの少ない素直な音質が持ち味であるので、この煌めき感は、おそらくcello Encore 150 Monoから来ていると思えた。

 「歌うスピーカー」であるSonus faber Electa Amatorの歌声がさらに艶やかな質感になっているのに、少々驚くとともに「これは麻薬的な音色だな・・・嵌ると抜けられない・・・危険な香りがする・・・」と思った。

 続いてかかったCDは、プロコフィエフのヴァイオリン協奏曲第2番であった。ヴァイオリンはウラディミール・マリーニン。1974年の録音である。CDのブックレットには若かりし頃のマリーニンの写真が載っていた。実に凛々しい表情である。

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 揺蕩うような陰鬱なメロディーがヴァイオリンで奏されて、やがてオーケストラと絡み合い、テンポアップして展開していく。

 その第一楽章の冒頭から、ぐっと聴く者の心を惹き付ける音の質感である。Sonus faber Electa Amatorはヴィオリンが得意科目である。

 やはり、キャビネットに採用された無垢のブラジリアンウッドの響きが良いのであろうか・・・自然で豊かな響きである。

 Electa Amatorは、現行型として「V」が製造・販売されている。まだ、その音には触れていないが、オリジナルの良い点をきちんと引き継いでいてほしいものである。

 結局、プロコフィエフのヴァイオリン協奏曲第2番を第1楽章から最後の第3楽章まで通して聴いた。演奏も実に素晴らしいものであった。

 「Electa Amator」は、ラテン語で「選びぬかれた友人」との意味である。バッハのゴルドベルグ変奏曲とプロコフィエフのヴァイオリン協奏曲第2番を聴いていて、「Electa Amatorにとって、cello Encore 150 Monoは、『選びぬかれた友人』の一人であることは、間違いないようだ・・・」と思っていた。

 「これで、もう少しサイズが現実的なものであればいいのだけど・・・大きいし・・・重い・・・」その巨体を少々恨めしく眺めた。

 「我が家のGuarneri Mementoにも、cello Encore 150 Monoは合うような気がするな・・・しかし、この巨体・・・どう転んでも我が家のラックには収まらない。」

 cello Encore 150 Monoは、私のそんな思惑など全く無関心といった風情で、実にクールな質感で「オーディオショップ・グレン」の床の上で佇んでいた。

2021/12/27

5779:ゴルトベルク変奏曲  

 「じゃあ、さっそく聴いてみますか・・・」と小暮さんは、NAGRA CDCにCDをセットした。「オーディオショップ・グレン」のオーディオラックには、普段は見かけないコンパクトなプリアンプもセットしてあった。

 「このプリはLINNですか・・・?」と尋ねると、「そう、LINNのKLIMAX KONTROL SE。cello Encore 150 Monoと一緒に買取したものでね・・・珍しいブラック。ブラックだと少し印象が変わるよね・・・」と小暮さんは答えた。

 「そうですか・・・LINNのプリとcelloのパワーの組み合わせって、とても珍しいというか、あまりないような気がしますね・・・」

 「確かに・・・あまりないだろうね・・・LINNはどちらかというとおとなしめで色付けのない素直な音色だから、celloの個性が活きるのかもしれない。大きさも圧倒的にcelloの方が大きいしね・・・」

 LINN KLIMAX KONTROL SEとcello Encore 150 Monoという珍しい組み合わせで音を聴くことができるのは貴重な経験であろう。

 スピーカーはこの店の常設機であるSonus faber Electa Amatorである。非常に程度の良いものであるが、残念ながら非売品である。

 CDプレーヤー、プリアンプ、そしてスピーカーは比較的コンパクトなオーディオ機器であるが、パワーアンプだけ巨大である。

 「同じcelloでも、cello Encore Power Monoであれば、横幅が240oのコンパクトな形状だから、この組み合わせにマッチしているような気がするけど・・・音の威力というか、低域のドライブ力や力感では、きっと差が出るのだろう・・・」

 セットされたCDは、ラン・ランのピアノによるバッハの「ゴルトベルク変奏曲」であった。「バッハの音楽は今のような不安な時期には、とても良い薬になるよね・・・特にこの曲は、他のバッハの作品と比べても、優れた癒やしの力を持っている気がして・・・結構よく聴くんだ・・・」と小暮さんは語った。

 NAGRA CDC、LINN KLIMAX KONTROL SE、cello Encore 150 Mono、そしてSonus faber Electa Amatorという、それぞれがとても個性的なコンポーネントの集合体であるシステムでゴールドベルグ変奏曲を聴いた。

 「アリア」から始まり、「第1変奏曲」「第2変奏曲」と続いていく。結局CD1に収められている全て、「第15変奏曲」まで聴いた。

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2021/12/26

5778:物欲  

 今日はクリスマスである。私が20代であった1980年代は浮かれた時代であった。クリスマスは、カップルにとって非常に大事なイベントであり、身の丈に合わないような贅沢をすることが時代の風潮であった。

 そんなバブリーな時代はとっくの昔に過ぎ去り、今の若い世代は堅実なお金の使い方をするようである。

 給料も物価も上がらない長いデフレの時代に生まれ育った今の若い世代は、物欲もあまりないようである。車を所有しない比率も高い。

 私は高度成長期に育ったので、物に対する強い憧れを持って大人になった。それは未だに抜けず、オーディオや車に、ついつい憧れの眼差しを向けてしまう。

 先日も、中野坂上にある「オーディオショップ・グレン」で、とあるパワーアンプを見かけて、妄想に耽ってしまった。

 そのパワーアンプは、巨大なサイズのモノラルパワーアンプであった。そのパワーアンプはcello Encore 150 MONO。

 1台の重さが36kgもある。1996年の発売で、最終的な定価はペアで3,700,000円であった。その中古品が「オーディオショップ・グレン」に入荷していたのである。

 「珍しいですね・・・こんな大きなパワーアンプを買い取るなんて・・・」と、話を向けると「celloは、好きなんブランドなんだ・・・この表面の質感がとても上品だよね・・・それに独特の美音だし・・・個人的にはMark Levinsonよりもcelloの方により惹かれるものを感じる・・・」と小暮さんは話されていた。

 真っ黒なMark Levinsonと比べると、celloの製品はアルミニウムのシルバーが繊細な美しさを湛えている。

 「オーディオショップ・グレン」の床に置かれたcello Encore 150 MONOをしげしげと眺めた。両サイドにハンドルがついているその姿は流麗であり、独特のオーラが感じられた。

 「こんな豪華なアンプでGuarneri Mementoを鳴らしたら、どんな音がするのであろうか?」そんなバブリーな妄想が1980年代の浮かれた空気のように、私の頭の中を魅惑的に駆け巡った。

 「いかん、いかん・・・今は2020年代・・・『失われた30年』を経た後の世界である。それにこんな重いパワーアンプをセッティングしようとしたら、すぐに腰を痛めそうだ・・・」と、考え直して、そのバブリーな妄想を振り払った。私のような世代は気をつけないと、物欲の強力な呪縛に支配されてしまう。

 現代の若い世代には「ミニマリスト」と呼ばれる物を極力所有しない生活スタイルを送る人の比率が高いという。若い世代からも見習うべきことは意外と多いのかもしれない。

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2021/12/25

5777:ランフラットタイヤ  

 夜の10時ごろに車を走らせていたところ、警告表示が急に出た。「左フロントのタイヤの空気圧が低下しています。慎重に車を停車してください。」との表示であった。

 この警告表示が出るのは2度目であった。最初は約5年前。この車を購入して数ケ月経過した時であった。

 その時も「あれなんだ・・・?パンクか・・・?」と焦った。警告表示の2行目には「ランフラットタイヤを装着している場合には80km/h以下で走行できます。」と追加されていたので、そのまま走り、ディーラーに向かった。

 今回も同じ表示であった。「ランフラットタイヤでよかった・・・この時間帯であるとディーラーもやっていないからな・・・とりあえずこのまま自宅に戻って、明日の朝、ディーラーに行こう・・・」と判断した。

 車のタイヤがパンクすることは滅多にない。車を運転するようになって30年以上になるが、これで3回目である。

 約10年に1回の頻度である。しかし、3回のうち2回は現在乗っているBMW 523i Touringでのことである。

 ディーラーは朝の10時からの営業である。10時ごろにディーラーに向かった。ディーラーの駐車場に車を停めて、建物の中に入った。

 そして、車のキーをサービス担当者に渡して、要件を伝えた。「では、さっそくチェックしてみます・・・」と、サービスの担当者は車に向かった。

 女性スタッフが出してくれたホットコーヒーの横には小さなチョコレート菓子が添えられていた。そのパッケージにはクリスマスツリーが描かれていた。今日はクリスマスイブである。

 ややあって戻ってきたサービス担当者は「このネジがタイヤに刺さっていました・・・」とタイヤに刺さっていたというネジを見せてくれた。

 「パンク修理を行います。料金は7,040円ですが、よろしいですか・・・?」とのことであった。「よろしくお願いします・・・」と、パンク修理を依頼した。

 ランフラットタイヤは、乗り味が悪くなりがちである。パンクしても走れるように通常のタイヤよりもサイドウォールが頑丈になっているためである。

 そのため、当初はその乗り味の悪さが大きなネガであった。しかし、現在ではランフラットタイヤを装着していても、それほど硬いとは思わくなっていた。特にBMWはランフラットタイヤの採用が早く、履きこなしている感が強い。

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 私が座った席の近くにはM3が展示されていた。色はオレンジである。M3は相当にハードなセッティングを施したスポーティーな車である。

 そういったスペシャルなモデルらしく、色もそのデザインも目を惹くものになっている。しばしその姿を眺めていた。

 「こういう車に乗ると、気分が高揚するのであろう・・・しかし、日常の足としてはちょっとハードだよな・・・」と思った。

 30分ほどでパンク修理は完了した。料金を支払い、ディーラーを後にした。左フロントタイヤは正常な空気圧に戻っていた。少し違和感のあった乗り味は、しっかりとした安定感のあるものに変わっていた。

 「次に買う車もやはりランフラットタイヤを装着したものにしよう・・・この車で2度もランフラットタイヤの恩恵を受けたからな・・・」そう考えながらハンドルを握っていた。

2021/12/24

5776:イタリアンレッド  

 私は神田神保町の銘盤屋の店内で固まっていた。「デ・ヴィートのブラームスか・・・このジャケットになると、随分と安くなるんだな・・・これはイタリア盤のオリジナルか・・・英国オリジナルと比べると半分くらいの値段だな・・・」

 私の手にはG.デ・ヴィートのヴァイオリンによるブラームスのヴァイオリン・ソナタ第1番Op.78と第3番Op.108が収録されたレコードがあった。ピアノ伴奏はE.フィッシャーである。

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 イタリア盤のオリジナルであるので、ジャケットデザインが英国HMV盤とは随分と趣が違う。基調の色は赤である。

 そこにヴァイオリンとピアノのモチーフが加わり、センス良くまとめられている。HMVの象徴であるニッパー君はジャケット上部の真ん中に控えめに佇んでいる。

 「イタリア的だな・・・センスが良い・・・そして1950年代の息吹が感じられる・・・」そのジャケットを眺めていると、アルファロメオの古いモデルが連想された。

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 私の頭に浮かんだのはアルファロメオのモントリオール・・・このレコードよりももっと新しい時代のモデルである。発売は1970年。日本で大阪万博が開催された年である。

 デザインは、マルチェロ・ガンディーニ。この流麗なフロントマスクは今見ても新鮮であり、美しい。イタリアンデザインの粋を一身に取り込んでいる。

 この車のイメージカラーは当然赤である。その赤と今目の前にあるレコードジャケットの赤が妙に重なる。

 レコードの価格は66.000円。これが英国HMV盤のオリジナル盤だと倍以上の値付けになる。ともにオリジナル盤であるが、音はやはり違うはず。

 そのレコードを検盤するため、店主に依頼してその店のレコードプレーヤーでかけてもらった。幸い店内には他に客はいなかったので、店主はすぐに音を出してくれた。

 古いHARBETHのスピーカーから流れる音に耳を傾けた。「あれ・・・音が随分と朗らかというか、明るいというか・・・優しい人肌感があるな・・・英国HMV盤とは明らかに音の趣が違う・・・あちらはどちらかというと気品の高さが香り立つ凛とした音であった・・・」

 そんなことを思いながらヴァイオリンソナタ第1番の第1楽章を聴き終えた。店主に礼を言って、「これください・・・イタリアの音ですね・・・」と話すと、店主は「英国盤とはやっぱり違うよね・・・これはこれで素晴らしいと思いますよ・・・」と笑いながら答えた。

 古いアルファロメオの赤を連想させるジャケットは、この店の袋に入れられた。「そういえば、デ・ヴィートはイタリア人だったな・・・もしかしたらイタリア盤の音がデ・ヴィートの本来の音なのかもしれない・・・」そんなことを思いながら店を後にした。

2021/12/23

5775:バーミッツ  

 「kinoca」を訪れるのは2回目である。前回訪問したのは「コロナ禍」の前であったので、2年以上前であったはず。

 その時も感心した記憶があるが、この建物の梁には実に立派な木材が使われていて、見ているだけで「凄い・・・良いものを使っているな・・・」といった感が湧いてくる。

 ランチメニューは何種類かあって、少し迷った。「気まぐれごはんランチ」「パスタランチ」「ハンバーグランチ」「kinocaカレー」「手打ち蕎麦」とメニューに書かれていた。

 「気まぐれごはんランチ」はビーフシチューであった。「体が暖まりそうだな・・・」と思い、「気まぐれごはんランチ」を選択した。

 感染対策のためにテーブルは全て壁側に向かって設置されていた。なので、壁に向かって座ることになる。キッズコーナーもあり、小さな子供連れであっても安心して来ることができる。

 1歳のリーダーのお孫さんは、最初は見慣れない大人たちに警戒感が若干あったようであるが、あまり人見知りをしない性格のようで、だんだんと本領を発揮してきて、かわいい笑顔を見せてくれていた。

 しばし談笑しながら待っていると、ビーフシチューのランチが出来上がった。その味わいは、素朴でどこかしらほっとするものであり、この建物の雰囲気とマッチしたものであった。  

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 店内は暖かい。美味しい料理と、木の香りが心地いい店の雰囲気により、お尻に根が生えそうであった。しかし、いつまでもまったりとしているわけにもいかず、リスタートの時間となった。

 建物の外に出ると、まだまだ寒い。今日は最高気温が10度に達しないとの天気予報であったが、確かに一桁台の気温で留まっているようであった。

 「やっぱり外は寒いですね・・・」と呟きながら、リスタートの準備を進めた。冬用のグローブをはめる時、「バーミッツ、欲しいな・・・見た目はあまりかっこよくないけど、こんな厳しい寒さが続くようなら、走り出しの時にあるのとないのとでは大違いだな・・・」と思った。

 今朝は、走り出してすぐに指先が凍えて感覚がなくなった。指先の感覚がなくなると、ギアチェンジがスムースにできなくなってしまう。

 「見た目よりも実用だよな・・・」と、そんなことを思いながら二人のメンバーのハンドルに取り付けてあるバーミッツを眺めた。

 帰路は「東峠」「山王峠」「笹仁田峠」を越えて走った。今日は「忘年ライド」であったので、「紳士協定」が成立していた。誰もアタックをかけなかったので、三つとも「トレーニングモード」で走った。

 笹仁田峠を走って、下っていった先にあるファミリーマートで最後の休憩をした。最近はコンビニの駐車場にもサイクルラックがあることが随分と増えた。ここにもサイクルラックがある。そのサイクルラックにロードバイクが並んだ。

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 脚を少し休めてから、最後の行程を走った。2021年はもう少しで終わる。来年の動向はまだまだ不透明である。外国の状況を見ているかぎり、今はコロナの状況が落ち着いている日本も楽観視はできない。

 自宅に辿り着いて、風呂に入った。お湯の温度は40度。ゆっくっりと浸かった。「やっぱり買おうかな・・・バーミッツ・・・」と思いながら、湯の中で指をさすった。

2021/12/22

5774:西川材  

 奥武蔵グリーンラインは、上りと下りが繰り返しやってくるが、上りの比率の方が多い。アップダウンを繰り返していると、下るのがもったいないような気がしてくる。「下ったというこは、次はそれ以上に上らないといけないのか・・・」そんなことを思いながら走っていった。

 林道であるので道の周囲は木々に覆われていることが多い。稀にその木々の密集度合いが薄くなる。そのエリアでは木漏れ日が、穏やかな雰囲気の景色を作り出していた。

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 7台のロードバイクは隊列をキープしながら「トレーニングモード」で走った。上りでは負荷が200ワットを超えてくるので、脚はそれなりに削られていく。

 上り基調のアップダウンを随分と長い間走ってくと、顔振峠に向かう道も含まれる分岐ポイントにさしかかった。

 前回このコースを走った時には、右に鋭角的に曲がり顔振峠に向かう上りへ向かったが、今日は左に折れて東吾野へ下る道を選択した。

 急峻な下りを走った。山間の峠道はくねくねとうねっている。体重を右、左と傾けて下っていった。

 そして、今日の目的地である「kinoca」に到着した。しかし、少し着くのが早すぎたので、一旦東吾野駅まで行って、駅舎前の公衆トイレでトイレを済ませてから、また店に戻ってきた。

 ちょうどリーダーの奥さんが運転する車も店の駐車場に到着していた。今日はチームメンバーとともに、リーダーの奥さん、娘さん、そして1歳になるお孫さんも一緒にランチを楽しむ予定であった。

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 「kinoca」は、埼玉県飯能市にある「西川材」のアンテナショップである。店内には雑貨コーナーとカフェコーナーがある。

 このエリアは昔から「西川材」と呼ばれるスギ・ヒノキの産地であった。店内はその「西川材」をふんだんに使い、木のいい香りがする。やはり質の良い天然木は温かい雰囲気がある。

 雑貨コーナーにはそうした優しい色合いの天然木を使った様々な雑貨が売られている。そのデザインも優れたものが多い。

 カフェコーナーでは、素材にこだわり、オーガニック調味料で仕上げられたランチやスイーツをいただくことができる。 



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