2021/5/8

5546:一杯の珈琲  

 神田神保町のクラシック専門の中古レコード屋を出て、電車に乗って中野坂上に向かった。中野坂上に着いて地下鉄の改札を出た。

 時刻は夕方に差し掛かっていたが、まだ辺りは十分に明るかった。しばし歩いて、1階に喫茶店「Mimizuku」、そして4階に「オーディオショップ・グレン」が入っている5階建ての古いビルに向かった。

 喫茶店「Mimizuku」には週に1,2回訪れる。その古い扉を開けると、扉の上に取り付けてある鈴が二度三度と乾いた音を響かせた。

 連休の谷間の平日である。カウンター席には「ゆみちゃん」がテレワークをしていた。パソコンに向かって何か打ち込んでいる彼女に向かって「こんにちは・・・」と挨拶をした。

 4つ並んでいるカウンター席の一番左に彼女は座っていた。私は一番右のカウンター席に座った。スマホを鞄から取り出してカウンターに置いた。

 彼女のテレワーク歴も1年以上となっている。「私は人づきあいがあまり良い方ではないので、テレワークって向いている感じがします・・・」と彼女はテレワークについて話していた。

 私はいつものようにブレンドコーヒーを頼んだ。寡黙な女主人はすぐさま準備に取り掛かった。しばし待っていると私の目の前にはブレンドコーヒーが運ばれてきた。

 すぐに飲むことなく、私はしばしぼうっとしていた。そのちょっと間の抜けた様子を横目で確認したのか、「ゆみちゃん」は「何か心配事でもあるんですか・・・?」と訊いてきた。

 「えっ・・・あっ・・・ぼうっとしてた・・・?」

 「全然大したことじゃなくてね・・・レコードだよ・・・レコード・・・ついさっき中古レコード屋で、前から欲しいと思っていたものを偶然見つけたんだけど、恐ろしく希少価値の高いもので、その価格が半端なくてね・・・」

 それを聞いて、彼女は「そういうことですか・・・随分深刻な悩みなのかと思っちゃいました・・・迷ったときは買った方がいいんじゃないんですか・・・やってしまった後悔よりもやらなかった後悔の方が大きいといいますし・・・」とさらっと言った。

 「まあ、そうだね・・・」とぼんやりと答えた。あえて、そのレコードの値段については彼女に話さなかった。

 ゆっくりと暖かい珈琲を飲んだ。珈琲を飲み終えても、心の中のもやもやについては白黒がつかなかった。「まあ、いいか・・・」という感じで、会計を済ませた。

 この後、同じビルの4階に入っている「オーディオショップ・グレン」に向かう予定が入っていたのである。

 「今一時的にお客さんから預かっているスピーカーがあってね・・・ちょっと面白いものなので聴きにこない・・・?」と小暮さんから連絡が入っていたのである。

 「ビンテージじゃないよ・・・バリバリのハイエンド・・・」と小暮さんは話されていた。「ハイエンドですか・・・」と好みに合わない予感がして、あまり乗り気になれなかったが、予定が空いていたので「じゃあ、行きます・・・」を私は返答したのであった。



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