2020/10/25

5346:EVER GREEN  

 関越道の花園インターは私にとって思い出深いインターの一つである。私が初めてゴルフのラウンドをした寄居カントリークラブがこのインターを降りて少し車で行った先にあるのである。

 顧問先の会社の社長に勧められてゴルフを始め、3回ほど練習場に行った後に、その社長に連れられて寄居カントリークラブで初ランドをこなしたのであるが、3回練習場に行っただけでの初ラウンドは当然散々な結果であった。

 今から20年以上も前の話である。私にゴルフを勧めてくれた社長も4年前に亡くなった。秋が深まりつつある今日、花園インターを降りながら、その社長の顔を思い浮かべた。

 花園インターを降りて一般道に入り向かった先はゴルフ場ではない。夜香さんのお宅である。今日はエム5さんと夜香さんのリスニングルームにお邪魔する予定であった。

 私とエム5さんはそれぞれ自分の車で夜香さんのお宅に向かい、午後2時に到着する予定であった。私は10分ほど前に着いた。しばし時間調整してエム5さんが来るのを待ったが、午後2時になったので夜香さんのお宅のチャイムを鳴らした。

 夜香さんのお宅にお伺いするのは初めてであるが、イベントなどで何度か顔は合わせていたので、「お久しぶりです・・・」と挨拶をしてお宅に上がらせてもらった。

 夜香さんのリスニングルームは2階にある。広々とした部屋にはじつに魅力的なオーディオ機器が数多く整然と並んでいた。

 その数はちょっとしたオーディオショップ並みと言えるかもしれない。そのいずれもがハードとしての美しさ、魅力にあふれたオーディオ機器ばかりで、夜香さんのオーディオに対する愛情の深さを体感できるものであった。

 メインシステムのスピーカーはJBLのOlympusである。スコーカーとツイーターはキャビネットの上にセットされている。絵的にも実に様になっている。さらにスーパーツイーターとサブウーファーが加わるので、5ウェイ構成ということになる。

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 この豪華なスピーカーをアキュフェーズとマッキントッシュのパワーアンプ郡がマルチ駆動している。

 メインシステムの司令塔としてその音色を統括しているのがMark levinsonの歴史的銘器である、LNP-2Lである。

 送り出しはデジタルはOPPOの一体型CDプレーヤーで、アナログはメインがEMT 930で、サブがミッチェルエンジニアリングのGyroDecである。

 エム5さんが遅いので夜香さんが電話すると「迷っちゃって・・・」との返答であった。エム5さんは何度か来られているはずであるが、毎回迷われるようである。

 エム5さんの到着前に少しCDを聴かせていただいた。JBL、マルチ駆動、Mark levinson LNP-2L・・・そういった優れた要素の集積が見事に音に乗り移っていた。

 きりっとした強さ、盤石な土台の安定感、そしてきらきらと煌めくように感じられる華やかさが、一体となって融合した音であった。

 30分ほど遅れてエム5さんが到着された。3人揃ったところでお茶を飲みながらの雑談タイムを過ごし、デジタルソースの続きが再開された。

 私はリスニングポイントに置かれた3人掛けのソファの真ん中に座らせていただいた。エム5さんは「俺はいつもここなんだ・・・」とリスニングポイント背後のダイニングテーブルの椅子に陣取られた。

 ポピュラーやジャズなどの優れた楽曲がぐいぐいと迫りくる感じで聴覚を司る脳内を潜り抜けていった。

 迫力があり、濃厚な空気感のもと、華美になり過ぎないきらめきが感じられる音は聴きあきることはなく、耳にもそして体にも実に心地良いものであった。
 
 デザートをいただきながらのティータイムを挟んで後半はアナログタイムへ移行した。今日はメインで使われているEMT 930を中心に聴かせていただいた。

 EMTのレコードプレーヤーは、その姿から「余裕」「強靭」「重厚」といったイメージを持つが、音にもそのイメージがしっかりと沁みだしている。

 リスニングポイントのソファに深く腰掛け、脚と腕を組んで音楽に浸り切っていると、体の周囲の全てを音に包まれるような感覚に捉われた。

 音を俯瞰的に眺めるのではなく、全身が音に包まれるようにして音楽を体感する。夜香さんのサウンドは、「包まれ系」と評したくなるものであった。

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 数多く陳列されているオーディオ機器の中で私の目を実に和ませてくれたオーディオ機器の一つは、YAMAHA CT-7000であった。1976年発売のFMチューナーである。

 この時代のYAMAHAのデザインは本当に優れている。私の個人的な好みからすると、この時代がピークでその後YAMAHAのデザインセンスは下降線を辿っていってしまう。

 夜香さんに頼んでCT-7000の電源を入れもらった、バックライトは淡いグリーン。その色は実に良い色合いであった。

 過ぎ去ってしまった淡く幸せな時間を手繰り寄せてくれるようなその色合いは、夜香さんのオーディオに対する愛情を示してくれているかのようであった。

 さらにその淡く上品な色合いは、夜香さんの心の中に灯り続ける家族への愛の色合いのようにも感じられた。その愛が発する光は、時を経ても決して色褪せることのない「EVER GREEN」な色合いだと思われた。

2020/10/24

5345:林間コース  

 日高カントリー倶楽部は、林間コースである。ホールは林でセパレートされている。つまり左右両側に林がある。ティーショットを曲げて林に入れてしまうと、フェアウェイに戻すためにほぼ真横か空間が空いて入ればやや斜め方向にボールを低く打ち出す必要がある。

 一か八かで無理をすると大叩きする可能性が高いので、林に入れてしまった場合には安全第一で打ち出す方向を決める必要がある。

 出だしがトリプルボギーで、次のホールはティーショットを右の林に入れてしまった。ほぼ真横にボールを打ち出した。
 
 三打目でもグリーンをとらえることができずにダブルボギーであった。「これは相当ひどいスコアになるな・・・」とある程度覚悟を決めた。

 しかし、ゴルフというものは稀に良いこともあるものである。ショートホールではグリーンを外したがアプローチショットがピンにぴったりと寄ってパーを取ったり、また、別のホールでは5メートル以上ある長いパーパットが奇跡的に入ったりもした。

 パーも二つ奪ったが、ダブルボギーも量産して前半の東コースは「48」であった。もっとひどいスコアになるかと思っていたので、少しほっとした。

 クラブハウスに戻って昼食を摂った。テーブルにはアクリル板が設置されていた。昼食にはトンカツを選択した。サイボクの豚肉を使っているとのことで、確かに美味しかった。

 後半は西コースである。こちらも林間コースであり、その雰囲気が大きく変わることはない。日高カントリー倶楽部はもう一つ南コースがあるが、そちらはかなりトリッキーなコースのようである。

 後半に入ったからといって、ゴルフの内容ががらっと変わることはない。久々のゴルフであるのでショートゲームにおける距離感が合わなかった。

 50ヤード以下になってから結構苦労した。さらに後半は1.5メートルほどの短いパットがことごとく外れた。

 やはり定期的にラウンドしていないと、フィーリングが随分と鈍ってしまうものである。グリーン周りでのドタバタが響いて、後半のスコアは「50」であった。トータルで「98」。おおよそ1年ぶりとなるゴルフはどうにかこうにか100を叩かずに終えることができた。

 乗用カートが無しの名門コースであったので、脚には鈍い疲れが残ったが、やはりゴルフは楽しいものである。ミスショットする比率の方が多いラウンドでも、自然の中で一時童心に戻れる時間は貴重なものであった。

 自粛一辺倒の流れから、感染対策をしっかりとして「コロナ前」の日常を取り戻していく流れに最近は変わってきている。一日当たりの感染者数は減ってはいないが、大きく増加もしていない。これからは月に1回程度はゴルフの予定を入れていきたいところである。

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2020/10/23

5344:11ケ月振り  

 例年、ゴルフは年間20回ほどラウンドする。そのほとんどが仕事絡みのゴルフコンペである。ゴルフコンペは季節の良い春と秋に集中する。

 しかし今年はコロナウィルスの影響により、ゴルフコンペは全て中止になった。自粛ムードが広がっているなか、プライベートでも誘いあうことはなかった。

 「今年はゴルフはなしかな・・・」と思っていたが、従来の日常を少しづつ取り戻していこうとする流れが最近出てきて、ゴルフにも誘われるようになった。

 「ゴルフだけなら、屋外だしマスクをしてラウンドすればまず危険性はないであろう・・・その後の会食などさえしなければ・・・」と判断して、ゴルフも再開することにした。

 今日は今年初めてのゴルフであった。昨年の11月にラウンドして以来、実に11ケ月振りにということになる。
 
 そういった状況であるので、良いスコアは望むべくもないが、10月の爽やかな気候のなかでゴルフができるのは、楽しみであった。

 天気予報は曇り。夕方か夜には雨が降り出すかもしれないが、プレー中は大丈夫そうであった。「雨さえ降らなければ・・・」と思いながら、ゴルフバッグを車に積み込んで自宅を後にした。

 場所は日高カントリー倶楽部。名門である。林間コースで、乗用カートはなく、全て歩きである。林間コースはアップダウンはあまりないが、ティーショットを林に入れてしまうと、ほぼ真横に出すだけとなる。

 スタートは9時半であった。自宅から車で1時間ほどでゴルフ場には着いた。スタートまでまだ時間があったので、練習場で25球ほど打った。その後練習グリーンでパターの感覚を思い出そうとした。グリーンは速め、上に着けると苦労しそうであった。

 天気は予報通り曇りであった。気温は長袖のゴルフウェアでちょうどいいくらいで、上着は必要なかった。

 スタート時間になったので、一緒に回るメンバーと東コースの1番ホールに向かった。「まともに飛ぶかな・・・」と心配ではあったが、「まあ、今日は楽しむだけ・・・スコアは二の次だから・・・」と思って、ティーグランドに立った。

 朝一のティーショット。当りは悪くなかったが、左方向に飛んでいった。左の林の中の1本の木に当たり、右にはねた。運よくラフに転がった。そのまま林の中に入ってしまったら、トラブルになったはずである。

 「助かった・・・」と思いながら打ったセカンドショットは大きく右にそれた。グリーン右手前のバンカーに入った。「バンカーか・・・試練だな・・・」

 バンカーショットは出るには出たがグリーンには届かなかった。そこからのアプロ―チがトップした。ピンを通りすぎ逆側のグリーンエッジで辛うじて止まった。

 ここからパターに持ち替えたが、沈めるのにさらに3打を要した。出だしはトリプルボギーであった。「やっぱりこうなるよな・・・」と思いながらも、気持ちは久しぶりのゴルフに少しハイな状態であった。

2020/10/22

5343:Uターン  

 休憩時間中に計算してみた。風張峠まで上るのに要する時間、そして風張峠から自宅まで戻るための要する時間・・・それらを組み合わせると、自宅に帰り着くのは3時過ぎになる。

 2時半までの自宅に戻らないと、仕事の予定に間に合わない。結論は「風張峠までは無理か・・・」というものであった。

 時間が許す範囲で走っていき、区切りのいいところでUターンすることにした。奥多摩湖の第2駐車場に立ち寄ってトイレ休憩を済ませてから、さらに先に向かって走り始めた。

 奥多摩湖は奥行きのある湖である。奥多摩湖に沿って走る道路を7両編成のトレインは快速で進んでいった。

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 青空は消え、薄い灰色の空になっていた。標高も上がってきたのであろう。気温がひんやりとしてきた。

 風張峠の頂上には道標が建っている。そこには「東京で一番高い道路 標高1146m」と記されている。きっと風張峠の頂上はひんやりを通り越して寒いくらいであろう。

 風張峠に繋がる奥多摩周遊道路に向かうには橋を4つ越える必要がある。その一つ目の橋である「峰谷橋」が見えてきた。鮮やかな赤い色をした橋である。

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 さらに3つの橋を渡ると奥多摩周遊道路に入った。昔は有料道路であったようであるが、今は無料で通れる。

 「山のふるさと村との分岐の交差点まで走ってUターンすることにしよう・・・」と思った。時間的にはもう少し先まで行けるが、区切りがいいのでそうすることに決めた。

 分岐の交差点までは緩やかな上り基調の道が続く。普段は分岐の交差点を過ぎてから、負荷を上げて走っていくが、今日は先頭を引いてくれていたメンバーがハイペースで走ってくれた。

 その背後にくっついて私も高めの負荷で走った。快速ペースは気持ちが良かった。良いペースで走っていくと、交差点に達した。

 交差点の信号は赤であった。私はメンバーに挨拶をしてここでUターンした。少し心残りではあったが、私は帰路につくこととなった。

 帰路は一人旅であった。パンクなどのトラブルがないことを願いながら走り続けていった。下り基調なので重力を味方につけて60kmほどの距離を走った。
 
 自宅に帰り着いた時にサイコンを確認すると、今日の走行距離は122kmであった。それなりの距離を走った。体にはずしっと重い疲労感が残ったが、気持ちは随分と軽くなったような気がした。

2020/10/21

5342:小河内ダム  

 JR青梅線の線路に沿って鄙びた雰囲気の中を奥多摩湖方面へ走っていった。途中セブンイレブンでコンビニ休憩をした。

 天気は「秋晴れ」と評していいほどに良くなっていた。「あれ、こんな天気予報だったっけ・・・」と思ったが、天気が良いことにこしたことはない。

 補給食には「たまごパン」を選択した。これにカフェオレを合わせた。駐車場の空いているスペースに腰かけるのであるが、ここでも密にならないように間隔をあけて座った。

 休憩を終えると、奥多摩湖を堰き止めている小河内ダムに向けてリスタートした。しばしJR青梅線に沿って走り、幾つかの駅を通り過ぎた。

 駅名も「軍畑(いくさばた)」や「古里(こり)」など、周囲の風景の雰囲気に似通ったものである。

 「将門」の交差点を左折して「城山トンネル」に向かった。ここからトンネルが断続的に続く。「城山トンネル」は比較的新しいトンネルである。広く照明も明るめ。

 トンネル内では車のエンジン音が盛大に響く。たとえ小排気量の軽自動車であっても、アメリカンマッスルのようなエンジン音になる。

 さらにもう一つトンネルを通り抜けいくと愛宕大橋交差点に行きつく。この交差点を左折して小河内ダムへ向けて徐々に上っていく道を進んだ。

 小河内ダムへの道は緩やかな上りである。小河内ダムが最終ゴールである場合には高速バトルになるが、今日は風張峠がその先に控えているため、目一杯のハイペースにはならない。

 それでも先頭を引いていたメンバーが絶妙なペースで走ってくれたので、ちぎれるほどではないが、楽は決してできないという感じでクランクを回し続けた。

 トンネルを一つ、また一つとこなしていって、ようやく最後の中山トンネルを潜り抜けた。明るい景色が広がると、小河内ダムの排水設備が視界に入ってきた。

 ようやく小河内ダムの向こう側に広がる奥多摩湖に着いた。上って来るうちに空には雲が広がってきた。天気はまた曇りに戻ったようであった。

 それでも眼前に広がる湖の様子は穏やかで、「やっぱりリアルは良いな・・・」と思った。とても穏やかな空気感のなか、しばし休息して談笑タイムを過ごした。

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2020/10/20

5341:青空  

 隊列を形成してスタートした。スタート時の天気は曇りのままであった。6台のロードバイクはもう一人のメンバーとの合流地点である東大和市のセブンイレブンを目指して走り始めた。

 以前は前のメンバーの背後にぴったりとくっついて走っていたが、コロナ禍の中でのライドでは、2メートル程度の間隔を空けて走る。そのため「ドラフティング効果」はほとんど得られない。

 マスクも着用している。サイクルウェアの有名なメーカーであるパールイズミ製のマスクは普通のマスクよりも呼吸が楽である。

 多摩湖サイクリングロードを抜けきって、「武蔵大和駅西」の交差点を左折して旧青梅街道を走った。セブンイレブンに到着してメンバーの到着を待った。

 セブンイレブンに着く頃には空も明るくなり、陽光も地上に到達するようになった。待っている間にウィンドブレーカーを脱いで、サイクルウェアの背面ポケットに忍ばせた。

 ややあって、メンバーが合流した。これで7両編成となったトレインは、リスタートした。気温が少しづつ上がっていくなか、快適なライドが続いた。

 青梅街道を走っていき、東大和市、武蔵村山市、瑞穂町を横断していった。八高線の踏切を越えてから、岩蔵街道に向けて右折した。

 岩蔵街道に入ると道の周囲が開ける。その広くなった空間を感じながらほぼ真っすぐに走っていくと、圏央道の青梅インターの下に達する。

 その下をクランク状に曲がりながらさらに先に進んで、「今井馬場崎」の交差点で左折した。そして青梅方面へ向かって広い道路を走った。

 JR青梅線の踏切を通り過ぎるとしばらく青梅線に沿って続く古い商店街を抜けていく。市街地が途切れると、一気に緑の比率が高くなっていく。

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 緩やかな上り基調の道を走っていくと、空は青い色に変わった。「今日は一日曇り・・・」と思っていたが、爽やかな色合いが目に眩しかった。

2020/10/19

5340:日常  

 10月からチームでのロングライドが再開されることになった。ただし毎週ではなく隔週である。バーチャルライドも組み合わせて、リアルとバーチャルが交互に繰り返される。

 バーチャルだとスタート時間が8時半であるので、朝はのんびりとできる。実走の場合は、7時半にバイクルプラザ集合であるので、7時には家を出る必要がある。6時ごろには起き出す。

 朝早い時間帯の気温は低めであった。昨日の土曜日は冬を思わせるような寒さであった。今日は昼には20度くらいまで気温が上がる予定であるが、朝のうちはかなり肌寒い。

 サイクルウェアをどうするか悩んだ。上は長袖のサイクルジャージを選択した。ニーウォーマーにするか、フルカバータイムのレッグウォーマーにするか、しばし考えたが、結局フルカバーのものを選択した。

 まだ10月ではあるが初冬バージョンのいでたちとなった。走り始めにはウィンドブレーカーも着用する予定でいた。

 朝食を済ませて、6時半からは「早く起きた朝は・・・」を観た。サイクルウェアを着用してロングライドの向かう前に観る「はやく起きた朝は・・・」は実に久しぶりである。

 美・アンジェリーの「はや起き3人占い」のダジャレに失笑しながら観終わた。ヘルメットをかぶり、サングラスをかけた。

 LOOK 785 HUEZ RSに跨って自宅を後にした。天気は曇りである。昨日は一日中雨であった。その雨で道路はまだ濡れていた。

 今日の天気予報は曇りであった。雨の心配はない。予想最高気温は18度とのこと。朝の7時の気温は12度ほど・・・結構肌寒い。

 多摩湖サイクリングロードを抜けていって、集合場所であるバイクルプラザを目指した。多摩湖サイクリングロードは路面が濡れていて所々小さな水たまりも残っていた。

 路面が濡れているとロードバイクのタイヤは泥などをはね上げる。ロードバイクにはそういった泥が付着する。

 西武多摩湖線の線路に沿って続いている多摩湖サイクリングロードを走っていき、小平駅の前を横断した。

 バイクルプラザに着く直前、何故かしらタイヤを1本手にしたメンバーが店から駐車場に向かって歩いてきた。

 「あれ、どうしたんです・・・?」と訊くと「タイヤのバブルが壊れて・・・一旦自宅に戻って出直すので・・・東大和市のセブンイレブンで待ち合わせします・・・」との返答であった。

 バイクルプラザに着いて、メンバーに挨拶した。コロナ前の「日常」の1つが戻ってきた。今日の参加者は7名であった。

 行先は「風張峠」である。私は生憎夕方に仕事の予定が入っていた。自宅には2時半までに帰り着く必要があった。

 時間的に間に合いそうであれば「風張峠」まで走ってすぐさまUターンする。時間的に難しそうであればその手前の奥多摩湖まで走ってUターンする予定でいた。

2020/10/18

5339:1950年代  

 先日、Paoさんのお宅で新たに導入されたCDプレーヤーを聴かせてもらった。一体型のCDプレーヤーでCary Auidoの「CD 306 SACD」というモデルであった。一体型なので、実に簡潔である。その音にも何かしら潔いものを感じた。

 またもう少し前になるが、「オーディオショップ・グレン」の常設CDプレーヤーも、GOLDMUND MIMESIS 39とMIMESIS 12のセパレート構成から、NAGARAの一体型のCDプレーヤーである「CDC」に切り変わった。

 さらに、Paoさんの知り合いであるEnsembleさんのお宅では、貴重な存在であろうスイスENSEMBLE社のCDプレーヤー「DIRONDO」を聴かせていただいた。

 「CD 306 SACD」、「CDC」、そして「DIRONDO」・・・それぞれ実に味わい深いと同時に興味深い一体型のCDプレーヤーであった。

 我が家はなぜこういう構成になったのかは今となっては謎であるが、デジタル系はCDトランスポートとDAコンバーターというセパレート構成になっている。

 CDトランスポートにもDAコンバーターにも別躯体の電源部が付属しているのでデジタル系だけで4躯体もある。

 我が家ではデジタルの出番は実に少ない。レコード「9」に対して、CDは「1」の比率である。それなのに随分とデジタル機器が幅を利かせている。

 「どうにか改善したいものだ・・・」とは思っているが、今のところいかんともしがたい状態である。

 CDトランポートのCD2000はヤフオクで処分すればそれなりの価格で売却できる可能性はあるであろうが、DAコンバーターはメーカー品ではなく、個人の方が製作されたものであるので、中古市場での売却は難しい。

 どちらも手放して、簡潔に一体型CDプレーヤーに切り替えたいところであるが、もう少し時間の経過が必要なようである。

 将来デジタル系をぐっと縮小化できたならば、空いたスペースを活用してもう1台レコードプレーヤーを導入したいと思っている。そちらはモノラルレコード専用となる。

 最近購入するレコードは、そのほとんどがモノラルである。10インチのものも多い。1950年代に録音されたモノラルレコードは、多くのオーディオマニアにとっては録音状態が良くないので興味の対象外である。

 しかし、レコードマニアにとっては「宝の山」のように見えてしまう。確かに音は悪い。モノラルなので空間がどうのこうのといったオーディオマニア的な視点から聴くということをはなから拒絶してくる。

 しかし、何故かしらガサゴソという盛大なサーフェスノイズやフォルテシモでの歪があってもその向こう側から聴こえてくる音楽には心惹かれるものがある。この時代特有の味わい深さがあるのが不思議である。

 今日もついついそういった古いレコードに手が伸びる。Teresa Stich-Randallのソプラノによるモーツァルトとシューベルトの歌曲集のレコードである。レーベルはLe Club Francais du Disque。

 Face2のシューベルトを選択した。高貴で優雅な歌声である。この時期でしか聴くことのできない純粋さがある。その後彼女は年齢とともに、あるいは時代の変遷とともに、その純粋さを失っていく。

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2020/10/17

5338:11ケ月振り  

 コロナウィルスの影響で、今年に入ってゴルフには全く行っていない。予定されていたゴルフコンペは全て中止となり、プライベートでもゴルフは自粛していたのである。

 現在も感染者の数は減ってはいないが、感染に注意しながら徐々にコロナ前の「日常」を取り戻していこうという流れに乗って、「ゴルフに行きませんか・・・?」というお誘いを受けることも増えてきた。

 そこで、10月からはゴルフも少しづつ再開していこうかと思っている。来週の木曜日には、今年初めてのラウンドの予定も入った。
 
 昨年の11月にラウンドして以来、ゴルフクラブは握っていない。実に11ケ月振りのゴルフということになる。

 練習場にも全く行っていないので、ゴルフスイングなどもすっかりと忘れてしまっているであろう。

 あまりにひどいスコアでも嫌なので、実に久しぶりにゴルフ練習場に向かった。玄関脇に1年近く静かに佇んでいたゴルフバッグは埃をかぶっていた。

 日が短くなってきたので午後6時では周囲は真っ暗である。夜の方が照明に照らされて白いボールが光るので、ボールの軌道は見やすい。

 ゴルフ練習場に着いて、早速短いクラブから練習を始めた。約1年ぶりに打つゴルフボールの行方は様々であった。
 
 「まあ、こんなもんだよな・・・」と思いながら、少しづつ長いクラブに変えていった。試しにスマホで後方から自分のスイングを撮影してみた。

 10球ほど打ってから、その画像を確認してみた。「思っている以上にひどいスイングだな・・・」とがっかりとした。

 プロのスイングを後方から撮影するとスイングプレーンがびしっと決まっていて、実に理にかなった美しいものである。

 それに対し、私のスイングは、バックスイングでインサイドに引きすぎていて、トップではシャフトがクロスしている。

 さらにはダウンスウィングではヘッドがアウトサイドから降りてくるという、悪いスイングの見本のようなものであった。

 「これは来週の11ケ月振りのゴルフはひどいことになりそうだ・・・」肩を落としながら、ゴルフ練習場を後にした。

2020/10/16

5337:マイナーチェンジ  

 「THE new 5 新時代のリーダーへ。」と印刷された豪華なDMがToto BMWから届いた。裏側には「ニューBMW5シリーズデビュー・フェア 10月17日(土)・18日(日)」とも記されていた。

 5シリーズのマイナーチェンジモデルがBMWから正式に発表されたは5月の下旬のことであった。ヨーロッパでの販売開始は7月、そして日本でもその販売が開始されることとなった。

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 マイナーチェンジであるので、全体のプロポーションや、インテリアの造形に関しては大きな変更はないが、フロントフェイスの印象は随分と変わった。

 フロントの印象に大きな影響を与えるフロントライトの形状がきりっとした直線基調になったのである。

 ライトスイッチを「AUTO」にしていると、エンジンをかけると自動的に点灯する「デイタイムランニングライト」が、各々二つのL字を浮かび上がらせて、そのシャープな印象を強調する。
フロントフェイスだけ見ると、フルモデルチェンジかと勘違いするかもしれない。

 マイナーチェンジであってもエクステリアデザインをフルモデルチェンジ並みにがらっと変えてきたのは、5シリーズの最大のライバルで同じくつい最近マイナーチェンジモデルの販売が日本でも開始されたMercedes-BenzのE-CLASSも同様であった。

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 こちらもフロントライトの形状が大きく変更された。グリルの形状も変わったので、前だけ見ていると、こちらもフルモデルチェンジかと勘違いするであろう。

 さらに、このセグメントに属するJAGUARのXFもつい最近マイナーチェンジされた。XFは日本ではあまり見かけることの少ないモデルであるが、ドイツ勢とは一味違った味わいを提供してくれる貴重なモデルである。

 その写真を最初に見て、「XFもフロンライトがL字二つだな・・・NEW 5シリーズに似てるかも・・・」と思った。時代の流れはきりっとしたものを求めているのであろうか・・・

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