2020/2/29

5102:SCOTT ROSS  

 「この山水のAU-X11は修理が終わったものですか・・・?」私は井村さんに訊いてみた。すると井村さんは「それね・・・終わったばかり・・・結構手間取ってね・・・トランジスターアンプは回路が複雑だから手間がかかってね・・・」と返答された。

 「今からヒアリングで最終チェックをしようと思っていたところでね・・・もしよかったら聴いてみる・・・?」と続けられたので、「聴いてみたいですね・・・その当時の山水のフラッグシップのプリメインアンプですよね・・・907よりも上に位置していた・・・」と私は応答した。

 そして、井村さんはAU-X11を所定のセッティング位置に移動してケーブル類を接続した。「響工房」の常設のCDプレーヤーはLUXMAN D-500X'sである。トップローディング方式の洒落たデザインの一体型CDプレーヤーである。

 LUXMAN D-500X'sから伸びたRCAケーブルがAU-X11に接続され、AU-X11のスピーカー出力端子から伸びたスピーカーケーブルが接続されたのは、「響工房」常設のフォステクスのユニットを使ったバックロードホーンスピーカーである。

 これでシンプルなスリーピース構成のオーディオシステムが完成した。井村さんはCDを取り出してLUXMAN D-500X'sにセットした。

 最初にかかったのはギター1本をバックに演奏されるブルースである。井村さんはブルースギターを趣味とされていて、作業場の隅には何本かのギターが置かれてもいる。

 ギターの音で修理が完了したアンプの音のチェックをされているようであった。そのCDから2曲かかった。

 「大丈夫そうだ・・・」と井村さんはその音を確認しながら呟かれていた。結構切れのある音である。スピーカーがどちらかというとハイスピードで切れのあるタイプであるので、AU-X11の特徴がどうかについては判然としないが、ためらいのない音が工房内に響いた。

 続いてかかったのはチェンバロ独奏のCDであった。CDケースを見ると「Scarlatti Sonatas SCOTT ROSS 」とあった。

 穏やかで静謐な質感のチェンバロの音が、修理を待っているオーディオ機器であふれた工房内の雑然とした空気の中に響き渡った。

 目をつぶると、その雑然とした工房の風景は消え、教会の中の静かで広い空間が脳内スクリーンに映し出されるような演奏である。

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 しばしの時間、その優雅な調べに耳を傾けていた。AU-X11は山水の技術の粋を詰め込んだ重量級のプリメインアンプであるが、音は重々しくない。むしろ明るく軽やかな印象を受ける。

 このアンプは1982年に発売された。1982年といえば、私は19歳。大学1年生である。新宿区の甘泉園公園のすぐ裏の古ぼけたアパートに住んでいた。

 部屋は4畳半一間で、炊事場、トイレは共同。もちろん風呂はなく、神田川を渡った先にある銭湯に通っていた。

 随分と昔のことである。2020から1982を引いて出た数字を確認して、過ぎ去った年月の重さを思った。しかし、この古いプリメインアンプが奏でるチェンバロの音を聴いていると、それほどまでに時間が経過したようには思われない。ついこの間のことのように思えてもくる。

 その小さな正方形をした部屋には窓が二つあった。西の窓からは甘泉園公園の木々の緑を望むことができた。SCOTT ROSSの奏でるチェンバロの音を目を閉じて聴いていると、春の陽光に照らされた甘泉園公園の木々の葉が風に揺れるさまが見えるようであった。

2020/2/28

5101:AU-X11  

 今日は埼玉県の顧問先を午後に訪問した。打ち合わせを終えてから、埼玉県ふじみ野市にある「響工房」へ向かった。車で30分ほどで着く距離である。

 「響工房」はオーディオ機器の修理をする小さな工房で、井村さん一人で運営されている。井村さんはLUXMANの修理部門で長年働かれたのち、ヴィンテージ機器の修理を行う会社でも腕を磨き、独立された。

 工房内にはいつも修理の依頼を受けた数多くのアンプ等が置かれている。それらはヴィンテージと呼ばれる真空管式の古いものや、オーディオブームが華やかであった時代の日本製のプリメインアンプなどである。

 私の愛用しているMarantzのmodel2とmodel7も、今までに何度か「響工房」にお世話になっている。

 今日、BMW523iの後部座席に座らせられていたのは、Marantz model7であった。といってもmodel7の身に何かしらのトラブルが降りかかったわけではない。

 探していたコンデンサーがようやく見つかったので、それを装着してもらうためであった。Marants model7の裏面に4個並んで付いているカップリングコンデンサーについて従来から容量が減っているので、そろそろ取り替えた方がいいですよという警告を井村さんから受けていた。

 現状では「バンブルビー」と呼ばれるスプラグ製の古いコンデンサーが付いている。オリジナルのパーツであるが、古い時代のもので容量が減っている場合が多い。

 代替品として探していたのはWEの402Cである。なかなか数値が合うものが見つからなかったが、とあるヴィンテージショップにひっそりと潜んでいた。

 それをゲットして、model7と一緒に「響工房」に持ち込んだ。「響工房」の作業場の中にはやはり修理を待ついくつかのアルプがところ狭しと置かれていた。

 やはり古い時代のものが多い。そのなかで目についたのがサンスイの大型のプリメインアンプであった。近づいて型番を確認するとAU-X11であった。

 サンスイのAU-X11は、1982年に発売された高級プリメインアンプである。

 その当時のサンスイが持つ技術の全てを投入して開発されたプリメインアンプである。CDが発売される前年である1982年、オーディオ業界は今とは比べようもないほどに熱い時代であった。

 そんな輝かしき時代のサンスイ製のアンプは、その見た目も豪華である。黒く輝くAU-X11の姿を眺めていると、ノスタルジックな気分になった。

2020/2/27

5100:風前の灯  

 先日のロングライドの時にチームメンバーの間で話題となったのが、「Mt.富士ヒルクライムがコロナウィルスの影響で中止になるのでは・・・」ということであった。

 もうすぐ開催される東京マラソンでは一般参加者の参加が取り止めとなった。そしてエントリーしていた一般参加者の参加料は返金されなかった。

 コロナウィルスの広がりは日本でも猛威をふるっていて、当面の間は収まらないであろう。となると、6月7日に開催が予定されているMt.富士ヒルクライムが中止もなる可能性は高いと言わざる得ない。

 Mt.富士ヒルクライムには7年連続で参加してきた。今年参加できれば8回目の参加となる予定であったが、その開催の可能性は「風前の灯」の如しである。

 そして昨日、Mt.富士ヒルクライム実行委員会より一通のメールが来ていた。

 「先日、新型コロナウイルス感染拡大防止のため、政府からイベント開催に関しての方針が示されました。6月7日(日)に開催されるMt.富士ヒルクライムでは開催に向けて準備を進めておりますが、参加者の皆様に安心してレースにご参加いただくための措置として、3月1日(日)から予定していた一般エントリー受付開始をいったん延期とさせていただきます。」

 私は2月14日から開始された先行エントリー(過去に参加したことがあると先行エントリーできる)で既にエントリーを完了していた。

 先行エントリーを既に済ませた場合についてメールには「また仮に大会開催が中止となった場合、すでに先行エントリーにてお申し込みをいただいた方への返金方法及び返金額につきましても、改めて大会ホームページ等でお知らせいたします。」とあった。

 先行エントリーした参加予定者には全額ではないかもしれないが参加費の返金があるようである。

 このメールを目にして、「風前の灯」の炎はさらに小さくなったように感じた。

 その小さな炎はもうすぐにすっと消えてしまい、後には白い煙がほわほわと立ち上るだけということになりそうな気配である。

2020/2/26

5099:免疫力  

 いつもよりも短めに江ノ島での滞在を切り上げて、帰路につくこととなった。10台のロードバイクは隊列を形成して走り始めた。

 天気予報では午後から風が強くなるとのことであったが、その予報通り風が強くなってきていた。

 境川に沿って続く境川サイクリングロードを速めのペースで走っていった。時折強い風に行く手を阻まれた。

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 しばらくハイペースで走ったが、ややあって一人のメンバーの脚に異変が起きた。どうやら太腿の筋肉が攣りそうになったようである。

 私も経験があるが、太腿の筋肉が攣ると、とてもではないが痛くてクランクを回せない。ふくらはぎの筋肉の場合には攣りながらも、だましだまし漕ぐことができるが、太腿の場合はごまかしが効かないのである。

 ペースを落とし、護送船団方式に切り替えて境川サイクリングロードをこなしていった。

 ようやく境川サイクリングロードを走りきり、町田市の市街地に入った。途中のセブンイレブンでコンビニ休憩をすることになった。。

 トイレを済ませてから「レッドブル」を購入して飲んだ。翼を授けてほしかったのかもしれない。疲労感は全身を覆っていた。

 現状のペースでは3時前に帰りつくことは難しい。ということで、3時からショップを開けなければならないリーダーと、予定が入っていた一人のメンバーの2名は隊列を離れてハイペースで帰路を急ぐことになった。

 8両編成になったトレインは無理のないペースで走り始めた。途中で脚を痛めていたメンバーの太腿が攣ったので小休止したが、それ以外は止まることなく帰路の行程をこなしていった。

 府中街道にたどり着き、北上した。途中で東大和市・国分寺市方面に向かう3名は本隊と別れて府中街道をそのまま北上した。

 風は北風であった。つまり風と闘いながら走る必要があった。それでも3両編成と短くなったトレインのスピードはぐんぐんと上がった。

 先頭交代をしながら逆風を潜り抜けていった。国分寺市在住のメンバーが右折して離れていき二人はさらに北上した。

 やがて道は東大和市内に入った。疲労度はマックスであったが、ゴールが間近になってきたので、既に枯渇したはずのエネルギーを振り絞ってハイペースでクランクを回し続けた。

 新青梅街道の手前で一緒に走ってきたメンバーと別れて単独走になった。へとへと状態で自宅に帰りついてサイゴンの走行距離を確認した。ちょうど130kmであった。

 疲労感はいつものロングライドの130%程の感覚であった。「ここまで疲労すると免疫力は下がっているだろうな・・・今の時期、まずいかも・・・」と少し不安になった。

2020/2/25

5098:江ノ島  

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 江ノ電の江ノ島駅近くの商店街通りを抜けると景色がさっと広がった。海風がざわざわと吹きまわっていて、海は白い波頭を規則的に際立たせていた。

 真っ青な空には強い風に抗うように羽を広げた鳥達がホバリングしていた。

 大きな交差点を渡って江ノ島に繋がる橋の上を走っていった。江ノ島ライドにおけるハイライトシーンである。橋の両側には海が広がっていて、解放感に溢れている。

 3連休の中日である。観光客はいつも通り多かった。江ノ島に関しては、コロナウィルスの影響はそれほど感じられなかった。

 江ノ島に達していつも立ち寄る「座々丸」に向かった。10名と大人数ではあったが、時間が早めであったので、テラス席に陣取ることができた。ロードバイクはテラス席の木製フェンスに立て掛けた。
 
 陽光降り注ぐテラス席は暖かく、快適であった。みんなでメニューを見ながら、昼食を何にするか迷った。

 海鮮丼、しらす丼、マグロカツ丼など、目移りしてしまう。お得なセットメニューもあった。

 セットメニューに、しらす丼とマグロのカツのコンビがあった。「これがお得かな・・・」と、これにした。

 オーダーを済ませてから、しばらくして頼んだものが次々に運ばれてきた。しらす丼には専用のたれをかける。マグロカツには、中濃ソースをかけていただいた。

 今日はいつもの江ノ島ライドと違いまったりタイムを十二分に堪能するわけにはいかない。皆が食べ終えたところで、会計を済ませて、撮影ポイントに移動した。

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 各々海を背景にした自分のロードバイクの写真を撮り終えてから、全員が揃った集合写真も撮った。

 午後3時前に帰り着くためには、帰路もそれなりの快速ペースで走らないといけない。心配なのは風である。江ノ島からの帰路では強烈な向かい風に苦しめられたことが何度かある。今日もそうなる可能性があった。

2020/2/24

5097: 境川ゆっくりロード  

 「尾根幹」は、上りと下りが何度か繰り返される。ローディーのトレーニングコースとしても有名である。

 相変わらずペースは速い。上りでは心拍数がぐんぐんと上がっていった。チラッとサイゴンの数値を確認すると心拍数は181にまで上がっていた。「少し飛ばし過ぎでは・・・」と思ったが、延々と上るわけではなく、やがて下りに転じるので、頑張ってクランクを回した。

 結構ハードなトレーニングモードで「尾根幹」を走っていって、ビックモーターの大きな店舗が角にある交差点を左折した。ここから鎌倉街道を走っていった。

 緩やかな坂道を上っていき、「町田リス園」の前を通り過ぎた。やがて道は町田市の市街地に入っていき、「旭町」の交差点の近くにあるセブンイレブンでコンビニ休憩をした。

 トイレを済ませてから、補給食を選択した。バナナ1本とツナマヨのお握り1個を選んだ。駐車場の脇、陽当たりの良いところでそれらを胃袋のなかに納めた。

 今日は本当に暖かい。ハイペースで走ってきたので汗ばんでいた。しばしのまったりタイムを過ごしてから、コンビニ休憩を終えて、先に進んだ。

 町田市役所の近くまで行って、境川に沿って続く「境川ゆっくりロード」に向けて脇道を抜けていった。

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 「境川ゆっくりロード」の道幅はそれほど広いわけではない。歩行者がいる時は注意しながら走った。2箇所ほど工事のために大きく迂回しないといけなかったが、順調にこなしていつた。

 途中の休憩ポイントで休んだ。そこには公衆トイレがあり、サイクルラックも設置されている。広場のようになっていて、数多くのローディーが一時ののんびりした時間を過ごしていた。

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 休憩を切り上げて、先に進んだ。ペースは依然として速いままで、江ノ島に向かっていった。「境川ゆっくりロード」の「ゆっくり」とは相反するハイペースであった。

 ようやく江ノ電の江ノ島駅前の商店街に着いた。とても多くの観光客が歩いているなかを縫うように抜けていくと、海が見えてきた。

2020/2/23

5096:コース選定  

 2月の第三日曜には例年江の島に向かう。しかし、今月の第三日曜であった先週の日曜日は悪天候のためチームでのロングライドは中止になった。

 今日は第四日曜日であるので、通常のロングライドになる予定であった。通常のロングライドの場合、遅くとも午後3時までには戻ってこれるコースを選択する。

 2月としてはそれほど厳しくない空気感のなか、朝の7時にLOOK 785 HUEZ RSで走り出した。やはり今年は暖冬である。冬の朝の走り出しがそれほど辛くないことは、やはりありがたい。

 集合場所であるバイクルプラザに着いた。今日は参加者が多く9名のメンバーが集まっていた。今日の目的地をどこにするか話していると「先週は、残念でしたね・・・江の島・・・」という話になった。

 その後の話の展開で「江の島でも、3時には戻ってこれるんじゃないですか・・・」「江の島での滞在時間を短縮して、行き帰りのペースを速めれば・・・十分間に合うでしょう・・・」という方向に話が進んだ。

 「じゃあ、行きますか・・・江の島・・・」と話が決まった。9台のロードバイクは隊列を形成して、スタートした。

 9台のロードバイクの内訳はORBEAが2台、COLNAGOが2台、LOOKが2台、Kuotaが2台でFUJIが1台であった。

 やや長いトレインは新小金井街道を南下していった。ウィンドブレーカーはサイクルウェアの背面ポケットに入れたままである。

 途中で小金井街道にそのルートを切り替えた。府中競馬場に突き当たるまで進み、右折した。府中街道まで達してから左折してさらに南下していった。

 府中街道を走っていくと大きな橋が見えてきた。「是政橋」である。ここで1名のメンバーと合流する予定であった。

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 是政橋を渡り切ったところで、しばし待った。天気は素晴らしく良かった。朝のうちは風は吹いていなかった。予報では午後から風が出てくるとのことであったが、午前中は穏やかな雰囲気に包まれていた。

 陽光もたっぷりとあるので待っていても寒いということはなかった。ややあってオレンジ色のORBEA ORCA EAROが颯爽と駆けてくるのが見えた。

 これでトレインは10両編成となった。ペースは序盤からかなりのハイペースであった。しばし府中街道を走っていき、南多摩尾根幹線道路、通称「尾根幹」に向かって右折した。

2020/2/22

5095: 愛人  

 小暮さんが選んだCDは、女性ボーカルであった。アーティストは、ダイアナ・クラール。分類としてはジャズボーカルとういことになるのであろう。

 アルバムタイトは、『All for You:A Dedication to the Nat King Cole Trio』。小暮さんが説明してくれたところによると1996年に発売された彼女のサードアルバムで、故ナット・キング・コールに捧げられたアルバムとのことである。相当に評判になり、その年のグラミー賞にもノミネートされた。

 CDのケースに納められた写真には、彼女がピアノの横に座り、やや首を傾げながら物憂げな視線をこちらに投げかけている姿が写っている。いかにもジャジーな雰囲気である。

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 このアルバムから『You're Looking At Me』、『A Blossom Fell』、『Gee, Baby, Ain't I Good To You?』の3曲を聴いた。ダイアナ・クラールは人気、実力ともジャズボーカル界のトップを走ってきたアーティストである。

 その声は、単に美しいと表現してしまうと、寸足らずに思えてしまうほどに魅力的なものである。

 ダイアナ・クラールの声はややハスキーである。しかし、ハスキーさを全面に出しているわけではなく、スパイス的に効いている。総体としてはエレガントで、表情豊かである。

 システムによっては、そのハスキーさが全面に出てしまい『しゃがれた声』に聴こえることもあるのかもしれない。

 DS-4NB70は、そのあたりの抑制がしっかりと効いていて、優雅さを失うことはない。音の端々が曖昧になることがなく、すっきりと表現されていて、瑞々しい音色である。一言で言うと発色がとても綺麗ということになるのであろう。

 チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番、ショスタコービッチ 交響曲第5番、THE SMITH、そしてダイアナ クラールと聴いてきた。

 様々な分野からのCDを聴いてきた。DIATONE DS-4NB70から放たれた音楽は、どれも一貫した質感を感じさせるものであった。

 その音の質感は、社交ダンスを長年鍛練してきて、自然と身に付いた凛とした姿勢を連想させるものであった。

 週に1回、ジェニファーから社交ダンスのレッスンを相変わらず受けている。その程度の頻度では一向に上達しなかったが、それでも数年の間継続しているうちに、ダンスフロアーに立つと背筋が意識しなくてもぴんと延びるようになった。

 体の体幹を貫くセンターポールも大きく歪むことがなくなり、少しずつではあるが、様になってきているようである。

 姿勢が良いということは、やはり良いことである。オーディオから放たれる音も姿勢が良いにこしたことはない。もちろん姿勢だけで決まるわけではないが、下っ腹がだらしなく出ていてだらっとした印象を受ける音は、嫌なものである。

 DS-4NB70・・・もう一つリスニングルームがあれば、セカンドシステムの主役として迎え入れたいような気持ちになった。

 可能性は極めて低いが、もしもそのようなことになったのなら、DS-4NB70は、『若い愛人』といった存在になるのであろうか・・・

2020/2/21

5094:相性  

 白黒の写真で見るショスタコーヴィチの顔はどこか陰鬱で暗い。スターリンが恐怖政治でソ連を支配した時代という雰囲気を象徴するような印象を受ける。

 この交響曲第5番は命の危険が身に迫るなか、起死回生の1曲となった。革命とそれに続く社会主義政治の勝利を謳歌するような構成は、ソ連の体制側から熱烈に歓迎された。

 この曲により一気に名誉挽回したショスタコービッチはソ連という冷たく強固な体制の中で居場所をしっかりと掴んだのである。

 しかし、彼の死後この第5番に隠されたショスタコービッチのメッセージに関する諸説が披露されるようになった。

 その一つが今聴いている第4楽章に関するものである。第4楽章の冒頭やクライマックスに何度も、カルメンの有名なアリア「ハバネラ」の中の一節が引用されている。その歌詞は、「信用しちゃだめよ!」の部分に相当する。

 加えて、クライマックスでは、トランペットが「信用しちゃだめよ!」という歌詞のフレーズを演奏する裏でバイオリンがひたすら「ラ」の音を弾き続る。「ラ」は、古いロシア語で「リャ」と発音し、「私」を意味する。そこから2つの言葉を結びつけると、“私は信用しない"というメッセージが埋め込まれていた・・・というものである。

 そんなことを頭にうっすらと思い浮かべながら「革命」という名前が日本で付けられた交響曲の最終楽章を聴いた。

 DIATONE DS-4NB70は、この劇的に盛り上がる最終楽章をとっ散らかることなく、冷徹に描き分けていった。

 冒頭の金管の咆哮も過剰に派手になることはない。重々しく激しいティンパニーの連打も適切な位置でしっかりと存在している。

 勢いに任せた激走ではなく、冷静なペース配分に基づいたラストスパートのような印象を受けた。「ここで、行こう・・・」という強い意志を感じた。

 OCTAVE V70SEの冷静沈着な性格も効を奏しているのであろうか・・・このアンプはドイツ製である。ドイツ車に感じられる一種の冷徹さが感じられる。もしも駆動するアンプが例えばUNISON RESEARCHのSinfoniaであったりすると、相当印象が変わったのかもしれない。

 「とても俯瞰的というか、こっちにぐわっと迫ってくる感じではなく、冷静にかつ正確に描き分けていますね・・・なかなかすごい・・・」と私はその印象を呟いた。

 「スイス・ドイツ・日本の連合体だからね・・・ラテン系が入っていない。このスピーカーの能力は相当高いよね・・・好き嫌いは分かれるかもしれないけど・・・」と小暮さんは応じた。

 「taoさんはクラシックオンリーだから、こういうのは聴かないと思うけど、ちょっと面白いからかけてみるね・・・」と小暮さんが言って、GOLDMUND MIMESIS39にセットしたのは、THE SMITHのファーストアルバムであった。

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 アルバムタイトルはバンド名と同じ「THE SMITH」。発売は1984年。その最初の曲である「Reel Around the Fountain」と2曲目の「You've Got Everything Now」を聴いた。

 ジョニー・マーのシャープなギターとモリッシーの浮遊感のあるボーカルの絡み合いが独特の雰囲気を醸し出す。

 イギリスのマンチェスターのバンドである。実際にマンチェスターに行ったことはないが、「マンチェスター」と聞いてイメージするどこかしらグレーの色合いの空気感がその楽曲からは感じられる。

 ドラム、ベース、ギター、そしてボーカル・・・シンプルな構成である。そのいずれもが「適切」と評すべき音色と空間で配置されていて、ゆったりとリラックスしながら音に耳を傾けていた。

 「クラシックよりも相性がいいかも・・・」と内心思っていた。2曲聴き終えたところで「ポピュラー系のほうが相性が良いようですね・・・」と小暮さんに話しかけた。

 「そうだよね・・・どちらかというとね・・・クラシックも悪くないけど・・・じゃあ、こういうのかけてみようか・・・taoさんは絶対に聴かないだろうけど・・・」と言って小暮さんは一枚のCDを取り出した。

2020/2/20

5093:智  

 小暮さんの説明によると、専用のスピーカースタンドはDIATONE製ではなく、ティグロン社製のものを採用しているとのことである。当然DAITONE側からの様々な要望に応じて、そのサイズや構造など細かな調整が行われているので、スピーカーとの相性はばっちりのようである。

 「オーディオショップ・グレン」の試聴スペースの広さは15畳ほどであろうか。そのスペースの短辺側にスピーカーは置かれている。背面の壁からは相当離されて置かれており、内振りをつけない平行法でセッティングされていた。空間が広く再現されるセッティングである。現代型の見るからに空間表現に長けている形状のスピーカーであるので、このセッティングは効を奏する感じであった。

 送り出しは小暮さんが長い間使われているものである。CDトランスポートは、GOLDMUND MIMESIS39でDAコンバーターは同じくGOLDMUNDのMIMESIS12である。随分と前の機種であるが、その美しさは色褪せることは決してない。

 残念ながらプリメインアンプであるOCTAVE V70SEはフォノイコライザー内蔵タイプではなかったので、今日はデジタルのみでの試聴となった。

 GOLDMUND MIMESIS39、GOLDMUND MIMESIS12、OCTAVE V70SE、そしてDIATONE DS-4NB70というラインナップである。心躍るというか、一人のオーディオマニアとしてはかなり好奇心のそそられるラインナップでの試聴ということになった。

 最初にかかったのはチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番の第1楽章であった。ピアノはマルタ・アルゲリッチ。クラウディオ・アバド指揮によるベルリン・フィルハーモニー管弦楽団との共演である。録音時期は1994年12月である。
 
 アルゲリッチらしい躍動感のあるピアノ演奏にアバドはしっかりと寄り添い的確にサポートする。両者は長年パートナーを組んだダンスペアのようにぴったりと息の合った動きで聴衆を魅了する。このCDはライブ録音である。聴衆がすぐさま魅了されていくさまが空気感として分かってしまうような印象を受けた。

  DS-4NB70はブックシェルフ型であるが、低域に不足感をあまり感じさせない。先入観として「DAITONEは高域が硬くきつめ・・・」といったものがあったが、そういったネガもほとんど感じさせなかった。

 この DS-4NB70は、とあるオーディオマニアのお宅で3年間鳴らされてきた個体であるので、エージングがすっかりと完了しているということもあるのかもしれない。卸したての新品であったならまた違った印象を持ったかもしれない。

 色気や艶やかさという点に関しては、陶酔感をもたらすような響きというよりも、冷静で緻密な響きの質感を感じるので、フランコ・セルブリンが活躍していたSonus faber社の往年の銘器のような官能性は少なめである。

 OCTAVE V70SEとの相性も良いようで、両者の長所を上手く連結させている印象があった。デザイン的にもGOLDMUND MIMESIS39と12、OCTAVE V70SE、そしてDS-4NB70はそのすべてが理知的な造形の製品で、「情よりも智・・・」といった風情を感じるものでラインナップが構成されている。音にも、その「智」が前面で出てくる。

 続いてGOLDMUND MIMESIS39にセットされたCDは、ショスタコーヴィッチの交響曲第五番であった。リモコンを操作して小暮さんが選択したのは第四楽章であった。

 交響曲第5番が作曲されたのは1937年。この当時はスターリンの粛清が嵐のように吹き荒れており、ショスタコーヴィチにもその危険が及び始めていた。

 そのためショスタコーヴィチはこの第5番を作曲するにあたって前衛的な手法を手控え古典的な手法を採用した。これが幸いし第5番は革命20周年の記念日(1937年)に初演され、ソ連内で大きな評価を得た。そしてこの作品は社会主義リアリズムの傑作として称えられた。

 演奏はエフゲニー・ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィルハーモニー交響楽団。1973年、日本の東京文化会館でのライブ録音である。



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