2021/4/30

5538:Q4 e-tron  

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 SUVとEVは相性が良いのであろうか・・・各社から現在最も人気のあるSUVスタイルを纏ったEVが矢継ぎ早に発表されている。

 その急先鋒の一角を占めるAudiから「Audi Q4 e-tron」が発表された。すでに日本で発売されるラインアップや価格も公表されていて、予約を受け付けているようである。

 Audiはすでに2種類のEVを発表済みであった。大型高級SUVである「Audi e-tron」、そして高級スポーツサルーンである「Audi e-tron GT」の2種類である。

 これらに続き、世界的にニーズが最も高いミドルサイズのSUVというセグメントに第3弾EVとなる「Audi Q4 e-tron」を投入することで、EV化のスピードを一気に上げていく計画のようである。

 モデルのラインナップは、52kWhと77kWhの2種類の駆動用バッテリー、それらに1モーターRWDと2モーターAWDの「quattro」が組み合わされて何種類かが設定される。

 日本での販売価格は9,330,000円からとのことである。やはりまだまだ価格という点に関しては、エンジンを搭載したモデルよりも相当高い。

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 国産EV車に目を向けると「日産 アリア」に注目が集まっている。こちらもSUVスタイルのEVである。そのエクステリアのデザインも近未来的で「Audi Q4 e-tron」と似ている。

 価格は500万円ほどとのことなので、Audiに比べると現実的な価格帯になってくる。これはきっと日本でもそして世界でも売れるような予感がする。

 アリアが日本でF大成功すれば、国内のEV率が一気に上がる起爆剤になるであろう。2025年には新車販売数の50%がEVになるという可能性も出てくるような気がしてきた。

2021/4/29

5537:レイン  

 時坂峠の展望ポイントはとても気持ちが良い。眺望も素晴らしく、春ののどかな空気と野鳥の鳴き声などが、心をゆったりと和ませてくれる。

 時折他のローディーも上ってきて、ここでしばしの休息タイムを過ごしていった。その中に身長が190cmはあるのではと思える大柄な外人さんが一人でロードバイクに乗って走ってきた。

 その乗ってきたロードバイクも当然大きい。私が乗っているロードバイクよりも大きなサイズのものを見るのは滅多にないので、思わず二度見してしまった。

 少し長めの休息タイムを過ごしてから、下り始めた。空の具合はやはりちょっと雨が降りそうな雰囲気のものになっていた。

 それでも下り切ったところにある「ちとせ屋」には立ち寄ることになった。やはりここの「卯の花ドーナッツ」は時坂峠を上った際のマストアイテムである。

 時坂峠の道は結構荒れている。路面には石や枝などが落ちているので、それをタイヤで踏まないように注意しながら下っていった。

 パンクなどのトラブルは一切なく下り切って、「ちとせ屋」にいつものように立ち寄った。ここで「卯の花ドーナッツ」と「豆乳」を購入した。 

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 その味わいはまったく変わっていなかった。滋味あふれる味わいは、安心感をもたらすものである。濃厚な豆乳との相性も抜群である。

 スマホの雨雲レーダーによると近いところまで雨雲が迫ってきているとのことであったので、卯の花ドーナッツを胃袋に収めてからは、少し速めのペースで帰路を急いだ。

 檜原街道を武蔵五日市駅まで走り、その後睦橋通りを走った。気になっていた天候であるが、時間の経過とともに空の色合いは明るくなってきた。どうやら雨雲は逸れていったようである。

 雨が降り始めたら省略する予定であった拝島駅近くのファミリーマートでの昼食休憩は端折られることを免れた。

 ファミリーマートの店内に入って昼食に選択したのは「明太子と鮭のスパゲティ」である。「和パスタ」であることを示す四角い容器に入っていた。

 こんぶやあごだしの風味と明太子の旨みが楽しめるパスタで、明太子ソース、加熱した明太子こに加え、鮭のほぐし身やきざみ海苔がトッピングされている。

 昼食休憩後は玉川上水に沿って続くコースを走った。西から東へ向かった。玉川上水は1948年に太宰治が愛人の女性と入水自殺したことでも有名であるが、現在の水量は多くなく、入水自殺はできそうにもない。

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 玉川上水に沿っては遊歩道が整備されていて、格好の犬の散歩コースにもなっているようである。

 「百石橋」まで走ってから隊列を離れて自宅へ向かった。結局雨は降らなかった。雨は降らなかったが、一人になって自宅までの短い行程をビートルズの「レイン」を鼻歌で歌いながら走った。1966年に発表されたジョン・レノンの名曲である。

2021/4/28

5536:時坂峠  

 総工費6,000万円をかけた総ヒノキ造りで有名になった「檜原村下元郷トイレ」でトイレ休憩を済ませた。ここから時坂峠まで走る。

 リスタートして少し走ると、檜原村役場が道の右側に見えてきた。その前を通り過ぎると「橘橋」の交差点がある。

 赤信号で止まった。その交差点には「都民の森」は緊急事態宣言を受けて閉鎖されている旨が記された立て看板があった。

 その交差点を右折した。穏やかな雰囲気の集落の中を抜けると檜原豆腐で有名な「ちとせ屋」の店舗が見えてくる。

 ここは、豆腐以外にもおからドーナッツが有名で、時坂峠の帰りには必ず立ち寄って、そのまろやかな味わいを堪能する。

 その「ちとせ屋」の手前を左に折れると道は上り始める。上り始めて少し行くと右側には「払沢の滝」に向かう観光客のための駐車場があるが、ここも閉鎖されていた。

 その閉鎖されている駐車場の前を通り過ぎたあたりから、負荷を上げて、いつものようにヒルクライムペースに移行した。

 時坂峠は距離が3qほどと短めであるが、厳しめの斜度のエリアが断続的に出現する。厳しめ、緩め、そして厳しめという具合にリズミカルに変化する。

 「距離が短めなので、平均パワーは240ワットぐらいで走りたい・・・」とサイコンに表示されるパワーの数値を時折見ながら、時坂峠の前半を走った。

 前半はまだ脚に余力があるので240ワット程の平均パワーで走り続けられた。時坂峠の峠道は、これぞ峠道といった感じで山間の中を何度も大きくカーブしながら獲得標高を上げていく。

 時坂峠のヒルクライムコースの中盤には結構厳しめのエリアが現れる。そこで脚の余力ががりがりとげずり落とされていく。

 ヒルクライムコースが終わりに近づいてくると、木々の茂みを抜けて、ぱっと眺望が開ける。道の左側には空が広がる。

 右側は断崖絶壁なので、普段なかなか見られない景色が目に飛び込んでくる。しかし、脚の余力が心許ないレベルまで下がっているため、その景色を楽しむ心の余裕はない。

 この見晴らしのいい道からは、斜度は6%〜9%ぐらいとなる。どうにかパワーを上げようともがくが、残念ながら私の脚力ではそううまくはいかない。疲労からパワーは220ワット程度しか出ない。

 それでも、気持ちを切らさずに最後まで走った。チームでゴールポイントとして決めている場所まで走り切って、サイコンのラップボタンを押した。

 「ちとせ屋」の脇を入った地点から、チームで定めているゴールポイントまでのラップ計測の結果は、走行距離が3.08kmで、タイムは15:32、平均パワーは233ワットであった。

 「もう少し調子を上げたい・・・」とその結果を見ながら思った。全員がゴールしてから、チームで定めているゴールポイントから峠の茶屋がかつてあった展望ポイントまで移動した。

 その展望ポイントにはベンチがある。ロードバイクをいつもの場所にセットして、美しい景色をバックにスマホで写真を撮った。
 
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 時坂峠は、距離は短めであるが、斜度がリズミカルに変化し、その見える景色も大きく変化する。そして走り終えてこの眺望ポイントまで来ると素晴らしい景色を堪能できる。それほど有名な峠ではないが、個人的にはとても好きな峠である。 

2021/4/27

5535:檜原村  

 6台のロードバイクは隊列を形成して走り始めた。気温はローバイクで走るのにちょうどいい具合であった。

 小平市の市街地を抜けていって、玉川上水に沿って続く道に出た。玉川上水の両側には多くの木々が植えられている。その緑が作り出す木陰の中を西へ向かった。

 トレインはトラブルもなく順調に進み、最初の休憩ポイントである拝島駅前のファミリーマートに到着した。

 拝島駅の白いフェンスにロードバイクを立てかけて、店内に入った。補給食を何にするか検討して、その結果選んだのは「鶏つくね串」と「ファミコロ」である。どちらもレジ横の「コンビニホットスナック」のコーナーに置いてある。

 「コンビニホットスナック」には様々なものが並んでいる。最近のものはどれもレベルが高い。「鶏つくね串」と「ファミコロ」はそれらの中でも定番の商品である。

 コンビニ休憩を終えて、先へ進んだ。国道16号を少し走り、睦橋通りに入った。睦橋通りは片側2車線の広い道路である。

 睦橋通りでは何度が赤信号で止まる。ある信号機の前で止まった時その交差点に「シャトレーゼ」があった。

 シャトレーゼはコロナ禍による巣籠もり需要で最高益を更新したというニュースを最近スマホで見た。郊外の住宅地に近い立地と手ごろな価格が受けて、とても売れているようである。

 武蔵五日市駅まで睦橋通りを走って、その手前で左折した。ここからは檜原街道を走る。上り基調の道を走って、市街地を抜けていった。

 新緑が気持ち良い穏やかな風景の中を走っていくと、秋川に架かる1本アーチが珍しい「新矢柄橋」が見えてきた。斜めに走る独特のアーチで吊られている斬新なデザインの橋を渡っていった。

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 道はさらに山間の中に入っていき、次なる休憩ポイントである「檜原村下元郷公衆トイレ」を目指した。

 その休憩ポイントが見えてきた。ここには雛原村の特産品を売る「山の店」とバス停、そして広い駐車場もある。その駐車場は緊急事態宣言を受けて閉鎖されていた。

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 公衆トイレの横にあるサイクルラックにロードバイクをかけて、トイレを済ませた。「ここの駐車場が閉鎖されているということは、きっと『都民の森』の駐車場も閉鎖されているのであろう・・・」と思った。

2021/4/26

5534:変わらないこと  

 東京都に緊急事態宣言が発令されたので、「実走」でのチームライドがどうなるのか、気になっていたが、バーチャルには切り替えずに今日のロングライドはいつも通り実施されることになった。

 ロングライドは屋外であり、マスクを着用しての走行が原則であるので、冷静に考えれば感染リスクは、混んだ食品スーパーに買い物に行くよりも低いと思われる。

 Twitterで「今日は通常通りロングを行います。」とのリーダーからのメッセージを確認してから、準備に取り掛かった。

 サイクルウェアは先週と同じものを選択した。今日の天気予報は午後から崩れる可能性があることを示していた。

 スマホのYhoo天気では午後12時以降の降水確率が50%と表示されていた。「午後からは少し降られるかもしれないな・・・」と思いながら、準備をほぼ終えた。

 朝食を摂りながらいつものように「はやく起きた朝は・・・」をゆっくりと観た。「はやく起きた朝は・・・」は、1994年4月に「おそく起きた朝は・・・」としてスタートした長寿番組である。

 その後2度の放送枠移動と、それに伴う改題を経て現在に至っている。2005年の2度目の枠移動から現在の時間帯の放送となりタイトルも「はやく起きた朝は・・・」になった。

 「変わらないことも、変わることと同じくらいに重要である・・・」といった価値観をこの番組は体現していて、ついつい応援したくなる。松居直美、磯野貴理子、森尾由美の3人の年齢は53歳、57歳、54歳である。世代的に比較的近いものがあるのも、応援したくなる要因かもしれない。

 7時になったので、LOOK 785 HUEZ RSに跨って自宅を後にした。空の色は確かに灰色ではあったが、その色合いは濃いものではなく、どちらかというと淡いものであった。「午前中は持ちそうだな・・・」そんなことを思いながら、「武蔵大和駅西」の交差点まで続く下りを走った。

 少し肌寒かったが、朝のうちだけ少し我慢すればいい感じのものであった。「武蔵大和駅西」の交差点の信号が青になったので、走り出した。

 今日も一般道を走った。交差点を直進して、青梅街道にぶつかるまでまっすぐに進んだ。青梅街道との交差点を左折して東へ向かった。日曜日の朝、道は空いていた。

 青梅街道を新小金井街道に達するまで走り、その大きな交差点を右折した。少し南へ走ってから「東たかの道」との交差点を左折すると、バイクルプラザに到着した。

 今日の参加者は6名であった。そのロードバイクの内訳はORBEAが2台、LOOKが2台、COLNAGOとKuotaが1台づつであった。

 今日の目的地は、午後から天気が崩れる可能性があったので、短めのコースということで「時坂峠」が選ばれた。往復距離は90q未満で、上り返しもないので所要時間は短くて済む。

2021/4/25

5533:14番と13番  

 小暮さんが淹れてくれた珈琲を飲みながら、この威圧感をも感じるソナスファベールのエクストリーマを聴かせてもらった。

 最初に聴いたのは、ペルルミテールのピアノによるモーツァルトのピアノソナタ第14番であった。

 ROKSAN XERXES10に乗せられたその貴重なレコードの盤面にMC20の針先がゆっくりと降ろされていった。

 1950年代のレコードであるが、コンディションは比較的良い状態が保たれていた。モーツァルトとしては珍しく、重々しい厳粛な雰囲気で始まるピアノソナタである。

 ピアノソナタ第14番は、1784年、モーツァルトが28歳の時にウィーンで作曲された。ハ短調のこのピアノソナタは、悲劇的な様相を帯びている。

 早熟なモーツァルトにとっては円熟期と言ってもいい時代の作品であり、深遠にして清澄な神々しさをも感じさせる傑作である。

 エクストリーマで聴く、このハ短調のソナタは、「重厚」という言葉がまず浮かぶ。すでに製造から30年以上の年月が経過しているので、音の表面はこなれて柔らかく、音色は濃い。

 長い奥行きや背面のパッシブラジエーターが効いているのか、量感をともなった低音が音楽をしっかりと底支えしている。

 演奏者の存在が眼前に浮かぶように感じら、聴き手はその名手の演奏にすっと感情移入することができる。

 第3楽章まで通して聴いた。演奏時間は約20分間。ペルルミュテールはラベルの演奏で有名であるが、モーツァルトも素晴らしい。VOXレーベルから6枚のシリーズで出ているモーツァルトのピアノ曲全集はどれも素晴らしいレコードである。

 「実は今日神田神保町でモーツァルトのピアノソナタのレコードを買ったんです・・・リリー・クラウスの演奏のもので、これ聴かせてください・・・」と袋のなかから、購入したばかりのレコードを取り出した。

 かけてもらったのはピアノソナタ第13番である。さきほど聴いた第14番の一つ前のピアノソナタである。モーツァルトのピアノ・ソナタは18曲が残されているが、そのすべてが3楽章形式で書かれている。

 第13番 変ロ長調も同様に3楽章形式で書かれており、第1楽章から第3楽章を通して、明るさと美しさが表れている最もモーツァルトらしい曲の一つである。

 第14番の後に聴くと、その清澄な明るさがさらに際立って聴こえてくる。エクストリーマは、先ほどの重厚な雰囲気とは打って変わって、広い公園の広場を子犬が駆け回るような軽快さをもって、その音を部屋の隅々まで響かせた。

 ソナスファベールのスピーカーは楽器的な要素が強い。このエクストリーマも複雑に組み合わされたキャビネットや背面のパッシブラジエータが響き合い、重厚な雰囲気も甘美な明るさも上手に演出してくれる。

 エクストリーマの見た目はエレクタアマトールは随分と違うものがあるが、やはり紛れもなくソナスファベールのスピーカーであり、よりスケールの大きさをを感じさせる傑作であった。

2021/4/24

5532:極点  

 階段で4階まで上り、息を少し整えてから金属製のドアをノックした。「ド、ド、ド、ドン・・・」と「運命」冒頭のリズムになぞらえて、右手の中指の第2関節の角でドアの表面を叩いた。

 ややあってから「どうぞ・・・」という聞きなれた声がドアの向こう側から聞こえた。ドアを開けて中に入り、いつものようにリスニングポイントに置かれた黒い革製の3人掛けソファに座った。

 リスニングポイントから見て正面の壁には、一目でソナスファベールのスピーカーと分かる特徴的な姿形をしたスピーカーが1組セットされていた。

 いつもこの位置に置かれている「エレクタアマトール」は、部屋の片隅にかたずけられていて、白い布が掛けられていた。

 私は小暮さんのメールにあった「ソナスファベールを代表するもう一つのスピーカー」という表現から、新たに入庫したというスピーカーは「ガルネリオマージュ」か「アマティオマージュ」であろうと予測していた。

 しかしながら、その予測は当たらなかった。そこに鎮座していたスピーカーは、一目でソナスファベールのスピーカーであることは分かる意匠をしているが、その製品名は分からなかった。私が見たことのないモデルであったのである。

 それは、エレクタアマトールを2回り以上大きくしたような姿をしていた。2ウェイスピーカーで専用スタンドと一体となっているが、奥行きが相当にあり、エレクタアマトールよりもはるかに強いエネルギー感を漲らせている。可憐なエレクタアマトールに対して、かなりマッチョな印象を受ける風貌である。

 私が「豆鉄砲をくらった鳩」のような表情をしていたのを察したのか、小暮さんは「これ知らない・・・?ソナスファベール エクストリーマ・・・初期のソナスファベールの傑作だよ・・・」と私に告げた。。

 「すみません・・・知りませんでした・・・てっきりガルネリオマージュかアマティオマージュだろうと思っていました・・・」と私は答えた。

 「このスピーカーは背面にパッシブラジエーターを搭載していて、低域レスポンスがかなり高い。エクストリーマという名前はラテン語で『極点』という意味で、このスピーカーにかけられた意気込みが強く感じられるよね。迫力あるでしょう・・・この見た目・・・」と小暮さんは説明してくれた。

 「低域には19cmのコーン型ユニットを、高域には2.8cmのソフトドーム型ユニットを採用していて、背面のパッシブラジエーターは、ターミナル横のノブにより5段階のダンピング調整が可能になっている。」

 「エンクロージャーも当然凝っていて、7枚のブラックサテン・ラッカー仕上げ材を縦方向に組み、これを2枚のウォールナットムク材で両サイドからはさんだサンドイッチ構造になっているんだ。フロントバッフル面に本革を貼っているのは、エレクタアントールと同じ。」

 小暮さんは熱っぽく説明してくれた。その説明を聴きながら「極点」を眺めていた。その外観からは確かに情熱(パッション)というものが、相当量発散されているように感じられた。 

2021/4/23

5531:リリー・クラウス  

 神田神保町にあるクラシック専門の中古レコード屋から出たのは午後5時を回っていた。手には一枚のレコードが入った袋があった。

 購入したのはリーリー・クラウスのピアノによるモーツァルトのピアノソナタ13番と16番その他が収録されたレコードである。
 
 レーベルはディスコフィル・フランセ。1950年代に録音されたもので、モノラルである。1950年代のフランス盤は、どこか高貴な響きがある。このレコードにも間違いなくその高貴な輝きがしっかりと含まれているはずであった。

 その後私は自宅へは向かわずに、中野坂上に向かった。中野坂上は、新宿まで地下鉄で数分という便利な立地にあるが、静かで暮らしやすい環境に恵まれている。

 青梅街道と山手通りが交差する場所にあるため、大きな道路沿いは交通量も多くにぎやかであるが、幹線道路から1本中にはいると、落ち着いた雰囲気に変わる。

 地下鉄の出口を出て少し歩いた。今日の昼間は25度を超えるような気温になり暑かったが、夕方になると上着を着ていても暑さはあまり感じなかった。

 「オーディオショップ・グレン」の小暮さんからメールが来たのは先週のことである。「もう一つソナスファベールの代表的なスピーカーが入ったから聴きに来ませんか・・・?」という内容であった。

 「オーディオショップ・グレン」の常設スピーカーは、ソナスファベールの「エレクタアマトール」である。

 このスピーカーは1988年に発売された。ラテン語で「選びぬかれた友人」と名づけられた小型2ウェイスピーカーである。

 エンクロージャーには無垢のブラジリアンウッドが採用されていて、フロントバッフルには本革が貼られている。その造形はイタリアらしい美しさに溢れている。

 大理石や木材を使用した専用スピーカースタンドにセットされた姿からは、創業者であるフランコ・セルブリンの情熱がひしひしと感じられる。

 その「エレクタアマトール」以外にもう1セット、ソナスファベールのスピーカーが入庫したようである。

 ふと頭に浮かんだのは、「ガルネリオマージュ」である。「ガルネリオマージュ」は1993年から2005年まで製造された。

 その後に続く「オマージュ・シリーズ」の先駆けとなったモデルである。キャビネットの表面に塗られるニスにも徹底的に拘り、リュート形状のキャビネットなど音響的にも練りに練られたものであった。

 ただし、そのニスは時間の経過とともに白濁してしまうという欠点があったようで、後期型では別のものに変えられたようである。

 「あるいは『アマティオマージュ』であろうか・・・」とも思いながら、目的地である白いビルに到着した。

 このビルの1階には週に1,2回は訪れる喫茶店「Mimizuku」がある。今日は小さな窓から店内の様子を少し窺っただけで店内には入らずに、階段を使って「オーディオショップ・グレン」が入っている4階に登っていった。

2021/4/22

5530:痕跡  

 両脚の太腿に筋肉が攣る前兆の痛みを抱えながら、風張峠の頂上を目指していた。昨年と今年はコロナ禍の影響で「実走」の時間が例年よりもかなり少ない。そのために筋肉が衰退しているのであろうか・・・あるいは単に年齢が加算されたことによる衰えか・・・そんなことを疲労のためあまり機能していない脳の内部で巡らせながら、パワーの数値を落として上り続けた。

 サイコンに表示される「10秒平均パワー」の数値は170〜190の範囲でその数字を定期的に変えた。

 ようやく月夜見(つきよみ)第一駐車場が見えてきた。この駐車場は、奥多摩周遊道路でもっとも眺めの良い駐車場で、奥多摩湖や山々の雄大な景色が楽しめる。

 月夜見第一駐車場の前を通り過ぎて右に大きくカーブしていった。ここから先は平坦路や短い下りも挟まる。

 下りは痛みのある脚にとってはありがたい。断続的に続くアップダウンをやり過ごしていくと、ようやくゴールである道標が道に左側に見えてきた。

 どうにかこうにか攣ることなく風張峠の頂上に達することができた。LOOK 785 HUEZ RSをその道標の前に立てかけて、スマホで写真を撮った。

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 道標の向かい側には風張峠駐車場がある。ここのは標高1,146mで、奥多摩周遊道路の最高地点であると同時に都道の最高地点でもあるとのこと。

 風張峠駐車場にはサイクルラックが設置してある。そこにロードバイクをかけて座り込み、痛みのまだ残る太腿をしばしの時間マッサージした。

 峠の向こう側は相当な強さの風が吹いているようで、その音が不気味に響き渡っていた。この駐車場は山の木々に守られていて風は吹きこんでいなかった。

 サイコンで「山のふるさと村」との分岐点から、風張峠の道標までのラップ計測の結果を確認した。

 距離は9.27kmでタイムは39分12秒。平均パワーは204ワットであった。次にこのヒルクライムコースを走る機会があったなら、平均パワー220ワットを再度目指したい。

 全員が上り終えたところで記念撮影を済ませた。そして「都民の森」の方へ向かって下り始めた。「都民の森」の売店は休業中とのことであるので、「都民の森」には立ち寄らずに檜原村営下元郷公衆トイレまで一気に下る予定であった。

 風張峠の向こう側はやはり風が強かった。下りの途中で横風でハンドルが取られそうになることがあり、何度かヒヤッとした。

 長い下りを走り切った。総ヒノキ造りの公衆トイレで有名になった檜原村営下元郷公衆トイレの前にはサイクルラックがある。そのサイクルラックにロードバイクをかけたが、強風によってサイクルラックにかけられたロードバイクがゆらゆらと揺れた。

 トイレ休憩後、下り基調の道を走った。檜原街道、睦橋通りを予定通り走っていき、拝島駅前のファミリーマートで昼食休憩をした。

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 昼食には「かき揚げそば」を選択した。ここまでくると後は距離も短く平坦路だけであるので安心である。

 「マグオンを飲んでいたおかげで攣らなかったけど、飲んでいなかったら攣っていただろうな・・・筋肉が攣った時の痛みはやはり経験したくないものである・・・」そんなことを思いながら暖かいそばをすすった。

 その後順調に帰路をこなして、自宅に辿り着いた。走行距離は136kmであった。両脚には痛みの痕跡がまだ残っていた。「風呂に入って、マッサージしよう・・・」と思いながら自宅の中にロードバイクとともに入っていった。

2021/4/21

5529:狸  

 奥多摩湖を眺めながら焼き芋を食し、まったりとした休息時間をすごした後、奥多摩湖第2駐車場へ向けてゆっくりと走り出した。

 第2駐車場は広く、公衆トイレもある。ここでトイレを済ませてからいよいよ風張峠を目指すことになった。

 第2駐車場は満車状態であった。ここには第3日曜日に「旧車マニア」が集まり、自慢の車を見せ合っている。

 「旧車」は1960年代、1970年代の日本製の古い車である。確かにこの時代の車には、懐かしい「夢」が濃厚に詰まっているような気がする。

 風張峠がある奥多摩周遊道路に向けて6両編成のトレインは順調に進んだ。奥多摩湖は縦に長い形状をしている。その貯水湖の縁に沿いながら続く道は景色が素晴らしい。

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 我々の隊列を2台の「ケンメリ」が通り過ぎていった。「ケンメリ」は、1972年に発売された4代目スカイラインである。

 テレビCMなどで「ケンとメリーのスカイライン」のキャッチコピーが使われたため「ケンメリ」と呼ばれて、一世を風靡した。

 いくつかの色とりどりの橋を渡っていくと、奥多摩周遊道路のスタート地点に達した。ここから風張峠の頂上までは13kmほど。ここから一気に負荷を上げることはなく、4q程上り基調の道を進んで、「山のふるさと村」へ向かう道との分岐点のT字路交差点を通り過ぎてから負荷を上げることが多い。

 分岐の交差点の信号機は赤であった。一旦止まって青になってからリスタートした。ここから負荷を上げた。「平均パワーは220ワット程で・・・」と思っていた。

 風張峠のヒルクライムコースは、距離が9kmほどで斜度もしっかりとしている。ここまですでに50kmほどの距離を走ってきているので脚の疲労度も高めである。

 「序盤から無理をすると後半で辛い目にあうから・・・無理をしないように・・・」と思いながら、230ワットの平均パワーで前半の上りを走っていった。

 「前半5kmまでは230ワット平均で走ろう・・・後半は疲れからパワーが落ちるし、月夜見第1駐車場を過ぎると平坦や下りも混ざるようになり、パワーの数値が下がるので、結果として平均で220ワットぐらいになるであろう・・・」との予測であった。

 風張峠のヒルクライムコースは道幅が広く、舗装も綺麗に整備されている。そういう点では走りやすいのであるが、斜度の変化もまた景色の変化も少ない。ある意味単調なコースである。

 斜度は7〜8%が延々と続く。230ワットの平均パワーで前半を走っていった。前半はほぼ予定通りであった。

 異変が出始めたのは、5kmを過ぎたあたりであった。右脚の太腿に痛みの塊が出始めた。「まずいな・・・太腿の筋肉が攣りそうだ・・・」と思った。それは明らかに脚の筋肉が攣る前兆の痛みであった。

 「ここで攣ったら大変だ・・・まだ4km以上上らないといけない・・・」痛みが出始めると一気に弱気になる。パワーはじりじりと下がり始めた。

 200ワット切ったり切らなかったりといった負荷まで下げてさらに2kmほど走っていくと、痛みが出始めた右脚をかばったためか、今度は左脚の太腿に同様の痛みが出始めてしまった。

 「まずい・・・両脚が同時に攣ったら、走行不能になる・・・」と冷や汗が流れ始めた。疲労と両脚の太腿の痛みでパワーは200ワットを下回る低い数値で推移するようになった

 まだゴールである風張峠の頂上までは2km以上あった。「平均パワー220ワットで走り切ろう・・・」という思惑は、風張峠の厳しさの前に「取らぬ狸のなんとか・・・」にドロンと化けてしまった。



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